福光俊介の「週刊サイクルワールド」<7>番狂わせとは言わせない アルデンヌクラシックで主役の座をつかんだ“伏兵”たち
春のクラシックはベルギー・ルクセンブルク・フランスにまたがるアルデンヌ地方へと舞台を移し、アムステルゴールドレース、フレーシュ・ワロンヌが終了。丘陵地をコースとしたこの時期のレースは、北のクラシックとは違った華やかさがありますね。
“新たな勝ち方”を示したクロイツィゲルの独走

“アルデンヌクラシック3レース”のうちアムステルゴールドレースとフレーシュ・ワロンヌはこれまで、上りスプリントで勝負が決まることが多かった。しかし今年、アムステルゴールドレースはゴール前のレイアウトが大幅に変更された。おなじみの急坂カウベルグを登りきった地点にあったゴールは、そこから1.8km先へと移り、延びた区間はほぼフラット。
この1.8kmの区間は、2012年のロード世界選手権で使われたゴールレイアウトで、その際いくつもの劇的な展開が生まれた。アンダー23やジュニアでは大集団のスプリントとなったほか、エリート男子ではフィリップ・ジルベール(ベルギー)がカウベルグからの逃げ切りを決めるなどして観客を熱狂させた。この大成功を受けて、オランダ自転車競技連盟やレース主催者が今回のコース変更を決定したとの経緯がある。
こういった背景もあり、大方の予想ではカウベルグで有力選手がアタックし、抜け出した選手が独走、または生き残った数人による小・中集団スプリント…といった展開が有力視されていた。しかしふたを開けてみると、ロマン・クロイツィゲル(チェコ、チーム サクソ・ティンコフ)が独走勝利。それもカウベルグのずっと手前、残り7kmの地点から“一人旅”で決めた。
ジルベール(BMCレーシングチーム)やペテル・サガン(スロバキア、キャノンデール プロサイクリング)といった、コース適性の高い選手たちが互いに見合ったことも要因ではあるが、クロイツィゲルのように上り、下りともにそつなくこなし、独走力もある選手にとって勝機のあるコースになったと言えそうだ。
もっとも、カウベルグからゴールまでの1.8kmは、よほどの大集団でない限り独走の方が有利に働く可能性が大きい。数人のグループだとかなりの確率で牽制してしまうからだ。昨年の世界選手権、今回のアムステルゴールドレースはともに、2位以下が牽制してしまい、トップを追える状況にならなかったことが、独走勝利という結果をもたらしたといえよう。
クラシック初優勝で夢を実現させたモレノ 真の“激坂ハンター”に

アムステルゴールドレースのコース変更に伴い、随一の激坂スプリントとなったのがフレーシュ・ワロンヌ。最大勾配26%の「ミュール・ド・ユイ(ユイの壁)」は、アルデンヌクラシック3レースの中でも、難易度が最も高い上り坂だ。このユイの壁のおかげで、「ちょっと強い」くらいのパンチャーでは勝負するのが難しい、いわば“特殊”な脚の持ち主でないと勝てないレースとなっている。
優勝はダニエル・モレノ(スペイン、カチューシャ チーム)。モレノと言えば、同胞のホアキン・ロドリゲス(スペイン、カチューシャ チーム)を脇で支える選手というイメージが強い。それでも、昨年はクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでステージ2勝、ブルゴス一周総合優勝、ブエルタ・ア・エスパーニャ総合5位と、充分な実績を持つ。ロドリゲス同様、急坂への適性は高い。
本来であれば、カチューシャ チームのオーダーはロドリゲスで勝負だったであろう。しかし、アムステルゴールドレースで落車リタイア。その際に左腕と左脚を打撲。ギリギリまで出場が危ぶまれるほどで、さすがに万全の体調でユイの壁に立ち向かえる状態ではなかった。
そうなると、出番はモレノに。最後のユイの壁は、先に飛び出したカルロスアルベルト・ベタンクール(コロンビア、アージェードゥーゼル・ラモンディアル)を誰が追うかでお見合いとなる中、大本命ジルベール自らの追走を誘発。モレノ自身は巧く立ち回り、残り200mで加速してゴールへと飛び込んだ。
アルデンヌクラシックとブエルタ・ア・エスパーニャでの勝利が夢だったというモレノ。このビッグタイトル獲得で、夢が1つ実現した。ロドリゲスの脇を固め、自らも常に勝ちをうかがう場所にいる――これまでの実績と合わせれば、もう伏兵などと呼ばれる立場は卒業だ。アシストとエースを兼ねることは、並の実力では当然難しいし、ライダーとしての器用さも持ち合わせているのだろう。今後、ロドリゲスに代わって本命視されるレースもありそうだ。そして、まだまだ勝利を量産できる選手である。
今週の爆走ライダー: ペテル・サガン(スロバキア、キャノンデール プロサイクリングチーム)
「爆走ライダー」とは…
1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシストや逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。
実のところ、サガンを「爆走ライダー認定」したくて仕方がなかった。3月のミラノ~サンレモで優勝していれば、その時点で彼をピックアップするつもりでいたのだ。
しかし、結果は2位。ヘント~ウェヴェルヘムでクラシックレース初優勝を果たしたが、前後に行われたE3ハーレルベーケ、ツール・デ・フランドルで圧巻の勝利を飾ったファビアン・カンチェッラーラ(スイス、レイディオシャック・レオパード・トレック)の存在に霞んでしまった。それでも、両レースともに2位。充分に存在感はあったのだけれど。

2010年のツアー・ダウンアンダー。前座のクラシック(クリテリウム)で逃げに乗るセンセーショナルなデビューを飾った。怖いもの知らずのネオプロかと思いきや、19歳(当時)のライダーだという。その後大活躍することを予想するのは容易だった。
それから3年経ち、今ではスプリント、上り、石畳、短距離であればTTもこなすマルチぶり。持って生まれた資質はもちろんだが、ボディバランスやバイクコントロール、そして勝負勘に優れているのも彼の魅力だ。
勝利してポディウムに上がるたびに引きつった笑顔と、おどおどした姿勢が初々しかった彼だけれど、今ではゴールポーズのバリエーションが豊富で、表彰の場でも明るく振る舞う。レース内外で彼の本当の姿をもっともっと見せてほしいと願っている。でも、女性のお尻を触るのだけはナシだな(笑)
文 福光俊介・写真 砂田弓弦
福光俊介(ふくみつ・しゅんすけ)
自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて数十年、気がつけばテレビやインターネットを介して観戦できるロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。2011年、ツール・ド・フランス観戦へ実際に赴いた際の興奮が忘れられず、自身もロードバイク乗りになる。自転車情報のFacebookページ「suke’s cycling world」も充実。本業は「ワイヤーママ徳島版」編集長。