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まもなくツール・デ・フランドルとパリ~ルーベに出場「人として大切なものはいつもここにある」 20代最後の“北のクラシック”に挑む別府史之に聞く

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 単身で欧州に渡り、プロとして9年目のシーズンを迎えている別府史之(オリカ・グリーンエッジ)。今季は北のクラシックを最初の目標に掲げ、まもなくツール・デ・フランドル、パリ~ルーベという最高峰のレースに参戦する。大舞台を控えた別府に心境を聞いた。

プロとして9年目のシーズンを迎えた別府史之(オリカ・グリーンエッジ)プロとして9年目のシーズンを迎えた別府史之(オリカ・グリーンエッジ)

“クラシックの血”を騒がす過酷なレース

 「去年はオリンピックがあり、そこに焦点をおいたプログラムだったため、体調管理などの面からステージレースが多く、北のクラシックを走れませんでした。ですので昨シーズンが終わった時点で、チームには『来季は北のクラシックを走りたい』と話し、今年は北のクラシックがプログラムに多く組み込まれています」

 北のクラシックとは、春先にベルギーやフランス北部で開催される伝統的なワンデイレースの総称。独特の急坂や石畳がコース内に数多く組み込まれ、走破するためには相当なテクニックや精神力を要する過酷なレースだ。その過酷さゆえに、勝利の栄光を夢見る選手も多い。

 別府は今年、中東のツアー・オブ・カタール、ツアー・オブ・オマーンでシーズンインした後、2月23日には−3℃という厳しい環境下で開催されたベルギーのセミクラシック、オンループ・ヘットニュースブラッドに参戦。その後、フランスのステージレース、パリ~ニースを経て、3月中旬からベルギーに戻り、ベルギーの本格的なクラシックレース、E3ハレルベーク、ヘント~ウェベルへムという2つのワールドツアーレースを走った。

どんよりとした曇り空の下で開催されたE3ハレルベーク。フランドル地方を駆け抜ける伝統的なクラシックレースの1つどんよりとした曇り空の下で開催されたE3ハレルベーク。フランドル地方を駆け抜ける伝統的なクラシックレースの1つ
3月中旬とはいえ気温は低く、真冬のように寒い。別府史之はチームの仕事をこなし、83位で完走した3月中旬とはいえ気温は低く、真冬のように寒い。別府史之はチームの仕事をこなし、83位で完走した

 「中東のレースではスプリンターをアシストする仕事をこなし、ベルギーのクラシックでもチームの作戦のもと、重要なところで動けました。ケガや体調不良から戦線離脱するチームメイトが多いなかで、コンディションもよく、いい手応えをつかんでいます。監督からの評価もいいですね。『フランドルとルーベも頑張ってほしい』と言われています」

真冬のような寒さの中で開催されているベルギーのクラシックレース真冬のような寒さの中で開催されているベルギーのクラシックレース

 異常気象とも言われるほど、寒い寒い春を迎えているヨーロッパ。ベルギーでは3月中旬になっても気温は氷点下まで下がり、雪がチラつくことも…。そんな厳しい環境下でクラシックレースは開催されている。しかし、別府は「もちろん寒いレースは好きではありませんが、得意なほうです」と前を向く。

 「とくに今年は寒さもあってか、去年までにはなかった“クラシックの血”が煮えたぎるような感覚を覚えます。厳しい気候や石畳、ほかの選手とぶつかり合いながらの位置取りなど、ふつうのレースにはない、気持ちが入り込むアツさがありますね!」

別府が語るクラシックレースの魅力

 もともと別府はクラシックレースに対する思い入れが強く、これまでに多くのクラシックに出場。日本人として唯一、5大クラシック(ミラノ~サンレモ、ツール・デ・フランドル、パリ~ルーベ、リエージュ~バストーニュ~リエージュ、ジロ・ディ・ロンバルディア)を完走した経歴をもっている。

氷点下の寒さや雪の予報からコースがショートカットされ、スタート地点が変更になったヘント~ウェベルへム。防寒装備に身を包んだ選手たちがスタートラインに立つ氷点下の寒さや雪の予報からコースがショートカットされ、スタート地点が変更になったヘント~ウェベルへム。防寒装備に身を包んだ選手たちがスタートラインに立つ
ヘント~ウェベルヘムではスタート直後から強い横風に煽られて、集団が細分化。寒くてもハイスピードな展開で幕開けしたヘント~ウェベルヘムではスタート直後から強い横風に煽られて、集団が細分化。寒くてもハイスピードな展開で幕開けした

 「ステージレーサーのなかには『クラシックなんかレースじゃないよ!』なんて言う選手もいるんですけど、クラシックレースは、その名前のとおり昔から伝統的にあるレースで、これが自転車競技なんだ、というのを改めて教えてくれるもの。戦争っていう表現は良くないけれど、サバイバルで、厳しい環境のなかを生き抜く術というものを知らないと、走り切れないんです。『負けたくない!』という、自転車選手として、人間としても本質的な部分を競い合いながら走り抜くスタイルは、自分のスタイルにもあっています。

ヘント~ウェベルヘムの難所、石畳が敷かれた急坂「ケンメルベルグ」をメーン集団の前方で走る別府史之ヘント~ウェベルヘムの難所、石畳が敷かれた急坂「ケンメルベルグ」をメーン集団の前方で走る別府史之

 そして、レースが終わると走った選手一人一人に、そのレースで何が起こったかというストーリーがあるんですよね。クラシックは走っていて、選手のなかに濃い記憶が残るレース。選手がそれぞれに持っている思い入れが強烈に強いんです。毎回同じようなコースなので、選手たちは各セクションの名前を覚えていて、レースが終わったあとに、どこがどうだったかと振り返ります。それはステージレースではまずないこと。

真冬のような寒さの中で開催されているベルギーのクラシックレース真冬のような寒さの中で開催されているベルギーのクラシックレース

 観客たちもレースをよく知っていて、選手一人一人に対する応援がアツいんですよ。観客の多くは地元のベルギー人ですけれど、僕の名前も呼んでくれる。この土地に文化として自転車競技が根付いていて、選手にとっても、観客にとってもアツくなれる時間がクラシックレース。そこに魅力を感じています」

 そして、いよいよ今週末、3月31日には“クラシックの王様”と呼ばれるツール・ド・フランドル、翌週の4月7日には“北の地獄”パリ~ルーベと、北のクラシックの盛り上がりが最高潮に達する2大レースへの参戦を控えている。4月10日に30歳の誕生日を迎える別府にとっては、パリ~ルーベが20代最後のレースにもなる。

必死だった20歳の頃、大きな落車が人生を変えた

レースのスタート前、会場に集まった子どもたちにサインをするレースのスタート前、会場に集まった子どもたちにサインをする

 10年前、別府はフランスのアマチュアチーム、ヴェロクラブ・ラポム・マルセイユに所属していた。運命の偶然か、ちょうど10年前、20歳になったばかりの頃に、パリ~ルーベ・エスポワール(U23カテゴリーでステータスの高いワンデイレース)を走っている。

 「10年前はまさにスタートの時期でしたね。いろんなことを考えて、模索する日々でした。とにかくプロになりたい、今から何ができるのか? ということで一生懸命でした。2002年、アンダー23カテゴリーの1年目で、パリ~ルーベ・エスポワールで28位に入り、それはアンダー1年目の選手のなかでは最高位でした。そのまま順調に育てば、優勝を狙えると言われて、その翌年は13位でゴールしました。これもアンダー23カテゴリー2年目の選手のなかで最高位。重要なレースで結果を出したことで『これはいけるぞ!』という手ごたえを実感。浮かれながら帰った地元のマルセイユでは『これでプロになれる!』とみんなにもてはやされました。そんな矢先に、落車して顔に大ケガを負い、天国から地獄に堕ちたような気分でした。でも、それが人生の分岐点だったと思います。

ヘント~ウェベルヘムのスタート前、チームメイトとともにプレゼンテーションの壇上に上がるヘント~ウェベルヘムのスタート前、チームメイトとともにプレゼンテーションの壇上に上がる

 あれからちょうど10年…。当時は顔のケガから、自転車をやめようかと本気で考えました。でもそのとき、日本に帰って『フランス人の美女に見とれちゃって、よそ見していたら転んじゃったんだよね…』なんて話したくはなかった。このケガは自分にとって誇りであり、一生懸命自転車に乗っていた証。それからは顔の傷とともに、そんな気持ちをずっと抱いて自転車に乗り続けた20代でした。普通の人から見れば、ただの傷かもしれないけれど、自分の思い入れから見れば、ただの傷ではない。みっともないと言われちゃぁそれまでだけれど、それだけじゃないんです」

 その後、アンダー4年目の2005年、22歳でディスカバリーチャンネルに加入し、プロとしてのキャリアを歩みだした別府。2006年と2011年にはロードレース、タイムトライアルともに全日本選手権チャンピオンを獲得。2009年には日本人として初めてツール・ド・フランスを走り切り、オリンピックにも北京、ロンドンの2大会連続で出場。日本を代表する自転車選手として世界の頂点で走り続けている。

ヘント~ウェベルヘムの難所、石畳が敷かれた急坂「ケンメルベルグ」をメーン集団の前方で走る別府史之ヘント~ウェベルヘムの難所、石畳が敷かれた急坂「ケンメルベルグ」をメーン集団の前方で走る別府史之

 「“30歳の自分”は、あの頃には想像ができませんでした。当時は毎日が必死で、明日があるのかすらわからなかった。でも今は無事にプロになって生活している。そう思うと、人との出会いにも恵まれて、キャリアを積むことができ、今があるのかなと思います。

防寒装備をして、レースに挑む別府史之。ヘント~ウェベルヘムにて防寒装備をして、レースに挑む別府史之。ヘント~ウェベルヘムにて

 パリ~ルーベは昔から本当に好きなレースです。選手として、人として大切なものはいつもここ(北のクラシック)にあるという思いがあります。普段の生活で争うということはあまりしませんが、クラシックを走るには、人間としての大切な“争う”という本質的な部分が必要とされます。そんなレースを20代最後のレースとして走れることをすごく幸せに感じますし、楽しみです」

 30歳の誕生日を目前に控え、激動の20代を振り返ってくれた別府。チームに若手選手が増えるなか、中堅選手として着実にステップアップしている。2013シーズン、最初の大きな目標である北のクラシックで、どんなレースを魅せてくれるのか、楽しみにしたい。


写真・文 田中苑子

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