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猪野学の“坂バカ”奮闘記<最終回>坂バカがMTBレースに挑戦!<後編> 克服する楽しさ、それが自転車

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 MTB全日本選手権レース当日を迎えた。私が出場するオープンクラスは朝一番のスタートなので、まだ朝の空気が冷たい中。試走に向かった。試走してすぐに事態を悟る。昨夜降り続けた雨のせいで前日の試走の時とは話が全く違っていた。滑る! とにかく滑る! 牧野ステテコのギャグぐらい滑るのだ!

コブ越え。昔スキーでコブ攻めをしていたこともあって、これは得意!

 特に酷いのが木の根っこだ。フロントタイヤを乗せてしまったらツルッと行くし、根っこを越える時も滑ってトルクが掛からずツルッと落車する。朝から転びまくる。これは体力を消耗するので、早々に試走を切り上げ、‟ドクター”こと竹谷賢二氏に助けを乞うた。

 竹谷氏曰く、本当なら雨用のタイヤに変えるところだが、無いので空気圧を少し減らしましょう!とのこと。

元全日本チャンプに空気圧をチェックして貰う。何とも心強い

 そこにスタッフから大岩で落車が頻発してるとの情報が入った。雨で濡れた大岩! 想像しただけで恐ろしい。竹谷氏は大岩を回避しても3秒くらしいか変わらないのでリスクは減らしましょうとのこと。私は大いに賛同した。

上位への食い込みを目指すも…

 MTBのスタート順は獲得ポイントが高い人から前に並ぶことができる。私はこれが初戦なので最後尾からのスタート。目標はなるべく上位に食い込むことだ。

最後尾からのスタート。背中に哀愁が漂う

 こうして、てんてこ舞いな初レースが幕を開けた。スタート直後はいきなりのフルもがき! これはヒルクライムではあり得ない。すぐにオールアウトになり、回復できないからだ。しかしMTBはスタートでほぼ決まる。スタートダッシュが欠かせないのだ!

 必死にもがき、前に出たいがラインがない。前方を見ると先頭はすでにゲレンデ上部にいる。この時点で上位は無いと悟った。

ゲレンデの上り。最初からフルもがき!!

 ゲレンデ区間を終えて林道の下りに入った。下りに入ってもラインが無いので順位を上げることは難しい。まだあと2周ある。焦らず、力尽きて降りてくる選手をパスすることにする。大岩の区間もリスクは避けてエスケープ。この時に1人抜かれてしまうが、後にすぐ抜き返した。

 コースの頂上付近激坂では3人ぐらいが詰まっていた。地面がドロドロで滑って上れないのだ。私は迷わず自転車降りて走り、3人をパスした。

 ようやく頂上に着いたのでドリンクを飲もうと思ったら地面からの衝撃でボトルが何処かへ吹っ飛んで行った。MTBは補給する場所が限られるのだ。

 ダウンヒル区間を攻めて、一周目を終えた時点で12位。何とか一桁台を目指したい所だが、遥か前方に2人見えるだけだ。あと一周であの2人をパスすることができるだろうか。

バイクと一体になる“征服感”

 2周目に入ると地面がかなり乾いてきて、少し攻められるようになってきた!
どうせ暫くは単独走だ。強度を保ちながらもMTBを楽しむことにした。

 だいぶ恐怖心も薄れてきてバイクコントロールも楽しくなってきた。ドクター竹谷氏から「膝が硬い」という指摘を頂いていたので、どうやったら膝を柔らかく使えるか試すが、なかなか難しい。

上半身は柔らかく使えているが、下半身は硬いらしい

 しかし身体を柔らかく使えた時はバイクと1つになる一体感がある。これを味わえた時の征服感が猛烈に楽しく癖になる! MTBはバイクコントロールが上手くなるというのはこういうことなのか。

 MTBの醍醐味を少し垣間見れた所で、前の2人が近付いてきた。ゴール前の最後の上り返しで抜いたら、そのままゴールで10位だ。坂バカの意地だ! 猛烈にキツいがダンシングで1人をパス! すかさずシッティングして、ペダルをクルクル回して2人目もパス! 少しリスキーだが、抜いた勢いのまま猛スピードで下る。最後のゴールスプリントで差されたくないからだ。

自分でも誉めてあげたい、見事?なコーナーリング。滑るので、身体を内側に倒すには少し勇気がいる

自転車人生初の大落車

 しかし私は明らかにオーバースピードで突っ込み過ぎた。次の瞬間、目の前に丸太が現れた。 あんなに入念に試走したのに、最後の丸太を失念していた!「しまった!」と思ったら、時既に遅し。ブレーキをかける暇もなく丸太に乗り上げ、私は重力から解放された。目の前に綺麗な晩秋の青空が広がった…。

 そう、私は宙に浮いている。随分長く空を飛んでいたような気がする。このまま飛び続けたらピーターパンがいるネバーランドまで行けるかも知れない。それぐらい長く感じたが、次の瞬間全身に衝撃が走った。

 近年稀に見る大落車だ。私は自転車歴10年だが、大きな落車は経験したことがない。しかし派手に1回転した割に地面が柔らかかったので、少し肋骨を打ったくらいで済んだ。受け身が良かったのだ。しかし私は受け身を取った記憶がない。着地の瞬間、誰かが手を差し延べる様にフワリと着地したのだ。いま思い出しても不思議な経験だ。

 再スタートしたいがコースロープに自転車が絡まりなかなか取れない。そうこうしている間に2人に抜かれた。よくやく再スタートするがチェーンも外れていた。チェーンをはめるのに手こずったが、何とか12位を死守し、ゴール。不甲斐ない結果だが、不思議と悔しさは無かった。

レース後の筆者。我ながら清々しい表情

 しっかり攻めることができたし、何より無事にゴールした安堵感が勝る。楽しさと恐怖の攻めぎ合いから来る、なんともいえない達成感が全身を包んだ。

 楽しさと怖さを天秤にかけるとやはり楽しさの方が勝る。それが自転車なのだ。

猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00~18:50)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

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