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猪野学の“坂バカ”奮闘記<49>「もうすぐバルベルデに会える!」 嬉しさで上がり続けるケイデンス<中編>

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 世界のどこにいても、暇な時は暇だ。例えそれが憧れのスペインの地であってもだ。チーフディレクターの到着が遅れたため、バレンシアに足止め食らうことになった我々は、ただ待つしかなかった。仕方がないのでバレンシア空港の駐車場で自転車の整備を始めることにした。

バルベルデの「マイ坂」を訪ねて<前編>
もうすぐアレハンドロと再会できると思うと、喜びが抑えられない筆者

 整備をしていると、パンク修理用のボンベがツールボックスに入ってないことに気付いた。恐らくアレハンドロ・バルベルデとのライドでは私は一瞬で千切れる、そうなればスペインの荒野を1人で走ることになるわけだ。サイコンには地図を設定してくれているらしいが、パンクでボンベがないと大変なことになる。

バレンシア空港にて…ひたすらディレクターを待つ

 助監督Aに問う「パンク用のボンベがないとマズくない? 俺たぶん1人で走ることになるよ?」

A「あ、でも車に空気入れ積んであるんで」

「車はさ、アレハンドロを撮影するよね。スペインまで来て俺の単独走を撮ってもしょうがないよね」

A「買いに行きましょう!」

 とにかく暇だからこんなエピソードしか覚えていない。しかしこの暇な1日が後に重要な意味があったと気付くことになる。

いざ、アレハンドロがいるムルシアへ!

 自転車ショップでボンベを手に入れた頃に待望のチーフディレクターが到着した! 到着ロビーに現れた彼は、なぜか神のように神々しかった。いざムルシアへ! 敵はムルシアにあり! ドライバーのチャウメもようやく俺の出番だぜ! とい言わんばかりに荒野のスペインを疾走した。

 スペインの夕日は美しく、ずっと見ていても飽きない。あっという間に4時間が経ち、ようやくムルシアに到着した。ここにあの世界王者、アレハンドロがいるのだ!

 ホテルに到着すると、早速 モビスターの広報が打ち合わせをしたいと言ってきた。ロビーで待っていると、モビスターのポロシャツにジーンズを履いたトム・クルーズを少しコンパクトにしたようなイケメンが現れた。散々待たせてしまったのに我々を笑顔で迎えてくれた。いかにもやり手の広報といった印象だ。

 どうやら「ブエルタ・ア・ムルシア」というレースを取材させてもらえるらしい。…が、肝心のアレハンドロとは会えるのだろうか? 一緒に走れるのか?

「練習で一緒にスタートするだけでもさせてもらえないだろうか。あとは必死で付いて行き、勝手にこと切れるので…」

トム「どうだろうね…彼がトレーニングするとしたら可能性はゼロじゃない」

 蓋を開けないと分からないわけだ。なんとも不安だがムルシアの美味しい料理を食べ、我々は就寝した。

ムルシアでの田舎料理。素朴な味でうまい
ちなみにこちらはチャウメの弟の店で昼に食べた「兎の煮込み」。この旅で1番美味かった

いま俺はスペインを走っている

 翌朝、早速「バルベルデ捜索」というミッションが始まった。ガチで聞き込み調査をしてアレハンドロ邸まで辿り着こうというのだ!

ムルシアの街。アレハンドロが世界王者になった時は凱旋バレードが開かれたらしい

 さっそく教会の広場で聞いてみるが、みんなアレハンドロのことを知ってはいるが、家の場所までは分からないという。そりゃそうだ、外国人が日本で長嶋茂雄さんの家を教えてくださいと聞いているようなものだ。

 そんななか、1人のサイクリストから郊外の高級住宅地にいるはずだという情報を得た。これは有力だ!さっそく自転車に跨り、向かうことにした。

 初めて走るスペインの道。車線が反対なのとランナバウトに戸惑いながらも…乾いた風が何とも心地良い。番組を始めて7年…俺は今、スペインを走っている。そう思うと目頭が熱くなった。

突如現れる高級住宅地。日本のマンションぐらいの値段でプール付き豪邸が買えるらしい

 ムルシアはスペインの南部にある。もう少しばかり海を渡ればアフリカなのだ。砂漠のような荒涼とした丘が何度も現れる。そしてこの坂が長くてかなりキツい。それでももうすぐアレハンドロに会える! そう思うと自然とケイデンスが上がり続けた。

 長い丘を何度も越えるといきなり高級住宅地が現れた…。豪邸に見惚れながら走っていると、一台のチームカーが止まっている家があった。ここだ! 日本を出発して4日、ようやくバルベルデの家にたどり着いたのだ!

 門の隙間から中を覗くとキャニオンのバイクが置いてあった。間違いない!早速ピンポンを押そうと思ったら、我々が騒がしかったからなのか、いきなり玄関が開いてアレハンドロが現れた! パニくる私とスタッフ達! もうそこからは何を言ったか覚えていない。

アレハンドロと2年越しの再会

 2年ぶりに再会した彼はスーパーモデルのように痩せていた。聞くと「2kg痩せたぜ!」と微笑んだ。シーズンも始めなのにかなり仕上がってる様子だ。オリンピック(この時点では通常通り開催予定だった)もあるし、今年にかけているだろうか…。

アレハンドロと2年ぶりの再会!やっと会えた!

 家の中に招いてくれたが、自転車のにおいは不思議とない。どうやらここは来客や取材用の家で、本当の自宅は街中にあるらしい。

 しかしポツンと3本ローラーだけ置かれていた。「たまに練習の後に回すのさ、俺は3本ローラー派なんだぜ」とアレハンドロ。練習した後にまたローラーを回すなんて私は絶対にやらない所業だ! 練習が終わったら風呂入ってビールというのが自然の流れだ。

 私はずっと聞きたかったことを聞いてみた。「貴方はフレッシュ・ワロンヌのユイの坂で、1枚重いギアでダンシングして優雅に勝ちますよね? どうしたらあんな芸当ができるのですか?」

アレハンドロ「あれはね…様々な条件が揃ってできるのさ…そんなに簡単な事じゃない…」

 続いてオリンピックのことも聞いてみた。「東京オリンピックはかなり貴方向けのコースだと思います。ズバリ!金メダルを狙いますか?」

アレハンドロ「まぁ展開次第でチャンスがあれば狙いたいけどけね…レースはそんなに簡単じゃないからね」

 そんな話をしていると、穏やかな笑顔の紳士が話し掛けて来た。今回のロケの心強い味方、バルベルデの兄、デルデだ! 彼はにこやかに言った。

 「一緒に走りたいんだろ? さっそく出掛けようぜ!」

 ここから…あの伝説の“ムルシアライド”が幕を開けるのであった。

(画像提供:猪野学・テレコムスタッフ)

猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00~18:50)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

 

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