福光俊介の「週刊サイクルワールド」<352>“変則的”ツール前哨戦スタート 早くもイネオスvs.ユンボの構図固まる!?
本場ヨーロッパでロードレースシーズンが再開しておおよそ2週間が過ぎた。それと同時に、ツール・ド・フランス2020年大会の幕開けまで約2週間となった。今年はパンデミックによる大幅なスケジュール変更によって、ツール本番を前にした選手・チームの動きも例年とはまったく異なっている。どの選手もチームも、大急ぎで仕上げにかかっているが、変則日程下でツール前哨戦的な趣きのレースも始まった。そして、そこでは早くもツールでの激戦を予感させる大きな動きも。マイヨジョーヌ候補たちの動向と合わせて、“プレ・ツール”の様子を今回はお伝えしよう。

ツール・ド・ランでユンボの充実ぶりがはっきり
UCIワールドツアーでは、ワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)が制したミラノ~サンレモ、クイーンステージ(第4ステージ)でレムコ・エヴェネプール(ベルギー、ドゥクーニンク・クイックステップ)が圧勝、その勢いのまま個人総合優勝を決めたツール・ド・ポローニュ(ファビオ・ヤコブセンが第1ステージでのクラッシュで重傷という心配なニュースもあるが…)と、ロードレース最高峰にふさわしい熱戦が戻ってきた。
ただ、それに負けず劣らず熱いレースが繰り広げられたのが、8月7日から9日まで行われたフランスのステージレース、ツール・ド・ランだった。

カテゴリーこそUCI2.1で、例年は5月(2017年までは8月)に地元フランス勢が中心となるレースだが、同国とスイスとをまたぐジュラ山脈を舞台とする山岳ステージレースとあって、今年は多くのトップチームが参戦を希望。大会側も、1チーム6人編成として多くのチームの受け入れ態勢を整えた。
この大会最大の焦点となったのは、チーム イネオスとユンボ・ヴィスマのチーム状態。イネオスはエガン・ベルナル(コロンビア)、ゲラント・トーマス、クリストファー・フルーム(ともにイギリス)を、ユンボ・ヴィスマはプリモシュ・ログリッチ(スロベニア)、ステフェン・クライスヴァイク、トム・デュムラン(ともにオランダ)と、かねてから両チームが公言してきたそれぞれのトリプルエースを迷わず送り込んだのだ。本格山岳の連続となるコースで、各選手たちの調整ぶりが明らかになることは間違いなかった。

その見立てに応えるかのように、3日間を通して両チームが主導権を争った。丘陵系のスピードレースになった第1ステージ(139.5km)では、ログリッチがスプリントに参戦しいきなりの2位。デュムランも4位に続いてユンボ・ヴィスマが先制すると、イネオスはフルームが残り10kmでのパンクで遅れ、早くも総合争いから脱落する。
続く第2ステージ(140.5km)でユンボ・ヴィスマの充実ぶりがさらに際立つ。レース半ばにメイン集団のコントロールを始めると、ジョージ・ベネット(ニュージーランド)とクライスヴァイクが後半にかけてペースメイク。イネオス勢はトーマスがこれに耐えられず早々に遅れると、ベルナルが単騎となるピンチ。一時はアシストが前方に復帰したものの、最後まで数的不利は覆すことができないまま。最後はログリッチが有力チームの総合エースたちによるスプリントを制しステージ優勝。総合でも首位に立った。
このままでは終われないイネオスは、最終の第3ステージ(144.5km)で反撃に出る。カテゴリー山岳が連続する後半に入って、トーマスのペースメイクをきっかけにメイン集団の絞り込みが激化。終盤にかけてはフルームも配して主導権を握り続けた。しかし、ユンボ・ヴィスマ勢はこれでは崩れず、フィニッシュを目前に主導権を奪うと、リッチー・ポート(オーストラリア、トレック・セガフレード)らの攻撃をかわして、最終局面でのベルナルのアタックにはログリッチ自ら冷静に対処。結局、ログリッチはステージ2連勝と個人総合優勝をがっちりとつかんだのだった。


イネオスとユンボ・ヴィスマとのチーム戦第1ラウンドは、ユンボに軍配。リーダージャージを確保したログリッチのほか、クライスヴァイクが個人総合4位、ベネットも同5位。そして膝のけがやコロナ禍で大幅にシーズンインが遅れていたデュムランも同11位とまずまずの結果。この大会では、トリプルエースの順調さとともに、当初ジロ・デ・イタリアの総合エースを予定していながらツール組にシフトチェンジしたベネットの献身的な走りも光った。
一方、結果のうえでは完敗だったイネオスも、このまま引き離されて終わるとは思えない。この大会ではベルナルが個人総合2位ながらも、第2・第3ステージではログリッチとの争いを繰り広げ、調子の良さをアピール。第2ステージで大きく遅れたことでアシストに回ったトーマスも、ツールからの逆算で調整を進めていることだろう。あとは、昨年負った大けがからの完全復活を目指すフルーム。残りの日数でトップコンディションに仕上げられるか注視していきたい。
山岳オンリーのドーフィネ プロトンの構図が明確になる一戦に
12日からは本家・ツール前哨戦でもあるクリテリウム・ドゥ・ドーフィネが始まる。本来は5月31日から全8ステージで行われる予定だったが、スケジュール変更によって5ステージに短縮される。

ステージ編成も大幅に変化。これによってなんと、すべてのステージが山頂フィニッシュという、驚異の山岳ステージレースとして行われることになった。
開幕早々に中央山塊を抜けると、大会2日目以降はアルプス山脈をめぐることに。超級山岳コル・ド・ポルテの頂上を目指す第2ステージで総合争いの形成が見えてくると、ツール第17ステージと一部同コースを走る第3ステージを経て、最後の2日間は2級山岳ムジェーヴの山頂飛行場へと飛び込む異例のルートセッティング。2つのステージの大きな違いを挙げるとするならば、第4ステージは直前に超級山岳モンテ・ド・ビザンヌ(登坂距離12.4km、平均勾配8.2%)をこなすのと、第5ステージは計8つのカテゴリー山岳をクリアしなければならない点。超級山岳コル・ド・ロム(8.8km、8.9%)、1級山岳コル・ド・ラ・コロンビエール(7.5km、8.5%)を上りきってからもなお、5つの峠をクリアしなければ完走が許されない。

山岳比重の高いツール本番をイメージするにはピッタリの今大会へは、いよいよ大物たちが一挙集結となりそうだ。ワンデーレース数戦を終えたジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)がツールに向けて合流を果たすほか、昨年のツール総合4位のエマヌエル・ブッフマン(ドイツ、ボーラ・ハンスグローエ)、ロマン・バルデ(フランス、アージェードゥーゼール ラモンディアール)、ミケル・ランダ(スペイン、バーレーン・マクラーレン)、ティボー・ピノ(フランス、グルパマ・エフデジ)、アダム・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)、そしてキンタナらが参戦を表明。タデイ・ボガチャル(スロベニア、UAE・チームエミレーツ)、セルジオ・イギータ(コロンビア、EFプロサイクリング)といったヤングクライマーもひと波乱起こそうとやってくる。
ただ、こうした顔ぶれにあってもチーム力では群を抜くのが、ユンボ・ヴィスマとイネオス。両チームともトリプルエース配備はもちろん、ユンボはファンアールトが、イネオスはミハウ・クフィアトコフスキ(ポーランド)やクライマーとして評価を高めるパヴェル・シヴァコフ(ロシア)がそれぞれ合流。どちらのメンバーもツールを想定しての招集で、レース展開によっては双方トリプルエースの序列も見えてきそうなムードである。
とにかく、これだけの選手がそろうだけに、各選手・チームの状態が浮き彫りとなることは必至。ツールを前にプロトン全体の構図が明確になるであろう一戦に、全世界の注目が集まることとなる。
今週の爆走ライダー−ダヴィデ・バッレリーニ(イタリア、ドゥクーニンク・クイックステップ)
1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシストや逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。
8月5日から9日にかけて行われたツール・ド・ポローニュ。第1ステージのフィニッシュ直前に衝撃的な大規模クラッシュが発生し、ファビオ・ヤコブセン(オランダ)がコース脇のバリケードに絡む形で大きく飛ばされてしまう。下り気味のレイアウトで、時速にして80キロは出ていたとされるスプリントでのアクシデント。一命を取り留めたヤコブセンだが戦線復帰なるか現時点では不透明だ。

エーススプリンターのまさかの離脱に、ドゥクーニンク・クイックステップの選手たちは団結した。選手たちは口をそろえて「一瞬は落ち込んだが、再び集中して戦おうと励まし合った」と浮き沈みの激しかった状況を説明する。エヴェネプールは最重要ステージで50km以上の独走を決め、25歳のイタリア人、ダヴィデ・バッレリーニは最終日にヤコブセンの代役を務めあげた。
終わってみれば、ヤコブセンの初日繰り上げ優勝を含みチームは大会で3勝。最後を締めたバッレリーニは「みんながファビオのために戦った成果だ」と胸を張った。本来は逃げや小集団のスプリントを得意とするが、仲間を思う気持ちが強力スプリンターたちのスピードをも凌駕した。
現チームには今年加入。スプリントでの発射台や、石畳系クラシックでのアシストを期待されている。一方で、「チャンピオンになるためにこのチームを選んだ」と語るように、野心は大きい。これまでは小さなレースでの勝利や、逃げから山岳賞ジャージを着用したこともあるが、それらはどれも通過点。“チャンピオン”経験の多いタレント軍団の一員となり、いまは強くなるための学びに勤しんでいる最中だ。
ちなみに、パリ~ルーベで過去2回優勝、イタリア代表監督も務めたフランコ・バッレリーニ氏(2010年死去)とは無関係。ポローニュでの勝利時には世界的にちょっとした話題になったが、ただただ同姓であるだけだという。

サイクルジャーナリスト。自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、今ではロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。現在は国内外のレース取材、データ分析を行う。UCIコンチネンタルチーム「キナンサイクリングチーム」ではメディアオフィサーとして、チーム広報やメディア対応のコントロールなどを担当する。ウェブサイト「The Syunsuke FUKUMITSU」