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昼間岳の地球走行録<68>自転車でひた走る、世界の屋根「パミールハイウェイ」 

by 昼間岳 / Gaku HIRUMA
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 地球走行録の連載26回目でパミールのワハーン回廊からパミールハイウェイに出るまでの話を書かせてもらったが、今回はその続きでパミールハイウェイの話だ。タジキスタンのハイライトといえばアフガニスタンとの国境線になっている細い渓谷で標高2800mのワハン回廊と呼ばれる地域がある。ワハン回廊から押して上がるのもやっとな標高4200mのオフロードの峠を越え、120kmほど走るとようやくパミール高原まで辿り着く。荒涼とした大地に荒れた舗装路が延びていて、それがパミールハイウェイという道だった。

パミールハイウェイのムルガブ付近。荒涼とした大地の小高い丘を越えると川が流れる湿地帯が突如広がった Photo: Gaku HIRUMA

氷の上を走るように滑らかな舗装路

  パミールハイウェイはタジキスタンのホログからキルギスのオシュまで続き、「世界の尾根」とも呼ばれるパミール高原を貫く道路だ。もともとは軍用道路として作られた経緯がある。軍用道路というと物々しい雰囲気がありそうだけど、今では全くそんな雰囲気はない。

ワハン回廊から、パミールハイウェイへ向かう道。とても荒々しい道だった Photo: Gaku HIRUMA

 ハイウェイと聞くと日本では高速道路をイメージするかもしれないが、町と町を結ぶ幹線道路の意味で、素朴な高原の道路といった趣だった。パミールハイウェイまであまりにも過酷なオフロードを走ってきたため、荒れている舗装路とはいえまるで氷の上を走っているかのように滑らかに自転車が走っていく感覚は、長くオフロードを走らなければ味わえなかった。ただパミール高原という名前からも分かる通り、開けた高原地帯になっていて標高3000m付近にいるとは思えない不思議な土地だった。

 とても乾燥した赤茶けた荒涼とした土地なのだが、川の近くには草場が広がりユルタと呼ばれる移動式住居で家畜を放牧しながら暮らしている人たちも点在していた。この乾燥した土地なのにもかかわらず、眼下には川と草原が広がっているというギャップが不思議と思わせる風景になっているのかもしれない。

 ずっと乾燥地帯を走っているので、草原の緑がとても新鮮で眩しかったのをよく覚えている。空がどこまでも青く、車もほとんど走っていない。パミールハイウェイに入り130kmほど走ると、タジキスタン中央東部のムルガブに入る。

パミールハイウェイのムルガブ付近。荒涼とした大地の小高い丘を越えると川が流れる湿地帯が突如広がった Photo: Gaku HIRUMA

 ここはとても小規模で不思議な町だった。貨物のコンテナをそのまま商店として利用したコンテナバザールはあるが、これといった見どころは特にない。町は活気よりはどこか哀愁の漂う少し物悲しい雰囲気があった。

 パミール高原東部でほぼ唯一の町と言ってもいいこの場所は、ただのバックパッカーであれば立ち寄る理由は全くないところだけど、過酷なパミール高原を走ってきたサイクリストであれば身体を休めるのに必ず滞在する町だった。

車がほとんど通らない道のすぐ近くにある綺麗な湖で一泊 Photo: Gaku HIRUMA

 電力供給が不安定で町の中心にあるホテルでさえ電気はジェネレータで発電するほど。当然Wi-Fiはなく、ホットシャワーも辛うじて使えるくらいだったが、思わぬ長居をしてしまったというサイクリストの話もよく聞いていた。

 パミール走行で疲れ果てていた身体には久しぶりに食堂で飲食できるのが幸せで、ラグマンと呼ばれる中央アジアの麺料理や、炊き込みご飯のプロフと一緒にビールを飲めるのは疲れた体と心を癒してくれた。時折、恐らく二度と訪れることはないであろう町のことを思い出しては堪らなく懐かしくなることがある。

 ムルガブを出てパミールハイウェイの最高地点、標高4622mのアク・バイタル峠を含む峠をいくつか越えると、キルギスの国境にたどり着く。事前に調べていた情報では、「ワハン回廊からパミール高原へ出る道が本当に厳しい」と言っている人が多かったので、パミールハイウェイなんて舗装路だし楽勝でキルギスに入れるのかと思ったら、そうではなかった。

 僕はこのアク・バイタル峠がパミールで一番大変だった。ずっと舗装路が続くかと思っていたのだけど、峠へ向かう道はオフロードに変わっていた。

 峠付近は急こう配になっており、空気の薄く、足元も悪い。自転車を押すことしかできなかったけど、自転車を押してるのか足が砂利に取られて後ろに下がっているのか、分からないほどきつかった。

パミール最高所4622mのアク・バイタル峠へ向かう。道は未舗装路になり傾斜もきつく数メートル進むごとに喘いで止まる Photo: Gaku HIRUMA

 自転車を数十m押し歩いては喘ぎ、歩みを止める。バランスを崩し自転車が反対側に倒れるのを支えきれず、何度も自転車を倒してしまった。道が空に切れ峠の標識が見えた時は本当にホッとした。4622mは僕の自転車到達した一番高い峠になった。

米が美味しいだけで感動する、自転車旅ならではの充実感

 キルギスに入国して一気に山を駆け下りる。タジキスタンでは荒々しい自然に圧倒されたが、国境の峠を越えキルギスに入ると今までの赤茶けた荒々しい風景が一変する。山を下りきり走って来た道を振り返ると、越えてきた4000mもの山脈が雪を称えてそびえ立ち、進む先には穏やかな草原が広がっていた。見渡す限りの草原だ。

 久しぶりに高地を脱出し、標高は2000m前後になった。草原に寝転がり草のにおいや空気の濃さを実感し、米が美味しく炊けるだけでもいちいち感動を覚える。こういう時に感じる充実感は自転車旅ならではだと思う。

 その後はいくつか峠はあるものの、渓谷伝いに緩やかに下っていく道だ。草原を野生化した馬が颯爽と走り、キルギスの伝統の帽子を被ったお爺さんが、歩くのとほとんど変わらない速さのロバに跨がり、過ぎて行く。

ロバに跨りキルギス伝統の帽子カルパックを被るお爺さん。人あたりもとても優しくなったのが印象的だった Photo: Gaku HIRUMA

 通り過ぎる村からもアジアの懐かしい雰囲気を感じられ、日本がどんどんと近づいて来ていることを肌で感じることができたこの国では全てが穏やかでゆっくりと流れていた。

昼間岳(ひるま・がく)

小学生のときに自転車で旅する青年を見て、自転車で世界一周するという夢を抱いた。大学時代は国内外を旅し、卒業後は自転車店に勤務。2009年に念願だった自転車世界一周へ出発した。5年8カ月をかけてたくさんの出会いや感動、経験を自転車に載せながら、世界60カ国を走破。2015年4月に帰国した。『Cyclist』ではこれまでに「旅サイクリスト昼間岳の地球写真館」を連載。ブログ Take it easy!!

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