ツール・デ・フランドル2013ベルギー・フランドル地方の“世界で一番”の自転車競技愛 すべての選手が拍手で迎えられるゴール

  • 一覧

 ベルギーで3月31日に開催されたツール・デ・フランドル。勝利したファビアン・カンチェッラーラ(スイス、レイディオシャック・レオパード)と、2位に食い下がったペテル・サガン(スロバキア、キャノンデール プロサイクリング)の激闘は既報のとおりだが、そこには雪が舞うほどの寒さの中、コースにかけつけ熱い応援を繰り広げた大勢の観客がいた。観客やベルギーの自転車文化に焦点をあてた、フォトグラファー田中苑子さんのレポートをお届けする。

石畳のモレンベルグに詰めかけた観客石畳のモレンベルグに詰めかけた観客

最低気温は氷点下 ブルージュを旅立つ選手を見送る観客

 ベルギーをはじめ、今年のヨーロッパは本当に寒い春を迎えています。現地の“熱気”を伝えてほしい、と依頼されたものの、まずはいかに“冷気”に包まれていたかということをお伝えしなければなりません。

灰色の雲の隙間から青空がのぞくベルギーの特徴的な空。変わりやすい天気で一時的に雪も降った灰色の雲の隙間から青空がのぞくベルギーの特徴的な空。変わりやすい天気で一時的に雪も降った

 大雪のなかで開催されたミラノ~サンレモの衝撃的なビジュアルを思い浮かべる方も多いかと思いますが、ベルギーでも暖かさを感じることなく3月最終週のツール・デ・フランドルを迎えました。レース当日の朝は、サマータイムに切り替わって1時間繰り上がったこともあり、霜が降りて辺りは真っ白!

 クルマのフロントガラスは、お湯を使わないと溶けないほどに凍り付きました。寒さが苦手な私は「なんでこんなに寒いんだ!」と怒りにも似た感情を覚えてしまったほど…。冬もベルギーでシクロクロス取材をしていますが、そのときには着なかった厚手のジャケットが手放せませんでした。

 スタート地点ではキレイな青空が広がり、降り注ぐ日差しから気温が上がるか…と期待したのも束の間、しだいに灰色の雲が広がって、レース中には何度か雪が舞う場面も。ベルギーの天気の悪さは有名ですが、この寒さは異常です。しかし、そんな寒さとは関係なく、レースは華やかにスタートを迎えました。

寒さに負けず、朝早くからスタート会場で場所取りをして目当ての選手がとおるのを待つ寒さに負けず、朝早くからスタート会場で場所取りをして目当ての選手がとおるのを待つ
レース前にサインをするステーヴ・シャネル(フランス、アージェードゥーゼール)。シクロクロス選手としても活躍しているためベルギーには多くのファンがいるレース前にサインをするステーヴ・シャネル(フランス、アージェードゥーゼール)。シクロクロス選手としても活躍しているためベルギーには多くのファンがいる
リラックスしてスタート時間を待つ選手たちリラックスしてスタート時間を待つ選手たち

 97回の伝統を誇るレースのスタート地点はベルギー有数の観光名所、水の都ブルージュのマルクト広場。中世の時代にタイムスリップしたかのような趣きの広場に大きなサイン台が設置されて、広場にはフランドルの旗をもった多くのファンが集まりました。そして午前10時ちょうど、防寒対策をほどこした205人の選手たちが、カラフルなギルドハウスの前から、石畳の急坂が待つ過酷なコースへと旅立って行きました。

自転車競技は“国技”! 勝者を占う賭けも盛況

 ツール・デ・フランドルは、その名前のとおりベルギーのフランドル地方を舞台にしたレースです。ベルギーは、3つの地域(ブリュッセル首都圏地域、フランデレン・フランドル地域、ワロン地域)に分かれた連邦制国家で、地域によってフランス語かフラマン語、と使う言語も変わってきます。

大きなフランドル旗を配って回る大きなフランドル旗を配って回る

 ちなみに自転車の競技連盟もフランドルとワロンでそれぞれ独立しているため、国内に2つの競技連盟が存在しています。ベルギーチャンピオンのトム・ボーネン(オメガファルマ・クイックステップ)はフランドル出身で、世界チャンピオンのフィリップ・ジルベール(BMCレーシングチーム)はワロン出身です。

 世界各国を自転車競技とともに旅をしていますが、もっとも自転車競技のアツい国を聞かれたら、私は真っ先にベルギーのフランドルだと答えます。ツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアのような大規模なレースはベルギーにはありませんが、人々の生活のなかに自転車競技が文化として浸透し、競技人口や会場に足繁くかようファンの多さは世界屈指のものだと思います。

レースの直前に通過するロダニア(時計メーカー)のキャラバンカー。独特なメロディで、ベルギーのレースにはなくてはならない名物レースの直前に通過するロダニア(時計メーカー)のキャラバンカー。独特なメロディで、ベルギーのレースにはなくてはならない名物

 たとえば「ケルメス」と呼ばれるアマチュアレースは、週末や水曜日に必ずどこかの街で開催され、多くの社会人や子どもがレースに参加しています。どこの街に行っても大きな通りには自転車レースで使うフィニッシュラインが引かれていて、自転車好きのおじさんたちは、勝者を予想する賭けを楽しんでいたりもします。

 この時期であれば、カフェに入るとツール・デ・フランドルに出場する選手名と賭け率が書かれた一覧ボードを見かけます。私が見かけたボードでは、カンチェッラーラとボーネンの掛け率がもっとも低く、3倍でした。

 こういったバックグラウンドをもつフランドルのクラシックレースは、2月から始まり、その最終戦、かつ頂点となるのが、ツール・デ・フランドルというわけです。近年、コースが大きく変わりましたが、フランドリアン(フランドルに住む人たち)にとってツール・デ・フランドルは今も昔も特別なレースです。

 翌週に開催のパリ~ルーベとともに“2大クラシック”という印象がありますが、フランドリアンやこの地方出身の選手にとって、その価値はイコールではないようです。

ループコースになっており、3回選手たちが通過するオウデ・クワレモントは人気観戦ポイントループコースになっており、3回選手たちが通過するオウデ・クワレモントは人気観戦ポイント

移動型or宴会型? フランドリアンの観戦スタイル

小さな男の子はトム・ボーネンのファン。子ども用のレプリカジャージに身を包む小さな男の子はトム・ボーネンのファン。子ども用のレプリカジャージに身を包む

 フランドルのレースでは、老若男女を問わずコースの沿道で応援する姿を見かけます。その多くは、地元の住人です。カンチェラーラやサガンの活躍によって海外からの応援団も増えているものの、沿道でレースを盛り上げているのはやはりフランドリアンだという印象です。

 彼らを観察してみると、2種類の観戦タイプに分かれているようです。

 まず、より熱心な“移動型”ファン。彼らは事前にコースをよく調べて、クルマやオートバイを使ってレースを追いかけ、何度もポイントを変えて観戦します。同じ動きをするのは、トラブル対応や補給をするチームスタッフや、多くの場所で写真を撮りたいフォトグラファーたち。レース中の抜け道では、「我先に」と次のポイントへ移動する猛スピードのクルマやオートバイにたくさん出会います。そして彼らはレースが終わると何カ所で観戦できたかを競い合います。コスプレをしていたり、ひいきの選手名が大きく書かれた旗や横断幕などを持って移動するファンの姿も多く見られます。

犬たちも観戦グッズを身につける犬たちも観戦グッズを身につける
石畳のモレンベルグに詰めかけた観客石畳のモレンベルグに詰めかけた観客

 私がいつも乗るオートバイのドライバーもフランドリアンで、自転車レースをこよなく愛しています。「どうしてこんな道を知っているんだろう?」という畑の畦道を猛スピードでつないでいき、上手に選手たちを追い越します。これは狭いエリアで開催されるツール・デ・フランドルだからこそできる独特な観戦方法です。

いくつもの急坂がコースに組み込まれるが、どこでも多くの観客たちが選手たちを待ち構えているいくつもの急坂がコースに組み込まれるが、どこでも多くの観客たちが選手たちを待ち構えている

 もう一方は、“宴会型”ファン。コースに接する1カ所のカフェやバー、友人の家などで、レースが来るまでビールを飲んでワイワイと騒ぎながら観戦する人たちです。たくさんのビールを沿道に持ち込んでいるファンも多くいます。お祭り騒ぎが大好きなフランドリアンらしいんですが、レースを口実にビールを飲んで騒いでいるのではないかと思ったりもします…。

 ベルギーは自転車競技も有名ですが、ビールも有名。国民一人当たりのビールの消費量も多く、まるで水を飲んでいるかのように、ものすごい勢いでビールを飲み干します。日本人の私の感覚では「ああ、美味しいビールをそんな勢いで飲んでしまってもったいない…」と思ってしまうのですが、ビールの値段はミネラルウォーターよりも安いんです。なお、今回のように雪が降ろうとも、彼らの飲み物はビールです(笑)

◇      ◇

 フランドリアンたちは、いかにレースを楽しむか――つまり、観戦の“プラスアルファ”の部分をよく知っています。ツール・デ・フランドルにおいても、ファンの、自転車競技に対する絶対的な愛情や情熱の中で歴史が積み重ねられてきました。

 今年は、彼らのヒーロー選手であるボーネンが序盤に落車してリタイアする…というアクシデントがあったものの、過酷な石畳を懸命に走る選手たちへの応援はけっしてフェードアウトすることはありませんでした。ゴールラインでは、走り切ったすべての選手に拍手が送られます。

石畳のセクションを走るエドヴァルド・ボアッソンハーゲン(ノルウェー、スカイ プロサイクリング)石畳のセクションを走るエドヴァルド・ボアッソンハーゲン(ノルウェー、スカイ プロサイクリング)
連続する悪路では機材トラブルは頻発。チームカーに乗るメカニックは常に緊張している連続する悪路では機材トラブルは頻発。チームカーに乗るメカニックは常に緊張している
フランドルの旗に囲まれてゴールするファビアン・カンチェッラーラ(スイス、レイディオシャック・レオパード)フランドルの旗に囲まれてゴールするファビアン・カンチェッラーラ(スイス、レイディオシャック・レオパード)

 自転車競技が好きだからこそ、選手たちに対するリスペクトの気持ちが強く、ツール・デ・フランドルではほかのレースよりも選手とファンの距離が近いような気がします。また選手たちも、この伝統あるレースを誇りをもって走ります。厳しいコースだけでなく寒い気候にも見舞われましたが、その両者の想いが、このレースをより特別なものにしています。「クラシックの王様」と呼ばれる所以は、世界で一番開催地の人びとに愛されているところにあるのだと、改めて強く感じさせてくれた100年目のツール・デ・フランドルでした。

写真・文 田中苑子

中川裕之田中苑子(たなか そのこ)
1981年、千葉生まれ。2005年に看護師から自転車専門誌の編集部に転職。2008年よりフリーランスカメラマンに転向し、現在はアジアの草レースからツール・ド・フランスまで、世界各国の色鮮やかなサイクルスポーツを追っかけ中。

この記事のコメント

利用規約順守の上ご投稿ください。

関連記事

この記事のタグ

田中苑子

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

インプレッション

  • タイム
    アルプデュエズ01 ディスク

    ディスクブレーキで伝統の走りを進化

  • リブ
    AVAIL ADVANCED

    走る好奇心を止めない リブの新型‟無敵”ロードバイク

  • インプレッション一覧へ

    連載