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福光俊介の「週刊サイクルワールド」<360>ジロ・デ・イタリア2020総括 ニュージェネレーション台頭を象徴する3つのポイントに迫る

by 福光俊介 / Syunsuke FUKUMITSU
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 新型コロナウイルスによるパンデミックの影響で、5カ月遅れで開催されたジロ・デ・イタリア2020。開幕地の変更や、それにともなうステージ再編成、開幕後のウイルス感染者の発生と、日々予断を許さぬ中でのレースとなったが、勝負はジロの歴史に残るドラマが待ち受けていた。テイオ・ゲイガンハート(イギリス、イネオス・グレナディアーズ)という新王者にとどまらず、今大会は25歳以下の若い選手たちが次々と台頭する「ヤング・ジロ」となった。そんな歓喜と興奮の余韻が残る今こそ、改めてジロ2020を振り返りたい。今回のテーマは「ニュージェネレーション」。これからのプロトンを引っ張るであろうニュースターの姿に迫っていく。

ジロ・デ・イタリア2020を制したテイオ・ゲイガンハート。ヤングライダーが大活躍した大会を象徴する最終結果になった Photo: Yuzuru SUNADA

ウィギンス、フルーム、トーマス…王者の系譜たどる25歳

 今大会が開幕した10月3日の段階で、この結果を誰が予想していただろうか。

最終・第21ステージの個人タイムトライアルで逆転し個人総合優勝を決めたテイオ・ゲイガンハート Photo: Yuzuru SUNADA

 テイオ・ゲイガンハートのジロ制覇は、イギリス人ライダーとして5人目となるグランツール覇者であり、チームにとっては2年前のクリストファー・フルーム以来の大会制覇となった。

 イネオス・グレナディアーズは当初、ゲラント・トーマス(イギリス)での総合狙いを公言していた。実際、トーマスは調整不足から8月下旬開幕のツール・ド・フランスを回避し、以降はジロに向けて急ピッチで調整。直前のレースできっちり結果を残し、万全の状態でシチリア島での開幕を迎えていた。

 状況が暗転したのは第3ステージだった。リアルスタート前のニュートラル区間で落車し負傷。その日は走り終えたものの、翌日には大会を去ることとなり、チームは目標を失うこととなる。この時点ではまだ、ゲイガンハートが総合エース昇格には至っていなかったという。

 実際、チームはその後のステージで攻撃的なレースを展開。本来ならアシストを務めていたであろう選手たちが自らのチャンスを与えられ、結果的に全日程の3分の1にあたる7ステージでステージ勝利を収めている。

第15ステージで勝利したテイオ・ゲイガンハート。個人総合でジャンプアップしチームに流れを呼び込んだ Photo: Yuzuru SUNADA

 ステージ狙いにシフトしていたチームに新たな流れを呼び込んだのが、ゲイガンハート自ら勝利した第15ステージだった。1級山岳ピアンカヴァッロの頂上を目指したこのステージを制するとともに、個人総合で一気にジャンプアップ。総合表彰台が見えてきたことで、離脱したトーマスに替わる“Bプラン”が急遽発動することになった。

 やはりそこは驚異の組織力。第3週からは、元々トーマスに注ぐ予定だった各選手の能力をゲイガンハートへと向けていくだけ。メイン集団の主導権を確保する時間帯も増え、さらには総合力の高いローハン・デニス(オーストラリア)が調子を上げたことも大きな要素に。ライバルとなり得た選手たちが軒並み苦しんだこともあり、徐々に状態を上げていったゲイガンハートにとって有利な展開が形成されていった。

 最後はジェイ・ヒンドレー(オーストラリア、チーム サンウェブ)との一騎打ちとなったが、タイムトライアルの能力的にはゲイガンハートが上との評価が大多数で、実質ポールポジションで最終・第21ステージの個人タイムトライアルを迎えていた。その状況を作り出した時点で、大きな勝利をつかんでいたも同然だった。

第20ステージを走るテイオ・ゲイガンハート。第3週に入り有利な状況を作り出したことで勝利へと向かっていった Photo: Yuzuru SUNADA

 これまでビッグレースでは主だった成績がなかったゲイガンハートの成長は、チームにとって願ってもない好機となりそうだ。2010年の発足以来、長く自国で育ったライダーをエースに据えてきたチームにあって、ここ数年はエガン・ベルナル(コロンビア)や、現在開催中のブエルタ・ア・エスパーニャで好走するリチャル・カラパス(エクアドル)らがリーダーとなる機会が増えていた。チームとしてその状況は悪くはないとしつつも、イギリス人総合系ライダーの養成がこれからのミッションでもあった。

 2012年にツールを制しチームに初のグランツールタイトルをもたらしたブラッドリー・ウィギンス氏に始まり、その後を継いだフルーム、2018年にツールを制したトーマス。ゲイガンハート自身は「彼らには全然及ばない」と謙遜するが、チームやイギリス自転車界の歩みを継承する選手の誕生を意味する勝利となった。

 そして何より、イネオス・グレナディアーズにとっても史上最高のグランツールに。前述した7勝は、チームにとって3週間のレースにおける最多勝利数。さらにはマリアローザの獲得。チーム総合でも1位になった。

 これまでは主導権を確保すると完全にレースを支配する形でエースを個人総合優勝に導いてきたが、今回に関しては結果論とはいえど攻め続けた末のビッグタイトル獲得。チームプリンシパルのデイヴ・ブレイルスフォード氏も「これまでは防衛的スタイルだったが、いまはグレナディアーズだ」と宣言。精鋭部隊を意味する“グレナディアーズ”との言葉を用いて、新たな哲学がチームに浸透していることを示唆した。新スタイルが今後のグランツールの戦い方に反映されるかは、これからの見どころとなりそうだ。

テイオ・ゲイガンハート(左から3人目)の個人総合優勝にとどまらず、ステージ7勝、チーム総合1位とチーム史上最高のグランツール成績としたイネオス・グレナディアーズ。これからは新たな哲学で勝利を目指していく Photo: Yuzuru SUNADA

若いチームの今季を象徴したヒンドレーの快進撃

 予定外のマリアローザ争い参戦は、ゲイガンハートにとどまらない。最後の最後まで覇権を争ったヒンドレーも同様だ。

山岳アシストから急遽総合エースを務めたジェイ・ヒンドレー。個人総合2位を収めた Photo: Yuzuru SUNADA

 ウィルコ・ケルデルマン(オランダ)を山岳でサポートすることが任務だった24歳は、第1週から上位戦線で進行。大会前半から中盤にかけてケルデルマンが好調さを見せていたこともあり、ヒンドレーの役目はより明確になっていく。ただ、きっかけ1つで彼への見方が大きく変わっていった。

 これもまた第15ステージだった。総力戦に持ち込んだチーム サンウェブは、最終局面を前にヒンドレーのペーシングでライバルたちを引き離すことに成功。前日したように、この日はゲイガンハートがステージ優勝し流れをつかんだが、ヒンドレーも同様にベストクライマーの1人として注目されることとなる。

 そして第3週に入ると、チーム サンウェブとイネオス・グレナディアーズとのチーム戦から、ヒンドレーとゲイガンハートの一騎打ちのムードが高まった。ケルデルマンが苦戦する一方で、ヒンドレーは飄々とイネオス勢のコントロールに対応したことで、チーム内での序列も一転。途中でステルヴィオ峠を上った第18ステージまでは、マリアローザの可能性があったケルデルマンのためにイネオス勢を抑える役に徹していたヒンドレーだったが(実際、このステージ後にケルデルマンがマリアローザを着ることとなる)、大会最後の山岳となった第20ステージではケルデルマンが遅れたことで自らが勝負する選択へ。結果的に最終の個人タイムトライアルで敗れたものの、随所に強さを示した個人総合2位だった。

若いチームの牽引役になったジェイ・ヒンドレー。今後は総合エースとしてグランツールの成績を求めていくことになりそうだ Photo: Yuzuru SUNADA

 チーム サンウェブは、数年間総合エースを務めてきたトム・デュムラン(オランダ、現ユンボ・ヴィスマ)の昨季限りでの離脱もあり、今年はチームスタンスの大幅な変革が求められていた。若い選手が多く、苦戦も予想された今シーズンだったが、いざふたを開けてみればツールでのステージ3勝をはじめとして、将来が楽しみな選手たちが次々と飛躍。もちろん、ヒンドレーもその代表格の1人になった。個人総合3位で終えたケルデルマンが来季ボーラ・ハンスグローエに移籍することが決まっているが、ヒンドレーの快進撃によってチームの総合戦線にもメドが立った。その意味でも、チームの勢いを象徴する大会だったといえそうだ。

ニュージェネレーション席巻の3週間

 3週間の戦いを終わってみると、個人総合トップ5のうち3人が25歳以下というヤングパワーが輝いた大会でもあった。

初のグランツールで個人総合4位と健闘したホアン・アルメイダ。マリアローザを15日間着用した Photo: Yuzuru SUNADA

 ゲイガンハート、ヒンドレーの活躍は前述したとおりだが、22歳のホアン・アルメイダ(ポルトガル、ドゥクーニンク・クイックステップ)も個人総合4位と殊勲の走り。

 プロ1年目の今季は、シーズン中断明けの7月以降好成績を連発。ジロが開幕すると、第1ステージの個人タイムトライアルでいきなりの2位フィニッシュ。これで自信をつかむと、第3ステージではマリアローザに袖を通し、15日間着用を続けた。

 リーダージャージを着ていた間、アシスト陣の堅実な働きもさることながら、自身もチャンスとあらばボーナスタイムを獲るべく積極的に動いた。ステージを経るごとにマリアローザを守る意思を強め、急峻な山岳にもチャレンジ。最終的に総合表彰台は逃したものの、最終日の個人タイムトライアルで順位を1つ上げて4位フィニッシュ。6位で終えた第14ステージも含めて、個人タイムトライアルでの強さもアピール。山岳ステージでの走りから見ても、これからは総合系ライダーとしてグランツールの頂点を狙う存在となることは間違いない。

タイムトライアルステージを含む今大会4勝を挙げたフィリッポ・ガンナ Photo: Yuzuru SUNADA

 タイムトライアルステージをすべて制し、逃げ切った第5ステージを合わせると4勝した24歳のフィリッポ・ガンナ(イタリア)は、今大会における地元のヒーロー。今回がグランツール初出場だったが、要所では登坂力の高さも示し、ステージレースへもしっかりと適応。ゲイガンハートのマリアローザ獲得にも大きく貢献した。

 彼らが今大会のヤングライダーの中でも飛び抜けていたことは確かだが、一時は個人総合トップ10圏内を走ったブランドン・マクナルティ(アメリカ)と、山岳の第9ステージで3位に入ったミッケル・ビョーグ(デンマーク)のUAE・チームエミレーツコンビもそれぞれ22歳と21歳。これからの活躍が約束される選手たちはまだまだ控える。

 こうした若い選手たちの台頭に、個人総合7位で終えたヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア、トレック・セガフレード)は、「世代交代の時期が来ていることを実感している」と述べる。また、ゲイガンハートはイレギュラーなシーズンがヤングライダーの活躍に影響を与えたかと問われ、「そうは思わない」ときっぱり。今後のプロトンを牽引するであろう選手たちが、飛躍のきっかけをつかんだ大会になったと言ってもよいだろう。

今大会の山岳賞を獲得したルーベン・ゲレイロ。若手育成チーム「ヘーゲンズバーマン・アクセオン」で走りを磨いた1人でもある Photo: Yuzuru SUNADA

 ちなみに、ゲイガンハート、アルメイダ、ビョーグ、山岳賞のマリアビアンカを獲得したルーベン・ゲレイロ(ポルトガル、EFプロサイクリング)らは、アメリカ資本の若手育成チーム「ヘーゲンズバーマン・アクセオン」の出身。彼らの活躍をきっかけに、改めてこのチームを評価する声が高まっている。エディ・メルクス氏の息子、アクセル・メルクス氏が指揮を執り、現在も将来性豊かな選手たちが所属。昨年までのUCIプロコンチネンタルチーム(現・UCIプロチーム)登録から、今年は運営上の理由で同コンチネンタルチームにカテゴリーを下げたが、ゲレイロは「僕たちの走りによってアクセルのもとに多くのスポンサーが集まってほしい」と願いを語る。ニュージェネレーションの活躍は、選手や現所属チームだけでなく、育成を専門にするチームにも好影響をもたらすだろうか。

今週の爆走ライダー−テイオ・ゲイガンハート(イギリス、イネオス・グレナディアーズ)

「爆走ライダー」とは…

1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシストや逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。

 ジロ・デ・イタリア最終・第21ステージの個人タイムトライアル。無我夢中でペダリングを続けた彼の耳に届いた無線からの「最後のコーナーはとにかく慎重に」。チームカーを運転したマッテーオ・トザット氏の声で、初めて状況が理解できたという。

ジャイ・ヒンドレー(左)との激闘を演じたテイオ・ゲイガンハート。初のグランツール制覇にも浮かれた様子は見られない Photo: Yuzuru SUNADA

 初のグランツール制覇。17歳でイギリスのナショナルチームに入った時からロードレースにこだわり続けた男は、これまでの歩みに間違いがなかったことを実感する。そして、「僕はこれからも変わらない」と宣言。ジロの覇者になったからといって、人間性まで変化することはないと誓った。

 ロンドンで生まれ育ち、自転車を始めたときからトレーニングコースは周辺の平坦路か小さな丘だったという。プロライダーになった今だからこそ、山岳や高地でのトレーニングを行うが、現在のオールラウンドな脚質は山で鍛えたものではないという。となると、その脚は持って生まれた能力なのか。少なくとも、心肺機能はバックボーンであるサッカーや水泳によるもの。それも「とても上を目指せるような実力ではなかった」というから、ロードレースが彼に最もピッタリのスポーツであることは確かなよう。

 チームは昨シーズンからチャンスを与え、総合系ライダーとしての可能性に賭けてきた。それが実を結んだ今回。待望のイギリス人グランツールレーサーとあって、これからタレント軍団の中心に立つ可能性も出てきた。ジロの勝利で周辺が騒がしくなってきたが、「当面はこの勝利に浸ることにする」と笑顔でかわす。走りで魅せるのはまた来年だ。

 実は大会期間中、独特な名前をどう呼ぶのかという話題が各所で起きていたという。ファーストネームの“テイオ”は、アイルランド語で“トム”を意味するのだとか。スコットランドとアイルランドにルーツを持つ父が付けたというその名前、自身は大のお気に入りとのこと。

ジロを勝ち、これからチームの中心になることが期待されるテイオ・ゲイガンハート。しばし勝利の余韻に浸った後、今後のことを考えるつもりだ Photo: Yuzuru SUNADA
福光俊介福光俊介(ふくみつ・しゅんすけ)

サイクルジャーナリスト。自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、今ではロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。現在は国内外のレース取材、データ分析を行う。UCIコンチネンタルチーム「キナンサイクリングチーム」ではメディアオフィサーとして、チーム広報やメディア対応のコントロールなどを担当する。ウェブサイト「The Syunsuke FUKUMITSU

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UCIワールドツアー ジロ・デ・イタリア2020 ロードレース 週刊サイクルワールド

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