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栗村修の“輪”生相談<190>20代男性「なぜロードの選手は落車でケガしやすいのにプロテクターを付けないの?」

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 ツールドフランス2020、第1ステージ等を見て疑問に思ったので質問させていただきます。

 選手たちはもちろんヘルメットで頭を守っていますが、なぜ落車によってケガを負いやすい腕や脚、お尻にはプロテクターを付けないのでしょうか?

 選手たちは自分の身体よりレースの結果を重視しているようで落車が起きる度に選手のことが心配になってしまいます。

(20代男性)

 コロナ禍の中、なんとかシャンゼリゼまで完走できた今年のツール。本当に感動しましたが、ご質問の点は僕としても問題だと思っています。安全装備の問題は、あまり話題にしている人が少ないのが残念ですね。

 たしか、僕が解説を務めた第1ステージでも安全装備について触れた記憶がありますので、たぶん質問者さんはそれをお聞きになったのかもしれませんね。

 安全装備について考えるとき、僕が思い浮かべるのはモータースポーツです。モータースポーツの世界では、実は無制限のスピードの追及はとっくに終わっています。そうではなくて、速さの追求とドライバーの命がトレードオフの関係にあることをしっかりと意識して、「命を守れる範囲内で」スピードと安全を追及しているのです。今の技術でスピードだけを追求したら、絶対にドライバーの命は守れませんから。

 では自転車の世界はどうでしょう。

 僕が選手をしていた1990年代までは、安全対策はほぼ皆無でした。ヘルメットすら義務化されていなかったんです。ただ、当時はクロモリのフレームに手組みのホイールで走っていた時代ですから、速度域も今より低く、だからうやむやになっていたんでしょう。

1993年のツール・ド・フランス。スプリントステージすらほぼノーヘルで争われていた Photo: Yuzuru SUNADA

 しかし今は、エアロディスクロードにスーパーワイドのホイールを履かせてかっ飛ぶ時代です。下りでは時速100kmを超えることも珍しくありません。しかもチーム戦術は高度化して、明らかに深刻な落車が増えました。

 そんな状況で、選手たちはほとんど裸みたいな格好に申し訳程度のヘルメットで走っているわけです。しかも、レースのために作られたサーキットを走るならまだしも、路上駐車の車がたくさんあるような生活道路を走っているんですよ。

 つまり今の選手たちは、時速60kmや70kmで転ぶリスクが大いにあるのに、転んでも大丈夫な格好をしていないということです。これは、ロードレースを見慣れると感覚がマヒしがちですが、他のスポーツと比較するとちょっと異常な状況であることがお分かりいただけると思います。

 したがって我々は、いい加減に安全装備について考えるべきです。ヘルメットとバイクの最低重量の規定くらいでは全然足りません。速さの追求を一旦ストップするとか、安全装備の着用を義務化するとか。

 たとえば絶対速度を下げるルールの設定。こう聞くと「ええ、それじゃレースがつまらなくなっちゃう」と思う方も多そうですが、落ち着いて考えてみましょう。レースの絶対速度と観客にとっての楽しさは、ほぼ関係ないんです。レースは選手たちの相対的な速度で競い合うものだからです。

 時速10km台で上る激坂の攻防は、時速100kmのダウンヒルの1/10しか面白くないということはないですよね。遅くても楽しいものは楽しいんです。むしろ有力選手がアクシデントでどんどんいなくなるレースほど興醒めすることはありません…。

 繰り返しになりますが、さすがにそろそろ、安全について考えませんか。今の世の中で、選手たちが毎日骨折するような競技が流行することがあるでしょうか。親御さんたちが、死ぬかもしれない競技に子供たちを送り出すでしょうか。

 僕は発信の場を頂けているので、安全についての啓発をがんばりますが、僕一人が騒いでも限界があります。まずはメーカーのみなさん、将来的な利益まで視野に入れて、ぜひ安全性も追求してください。そして、「危険を冒して速く走るよりも、安全なほうが格好いい」という価値観を作り上げようではないですか。もはや一刻の猶予もないのです。

回答者 栗村修(くりむら おさむ)

 一般財団法人日本自転車普及協会 主幹調査役、ツアー・オブ・ジャパン 大会ディレクター、スポーツ専門TV局 J SPORTS サイクルロードレース解説者。選手時代はポーランドのチームと契約するなど国内外で活躍。引退後はTV解説者として、ユニークな語り口でサイクルロードレースの魅力を多くの人に伝え続けている。著書に『栗村修のかなり本気のロードバイクトレーニング』『栗村修の100倍楽しむ! サイクルロードレース観戦術』(いずれも洋泉社)など。

※栗村さんにあなたの自転車に関する悩みを相談してみませんか?
 ml.sd-cyclist-info@sankei.co.jpまで、タイトルを「輪生相談質問」としてお寄せください。

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