title banner

つれづれイタリア~ノ<番外編>1998年のツール・ド・フランスが裁かれたのか? マスメディアが作り上げた過激なドーピングスキャンダル

  • 一覧

フランス上院のドーピングに関する調査委員会が7月24日、ツール・ド・フランス1998年大会で優勝した故マルコ・パンターニ(イタリア)らの尿サンプルから禁止薬物が検出されたーなどとする報告書を公表しました。しかし、この調査報告を伝える報道について、東京在住のイタリア人自転車愛好家、マルコ・ファヴァロさんは「自転車競技のスキャンダルとして扱うのは公正さを欠く」と指摘し、改めて報告の概要をまとめて「Cyclist」に寄稿してくれました。
(※翻訳部分はマルコさんが訳したもので、記事の内容にはマルコさんの個人的な考えが含まれます)

初報:パンターニ、ウルリッヒの尿サンプルから禁止薬物EPOを検出 1998年ツール1位、2位

◇           ◇

 7月24日、フランス上院のアンチドーピング調査委員会は、スポーツ界におけるドーピングに関する報告書と、ドーピング撲滅への戦いに関するマニフェストを公表した。

 しかし日本の多くの報道機関が発信したニュースは驚くほど一面的で、非常に不愉快なものだった。フランス上院が目指していたものが、スポーツ界全体を包含する独自のアンチドーピング・マニフェスト作成だったにも関わらず、まるで自転車競技のドーピング汚染だけを暴く発表だったかのように報道されたからだ。

 日本語版ロイター通信や共同通信をはじめ、多くの報道機関は、フランス上院から配信された映像と報告書の中身を詳しく確認せず、一部の情報だけをピックアップしたようだ。これは非常に公正さを欠き、報道機関として無責任な行為だと思う。

報告書の発表会はどんな様子だったのか

 調査報告書が発表される様子を伝える映像は、上院の公式サイト上で全世界に向けて配信され、現在も閲覧できる。

aperçu Lutte contre le dopage(ドーピングとの戦い フランス上院WEBサイト)

 
そもそも7月18日に公表される予定だったが、ツール・ド・フランス開催中だったため、悪影響を懸念した自転車競技者の団体が委員会に公表の延期を訴え、24日にずれ込んだ。

 この日の発表内容は、実に興味深いものだった。

 報告書の発表会は、ジャン・フランスワ・フンベール(Jean Francois Humbert)委員長のあいさつで始まり、調査委員会発足の目的や経緯について説明があった。調査委員会は2013年2月27日にスタート。発足の目的は「スポーツにおけるドーピング行為と戦うために何が必要か」について、政治の観点から調べることだった。

 5か月間に及ぶ調査で、700ページ以上の聴取書と237ページの報告書が作成された。調査はフランスアンチドーピング協会(AFLD)とアメリカアンチドーピング協会(USADA)の協力のもとで行われたという。

 報告書には、ドーピングと戦うための60の提案と、7つの指針が記されている。


■委員会の構成及び調査の詳細
委員:21名
聴取された人:86名(スポーツ選手、医療関係者、大学教授、マスコミ関係者、スポーツ監督など)
調査された競技:18競技(テニス、体操、バスケットボール、バイアスロン、自転車競技、サッカー、ハンドボール、柔道、水泳、アイススケート、ラグビ、スキー、フェンシングーなど)
会合数:63回
円卓会議:2回

 委員会は、自転車競技のみを攻撃するのではなく、スポーツ界全体を蝕んでいるドーピングの撲滅を訴えるために発足したもので、フンベール委員長は、一部のマスコミが自転車競技だけを取り上げていることに不満を表明した。さらに、発表前にデータをマスコミに流した委員会のメンバーにも苦言を述べた。

<原文>
«Cette fameuse liste n’est pas une liste de sportifs. C’est la publication des de prélèvements concernant les Tours de France 1998 et 1999. Nous avons à l’unanimité décidé de publier en annexe cette liste de bordereaux concernés»
<日本語訳>
(前略)マスコミが発表した例の「ブラックリスト」については、スポーツ選手全体のリストではありません。参考として、1998・1999年に開催されたツール・ド・フランスの一部だけをピックアップした資料です。公表は委員会が全会一致で決めたものです。(後略)

 フンベール氏に続いて、委員会への報告を担当するジャン・ジャック・ロザッフ(Jean-Jacques Lozach)氏が報告書の詳細な内容を説明した。報告書は7月16日に正式に決定されたという。

 この中で、治療を目的として開発された薬剤が、スポーツパーフォマンスの向上に転用されることは遺憾だと表明。また、ドーピングは1つの国や1つの競技、1つのカテゴリーに特有の問題ではないと主張した。さらに、ドーピングとの戦いは、競技者の健康とスポーツの理念を守るために必要不可欠だと述べ、7つの指針を紹介した。

1. Connaissance(知識)
2. Prevention(予防)
3. Contrôle(チェック体制)
4. Analyse(分析)
5. Sanction(制裁)
6. pénalisation(罰則)
7. cooperation(協力)

 その後、フンベール氏は、ドーピングと戦うためにさらなる組織の発足と、二つの新しい制裁の必要性を訴えた。その制裁は、スポーツ競技における罰則と、刑事的な罰則だ。

 最後に、ドーピングと戦う60の提案を実施するために政府が予算を組むことは、決して難しいことではないと述べ、閉会した。

 報告書の記載によると、2012年にフランス国内で行われたドーピング検査では、1万559人のフランス人選手が検査を受け、陽性反応が出たのは約200人(AFLD調べ、調査中の選手を含まず)。その費用は170万ユーロ(1人当たり170ユーロ以下)だった。

 また、フランスで押収されたドーピング物質の主な原産国はタイ(全体の54.6%)であると判明した。

誤解のはじまり

 このようにスポーツ界全体を見渡した報告書が、なぜ自転車競技の糾弾に結びついたのか?

 誤解の発端は、フランスの大手新聞、L’Equipe(レキップ)紙が6月中に発信したスクープ記事だった。見出しはこうだ。

 「7月18日、フランス上院が1998・1999年開催のツール・ド・フランスのドーピング選手を公表 マルコ・パンターニを含む」

 その上、6月28日に伝えられたランス・アームストロングの発言が、火にさらなる油を注いだ。「ドーピングなしではツールに勝てないよ」。(アームストロングはその後、発言を撤回した)

 こうした経緯から、18競技に対する調査の中で自転車だけが大きく取り上げられ、まるで自転車競技の裁判のような“誤報”が世界中を駆け巡った。こうした“スキャンダル”がメディアの売り上げ増につながる、という構造も、影響を拡大した要因になっている。

 フンベール氏自身は、過剰に反応したジャーナリストたちに対し、このように述べている。

 「本報告は、自転車競技やツール・ド・フランスをターゲットにしたものではなく、スポーツ全体の問題を扱うものです。われわれ議員は警察ではなく、議員として仕事しているのです」

政治的な思惑?

 それなのに、報告書の付属資料では、自転車競技の選手名だけが公表された。ウェブ上では、各国の人々から次のように疑問が呈されている。

(仏)Et les autres? (伊)E gli altri? (英)And the others…? 「それで、ほかの競技の選手はどこにいるの?」

 そう。自転車選手の名前だけが公表されたことについて、ファンのみならず、多くの人々が疑問の声を上げているのだ。

 調査委員会は、過去のドーピング行為を明らかにすることで、将来的にドーピングを抑制する効果があるとしている。しかしフランス国内ではいま、自転車競技以外にも大きなドーピングスキャンダルがある。それは、フランスの国民的なスポーツであるラグビーだ。この競技でも有力選手からドーピングの陽性反応が相次いで発覚したが、関係者はその事実を一生懸命に隠そうとしているように見える。

 今回のドーピング調査報告に関連して自転車競技ばかりが取り上げられる一番の要因は、ランス・アームストロングのドーピングスキャンダルによって、ツール・ド・フランス開催国としての名誉が大きく傷つけられたからだろう。

 7回に及ぶツールの総合優勝を剥奪されたアームストロングの存在が、上院の調査委員会発足に大きな影響を与えたことは間違いない。100年の歴史を持つフランス最大のスポーツイベントに汚名を着せられたことは、国の面子にこだわる政治家にとって、決して許されることではないだろう。

 自転車選手の名前だけが公表された背景には、ツールの不正を追及する姿勢を見せることで、国の威信を保ちたいという政治的な思惑も見え隠れする。

終わりなきドーピングとの戦い

 今回の報告書を詳しく読んでいくと、イタリア人の私にとって、もっと面白いデータが見つかった。

 過去にツールに参加したイタリア人選手の血液サンプルのうち、16%からEPOが検出されたが、残りの84%クリアーだったー。この事実は、誰も伝えていない。

 最近になって、自転車競技以外のスポーツにもアンチドーピングの輪が広がりつつある。欧州サッカー連盟(UEFA)は7月2日、今年からサッカーにもドーピング検査を実施する方針を公表した。

 しかし、病気の新しい治療方法が発見・確立されていくにつれて、新しいドーピング薬物や手法が生まれてくることも疑いようがない。次のフロンティアは、遺伝子ドーピングやiPS細胞ドーピングだと言われている。

 ドーピングとの戦いには終わりはない。その戦いをやめると、スポーツそのものが終焉を告げることになってしまう。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)
イタリア語講師。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会で、自転車にまつわるイタリア語講座「In Bici」(インビーチ)を担当する。サイクルジャージブランド「カペルミュール」のモデルや、Jスポーツへ「ジロ・デ・イタリア」の情報提供なども行なう。東京都在住。ブログ「チクリスタ・イン・ジャッポーネ

この記事のコメント

利用規約順守の上ご投稿ください。

関連記事

この記事のタグ

つれづれイタリア~ノ ドーピング

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載