「チーム・トーゲ」アフターレポート<2>【大谷真樹のオートルート・アルプス】「やり遂げることを学生に伝えたい」 気力で走り抜いた52歳の栄光

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過酷な山岳ステージレース「オートルート・アルプス」に挑戦した「チーム・トーゲ・ジャパン」メンバーの挑戦を振り返るアフターレポート、第2回は大谷真樹さんにスポットを当てる。

満身創痍でふらふらになりながら、第4ステージを乗り切った大谷真樹さん満身創痍でふらふらになりながら、第4ステージを乗り切った大谷真樹さん

◇           ◇

 職業は「八戸学院大学学長」。もしかすると世界で最も速い学長かもしれない。もともとはIT起業家。2007年に経営を退いてから同大学で起業家養成講座、農業ビジネス論を教える。この頃から自転車に乗り始め、シュペールランドヌール(同一年内に200・300・400・600kmのブルベ・シリーズ達成者に贈られる称号)を2回達成した。

 「完走すれば日本人初」と聞いて、オートルート参加を即決。学内外に完走することを宣言した。1月から大好きな酒もアイスクリームも絶ち、体重を6kg絞った。超多忙ゆえ、朝4時から1時間の練習時間を確保し、週末には富士山・乗鞍・八甲田山合宿など、体を鍛えぬいてきた。52歳の無謀な挑戦はどう花開くのか。

 

スタート前:お祭りにワクワクする子供のように

 ジュネーヴでチームメートと合流した大谷真樹が、街を散策しながら最初に言ったのは「暑い。ジェラート食べたいなあ」。この8カ月、峠を上れる体重に絞るため、好物を我慢してきた。

ゼッケンを手にして笑顔 ©Team TAUGE Japanゼッケンを手にして笑顔 ©Team TAUGE Japan
開幕前に、好物のアイスクリームを解禁 ©Team TAUGE Japan開幕前に、好物のアイスクリームを解禁 ©Team TAUGE Japan

 それが、過酷なレースに備え体内にグリコーゲンを蓄積するカーボローディングという名目で、いまやっと、好きなだけ食べられるのだ。フレイバーを選ぶ顔は真剣そのもの。レース登録する選手村でゼッケンを手にし、「なんか緊張してきた」と言いながら会場を回るさまは、お祭りにワクワクする夏休みの子供のようであった。

 

ステージ1:最下位から200人抜き

    <8月18日 ジュネーヴ→メジェーヴ 距離153km/獲得標高3300m>

 スタートはレマン湖にあるジャルダン・ザングレ。レースは7日間続く。コースの過酷さよりも、日々積み重なっていく疲労を52歳の回復力でどうやってしのいでいくかが、大谷にとっては重要課題。だから無理して前に出ようとせず、自分のペースで粛々と走った。

スタートを迎えるチーム・トーゲ・ジャパン ©Minoru OMAEスタートを迎えるチーム・トーゲ・ジャパン ©Minoru OMAE
筒井さん(右)の到着を待ち、体調を気遣った筒井さん(右)の到着を待ち、体調を気遣った

 とはいえ、スタートしてわずか25㎞でゆうゆうと小用を足している間に最下位となり、慌てて200人抜いたのはいささか肝が太すぎるのだが。ゴールした後も「途中まで一緒だったんだよね」とチームメートの筒井の様子を気遣い、彼が到着するまでの1時間、体が冷えるのも顧みず、ゴールゲート脇で待っていた。

 

ステージ2:“英国海軍”の2人組とバトル

    <8月19日 メジェーヴ→ヴァル・ディゼール 距離111km/獲得標高3500m>
厳しい表情で2日目を迎えた ©Minoru OMAE厳しい表情で2日目を迎えた ©Minoru OMAE

 この日は距離こそ短いが、きつい斜度を苦手とする大谷にとってタフなコース。全体の4割が10%以上の勾配、最大で17%にも達する。

 最後の峠を上り始めた大谷に声をかけると、自転車が一瞬ふらついた。だが、すぐ力強くOKサインが出た。「途中、ロイヤルネイビー(英国海軍)のジャージを着た同じ50代の2人組とバトルになったんだけど、ゴールは僕のほうが順位が上だった(笑)」。同じくらいのペースで走る顔見知りもできてきた。

 

ステージ3:下痢、寒さ、ハンガーノック 大苦戦を笑い話に

    <8月20日 ヴァル・ディゼール→セル・シュヴァリエ 距離164km/獲得標高3400m>

 「マラソンステージ」と呼ばれる、160㎞超のタフな1日。大谷は前夜から原因不明の下痢が続き、バックポケットにトイレットペーパーを入れてスタートした。

そろってゴールした大谷さん(右)と筒井さんそろってゴールした大谷さん(右)と筒井さん

 しかもこの日最初のイゼール峠は気温3度と猛烈に寒く、下りで吐く息は白い。ハンガーノックに苦しみながらもなんとかゴールした。

 もともと、日本での合宿中にも疲労が内臓に出ており、食事がとれなくなる、下痢をするなどの症状はあった。だが、食べて寝ないことには明日につながらない。大谷はチームメートの筒井に正露丸をもらい、しっかり夕食をとった。「凍る指を片手ずつ股間で温めながら下った」とディナーの席で笑い話にする余裕があった。しぶとい52歳。

 

ステージ4:尻の皮がむけ、脱水でフラフラ 極限状態に

    <8月21日 セル・シュヴァリエ→プラ・ループ 距離119km/獲得標高3000m>

 零下の峠を下った前日の消耗で誰もが調子を崩し、疲れ果てていた。しかも、大谷は50代。第1ステージの疲労さえまだ抜けきっていない体で、下痢も治らず、さらにサドルとの摩擦で尻の皮がむけ、この日からオロナイン軟膏が欠かせない状態になっていた。

アイスクリーム屋にはしっかり立ち寄る大谷さん(左)アイスクリーム屋にはしっかり立ち寄る大谷さん(左)

 そのため百戦錬磨のシュペールランドヌールも、水分補給のタイミングを誤り、脱水でフラフラの極限状態に。

 それでも、カナダチームの高速トレインに引っ張ってもらうなどして、なんとか最下位グループでゴール。夕食では胃腸にやさしいクスクスを選び、歓談する仲間より早く席を立ったが、しっかり好物のアイスクリーム屋に寄って帰った。

 

ステージ5:個人TTでジャンプアップ 久しぶりの笑顔

    <8月22日 シム・ド・ラ・ボネ(個人タイムトライアル) 距離23km/獲得標高1562m>

 快晴となった山岳TTで、大谷は筒井と同じ第2グループでのスタート。「TT王者のカンチェラーラに似てるから」とあえて練習用黒ジャージで現れた。TT台は初めてのため、緊張が隠せない。

ファビアン・カンチェッラーラを意識した影響か、好タイムをマークファビアン・カンチェッラーラを意識した影響か、好タイムをマーク
宿泊先の窓(最上段右側)から、チームトーゲのジャージが見えた宿泊先の窓(最上段右側)から、チームトーゲのジャージが見えた

 この日も疲労がたまった胃腸の調子は最悪。上りに入ってすぐ気分が悪くなり、朝食を吐き戻してしまう。しかし、そのまま走り続け、前日からの総合順位を大幅に上げる好タイムでゴール。久しぶりの笑顔を見せた。

 昼過ぎにはレースが終了し、下りの景色を楽しみながら街に戻ると、誰よりも早くチームメイトの田代のリザルトをチェックし、健闘をたたえた。アイスクリームを食べながら街を散策し、ふと見上げると「あれは僕がさっき洗濯したジャージだな」。プラ・ループの青空にチーム・トーゲが翻っていた。

 

ステージ6:集団落車に巻き込まれるも「お守りのおかげで助かった!」

    <8月23日 プラ・ループ→オーロン 距離143km/獲得標高3800m>

 7日間で最も獲得標高がある、つらいステージ。前日はよく眠れたという大谷だが、これまでの体調不良が影響し、序盤から脚があまり回らない。自分のペースでゴールを目指す。

落車でひざを強打しながらもゴール落車でひざを強打しながらもゴール
6ステージを乗り切り、ついに最終日へ6ステージを乗り切り、ついに最終日へ

 この日のコースは、下りも実に3800m。ブラインドコーナーを慎重に下るが、集団落車に巻き込まれてしまう。それでも「八戸蕪嶋(かぶしま)神社のお守りのおかげで怪我なく助かった!」とあくまでポジティブ。落車の時にひざを強打し、ゴール直後からアイシングが必要だったが、リタイアという言葉は絶対に出てこなかった。

 

ステージ7:家族が待つゴールで、教え子にもらったボトルを掲げた

    <8月24日 オーロン→ニース 距離169km/獲得標高2900m>

 ゴール地点のニースに嵐の予報が出たことで、前夜にコース変更が告げられた。その時、一番安堵したのは大谷ではなかったか。得意の平地が増え、42㎞の上りのみの計測。しかも、ゴールでは大谷の家族が待っている。

 前日のひざの強打が気にならないほど、脚はとうに限界を越え、気力だけで走ってきた。チームメートと一緒にゴールゲートをくぐったあと、大谷は教え子にもらったボトルを高く掲げた。つらくて下を向くとボトルケージが目の前にある。書かれたメッセージが目に入り、ペダルを踏み続けることができた、と語った。

気力だけで7日間を走り抜いた ©Minoru OMAE気力だけで7日間を走り抜いた ©Minoru OMAE
大谷さんを支えた、メッセージ入りボトル ©Minoru OMAE大谷さんを支えた、メッセージ入りボトル ©Minoru OMAE

 「これで禁酒はおしまい。浴びるほど酒を飲むぞ」と笑う。「『1番』というのは塗り替えられるけれど『初』というのは永遠に変わらない。日本人初完走、光栄です」。大谷は、やり遂げたのだ。

=敬称略

(レポート・Team TAUGE Japanマネージャー 山本祥子)


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