栗村修の“輪”生相談<196>10代男性「1キロTTに強くなりたいのですが、伸びしろがなくなってきてしまいました」
16歳男性です。1キロTTに強くなりたいのですが、伸びしろがなくなってきてしまいました。
部活で自転車競技部に所属しています。ベストタイムは1分11秒で、0〜400mの最高速度に乗せるところに改善の余地があると考えていますが、この区間をどのように速くすればいいのか分からないです。自分としては体重が52kgと軽く、重いギヤを踏む力が弱いので、ウエイトトレーニングなどで最大パワーを上げるのが良いかと思っていますが、確信があるわけでもなく、悩んでいます。どのように練習を積めば良いでしょうか?
(20代男性)
16歳の質問者さんが、伸びしろが無くなっていることを実感しているとのご質問です。
まず、直接の回答ではなく恐縮ですが、このご質問は、日本の自転車(あるいはスポーツ)界が抱えている歪みを象徴しているように思えてなりません。
だって、質問者さんはまだ16歳の少年ですよ。2019年にツール・ド・フランスを勝ったエガン・ベルナルや20年に勝ったタデイ・ポガチャルはほとんど史上最年少での優勝でしたけれど、それでも20代前半ですし、彼らにはまだまだ伸びしろはあるでしょう。
世界的には、若いうちから活躍する選手が増えているとはいえ、本格的なトレーニングをはじめるのはU23、日本で言う大学生くらいの年齢に達してからです。たとえ質問者さんが世界一を目指しているにしても、16歳なんて、いろいろなスポーツを楽しみながら経験すべき年齢なんですよ。
言い換えれば、10代のうちに「伸びる余地」をどれだけ貯めこめるかが重要なんです。にもかかわらず、日本の子どもたちは、限界を感じてしまうほど追い込まれている。これは、インターハイ至上主義など、日本の体育会系文化の悪い面が出てしまっています。10代のうちに燃え尽きてしまったら、肝心の20代で燃やすべき燃料がないじゃないですか。投資のための貯金をする前に全額スッてしまうような感じです。
とはいえ、質問者さんの部活や顧問の先生を責めるのもまた違いますよね。上に書いたような「各世代完結型スポーツ文化」の中で最善を尽くしているだけです。ご自分が置かれた環境を疑うことは難しいかもしれませんが、16歳はまだまだ伸びしろを残しておくべき年齢であることは、常に頭に置いておいてくださいね。
その上でご質問にお答えします。体重52kgとのことですが、この体重が「重い」か「軽い」かは身長との関係で決まりますから、一概に軽いとは決めつけられません。身長155cmで52kgならむしろ筋肉質かもしれません。
が、質問者さんは「軽い」と書いているので、たとえば身長170cmとか、それなりにやせ型だと仮定して話を進めましょうか。
1kmを1分11秒というタイムは素晴らしいと思いますが、こういう目に見えるパフォーマンスって、質問者さんの「強さ」の一部でしかないのです。だから、そこにだけとらわれないことが大事です。
どういうことか。「強さ」は、ピラミッドとか高層ビルなどの建築物のように、積み上げていくものだからです。
1kmTTのタイムやパワーといった分かりやすいパフォーマンスは、今言った建築物の高さに相当します。高さ200mのビルとか、500mのタワーとか、よく話題になりますよね。わかりやすいからです。
じゃあ、自分も200mのビルを作ろうと思ってレンガを積み重ねていったらどうなるでしょうか。ちょっと高くなったら崩れますよね。土台がもろいからです。
そう、目立たないのであまり話題にならないのですが、高い建物は、例外なくしっかりした土台を持っています。そうでなければ、すぐに崩れてしまうからです。高い木がしっかりとした根を張っているのと同じです。
1kmTTのタイムを短くしようとしている質問者さんは、もろい土台の上にレンガを積み重ねようとしているにすぎません。もちろん、器用にそうっとレンガを積んでいけば、一瞬だけ高くなることはあるでしょう。でもちょっと風が吹くだけで崩れます。
もうお分かりになったと思いますが、質問者さんはいったん「高さ」すなわちタイムの追求から離れ、土台作りに力を入れてみてはいかがでしょうか。この場合、具体的にはウエイトトレーニングです。
特殊なトレーニングをする必要はありません。そんなのはずっと先の話です。まずは、公共のジムでいいですから、ごくごく基本的なメニューを教えてくれる場所に行きましょう。
注意点は、まだ若いですから、高い負荷は避けること。少なくともオールアウトするまでに10回以上かかる負荷(ウエイト)にしてください。この年齢で故障すると、質問者さんのアスリートとしてのキャリアにとって致命的です。
また、階段や砂浜でのダッシュなど、原始的?なトレーニングも有効だと思いますよ。
こういう土台作りをしている間は、当然、建物の高さは変わりません。つまりタイムは伸びません。遅くなることさえあるでしょう。
でも、そういう見かけのパフォーマンスに一喜一憂すべきじゃないんです。今の日本のスポーツ界では難しいかもしれませんが、10代はまだまだ基礎作りの時期です。焦る気持ちは分かりますが、基礎をおろそかにしたらもろい建物しか出来上がりません。一見、高いかもしれませんが、少しの地震で崩れます。
じっくり、楽しみながらいきましょう。無理は禁物ですよ。
一般財団法人日本自転車普及協会 主幹調査役、ツアー・オブ・ジャパン 大会ディレクター、スポーツ専門TV局 J SPORTS サイクルロードレース解説者。選手時代はポーランドのチームと契約するなど国内外で活躍。引退後はTV解説者として、ユニークな語り口でサイクルロードレースの魅力を多くの人に伝え続けている。著書に『栗村修のかなり本気のロードバイクトレーニング』『栗村修の100倍楽しむ! サイクルロードレース観戦術』(いずれも洋泉社)など。
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