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福光俊介の「週刊サイクルワールド」<348>フルームがイスラエル・スタートアップネイションへ来季移籍 ツール制覇に求めた単独リーダーの座

by 福光俊介 / Syunsuke FUKUMITSU
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 7月9日、ツール・ド・フランス4度を含む7回のグランツール制覇を果たしているクリストファー・フルーム(イギリス、チーム イネオス)が、2021年シーズンから新たな環境としてイスラエル・スタートアップネイションへと移籍することを発表した。昨年負った大けがからの完全復活を目指し奮闘中で、8月末に開幕するツールでは5回目の個人総合優勝を目指すと宣言している中でのビッグトピック。ここ数カ月は移籍の噂が絶えなかった“王者”にいったい何があったのか。驚きの決定から約1週間経ったが、ここまでの経緯をまとめてみる。

2021年シーズンからイスラエル・スタートアップネイションへの移籍が発表されたクリストファー・フルーム =UAEツアー2020第3ステージ、2020年2月25日 Photo: Yuzuru SUNADA

フルーム移籍の経緯

 この移籍劇は、同日に現所属チームであるチーム イネオスによるリリースで始まった。今年12月の契約満了をもってチームを離れるとし、来季以降の契約を延長しないと発表したのだった。

スカイプロサイクリング時代から数えて約10年間走り続けた現チームに別れを告げたクリストファー・フルーム =UAEツアー2020第2ステージ、2020年2月24日 Photo: Yuzuru SUNADA

 2010年のチーム発足時から参加し、今では継続して走る数少ない1人となっていたフルームだが、退団に際して「チームとして驚異的な10年間だった。私たちは多くのことを成し遂げ、これからもその思い出を大切にする」と述べ、今後に向けて「刺激的な挑戦を楽しみにしている」と続けた。

 その1時間後、今度はイスラエル・スタートアップネイションが声明を出し、2021年シーズンからフルーム加入を発表した。現時点ではサインはされておらず、他チームとの契約が解禁となる8月1日に長期契約を結ぶ予定だとした。チームオーナーのシルヴァン・アダムス氏によれば、その契約条件は「フルーム側からの、この先まだまだレース活動を続けたいという願望によって確立されたもの」だという。

 イスラエル・スタートアップネイションはフルーム加入を機に、より強固なグランツールチームを結成し、ツールを最大目標に歴史を作っていきたいと誓う。また、今年初めてUCIワールドツアーが主戦場となった歴史の浅いチームにあって、模範となることも彼には期待していくという。

今年のツール出場は確約も複数リーダー制に馴染めるか

 フルーム移籍の可能性が報じられ始めたのは、5月の半ば。欧米のサイクルメディアが次々とその動向に触れていくうち、同選手がツールにおいて唯一のリーダーとなることを求めてシーズン途中の移籍を検討している、との見方が強まっていった。やがて移籍先の候補まで挙がるようになる。

5月以降、急激に加熱したクリストファー・フルームの移籍の話題。それから約2カ月、新天地決定という形を迎えた =UAEツアー2020第1ステージ、2020年2月23日 Photo: Yuzuru SUNADA

 報道の過熱とともに、さまざまな憶測が飛び交う状況が続いた。移籍先候補のチームが「フルーム獲りから撤退」といった話題や、チームメートによる「フルームはチーム イネオスでツールを走ると語った」とのコメントも大きな話題となった。

 そして最初の報道から約2カ月、フルームのイネオス離脱と、来季からのイスラエル・スタートアップネイション入りが正式な形で明らかになった。

 当初可能性を指摘されていたシーズン途中の移籍はなく、今シーズンいっぱいは現チームでフルームは走る。実情として、フルームとイネオスとの間には2020年12月31日までの契約が結ばれており、シーズン途中の移籍には残りの契約期間を買い取る必要性などの複雑な問題が発生する。こうした理由からも、高額な報酬を得ている同選手が今季半ばにチームを移ることは非現実的だったと考えられる。

2021年からクリストファー・フルームが加わるイスラエル・スタートアップネイション =パリ〜ニース2020第1ステージ、2020年3月8日 Photo: Yuzuru SUNADA

 この点についてメディアからの質問を受けたアダムス氏は、「クリスが現在の雇用主(イネオス)と12月31日まで契約していることは明らか」として、その契約が満了となったタイミングで自身のチームに招き入れることを強調する。

 また、イネオスも今季までは主力の1人として走ることを明言。スポーツディレクターのセルファイス・クナーフェン氏は地元オランダのメディアに対し、「今シーズン限りでチームを離れるからといって、彼のステータスには影響を及ぼさない」と述べ、ヒートアップしていた移籍報道を見るたびに「笑わされていたし、チーム内で議論すらされていなかった」という。マイヨジョーヌを目指すことも変わらないとし、「ツールに勝ちたいと思っているし、クリスがベストな状態なら勝つことができるだろう」と戦う姿勢を示している。

 ただ、単独のチームリーダーになることを求めていることが移籍希望の理由とされるフルームにとって、契約が残されているとはいえ複数リーダー制をとるイネオスのツールでの戦い方はベストとは言えないかもしれない。何より、チームを率いるデイヴ・ブレイルスフォード氏が、フルームのイネオス離脱リリースで残しているコメントがすべてを表しているようにも感じられる。

チーム イネオスのプリンシパル、デイヴ・ブレイルスフォード氏 =ツール・ド・フランス2019第20ステージ、2019年7月27日 Photo: Yuzuru SUNADA

 ブレイルスフォード氏は、フルームを「素晴らしいチャンピオン」だとしながらも、「チームにとっても、クリスにとっても正しい決断だ。彼のキャリアにおける次章では、唯一のチームリーダーとなることにフォーカスしている。これは現状、チームとして彼に保証できるものではない。チーム イネオスから離れることは、彼に確実性が与えられる機会ともなる」。この言葉からは、フルームがチームの方向性にフィットできなくなりつつあったことを示唆していると見ることもできるのではないだろうか。

 かつては絶対的リーダーとして4度のツール制覇を成し遂げてきたフルームだったが、イネオスが複数リーダー制をとった2018年にはゲラント・トーマス(イギリス)にマイヨジョーヌを譲り、けがで戦線離脱をしている間にはエガン・ベルナル(コロンビア)が台頭し昨年のツールを制覇。頂点に君臨していた時期とは状況が一変している。そうしたなかで、自身とチームそれぞれの事情をどこまで咀嚼し、納得できる形で今季のレースを走るのか。システム上は年の変わりとともにチームを移るが、それだけでは図ることのできない、彼自身の気持ちやモチベーションといった面もこの先しばらくは注視しながらレースシーンを追っていきたいところである。

イスラエルはアシストを含めたチーム全体の戦力アップを

 今後の焦点としては、フルームを迎え入れるイスラエル・スタートアップネイションが山岳アシストをどの程度、さらには実力的にどれほどの選手を採用するかが挙げられる。8月になればストーブリーグ(移籍市場)が解禁されるが、フルーム自ら信頼できるライダーをイネオスから連れていくのか、またはまったく違うルートから引き抜くことになるのか。

イスラエル・スタートアップネイションの選手とスタッフ。後列左から2人目がチームマネージャーのシルヴァン・アダムス氏 Photo: Israel Start-Up Nation

 イスラエル・スタートアップネイションは、昨年まで活動していたカチューシャ・アルペシンのUCIワールドチームとしての権利を譲り受ける形で現体制を構築していることもあり、トップレベルで戦いながら数年かけて戦力を整えていこうという段階。グランツールレーサーとして、ダニエル・マーティン(アイルランド)が今年から加わっているが、現有のメンバーを見る限り有力なクライマーが充実しているとは言い難い。

 その点においては、アダムス氏自ら「クリスを支援できるグランツールチームを結成する」と述べており、同氏がこれまでの業績で築いてきた豊富な資金を惜しむことなく活用していく構え。チームには、イネオスの前身であるスカイプロサイクリングが結成された当時チームメートだったキエール・カールストローム氏がマネージャーを務めていることもあり、居心地の面では問題なさそう。残るポイントは、やはり“スーパーエース”フルームを支えるアシストを含めたチーム全体の戦力アップとなってきそうだ。

今週の爆走ライダー−アレクサンダー・カタフォード(カナダ、イスラエル・スタートアップネイション)

「爆走ライダー」とは…

1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシストや逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。

 来季からのフルームの加入が決まり、イスラエル・スタートアップネイションへの注目度が一気に高まっている。チームは現在、大物に対して加入に向けた道筋を作りつつ、現有戦力に対しても先々の活躍の場を確約する作業を進めている。

2022年までイスラエル・スタートアップネイションで走ることが決まったアレクサンダー・カタフォード。チーム内での信頼度も高まっているカナダ人ライダー =ティレーノ〜アドリアティコ2019第2ステージ、2019年3月14日 Photo: Yuzuru SUNADA

 すでに複数人が契約延長に合意しているが、そのうちの1人であるアレクサンダー・カタフォードは、登坂力に自信を持つ26歳。2年の延長にサインをし、その間の目標はグランツールレーサーのアシストをこなせるだけの選手になることに定めた。近い将来仲間になるフルームとも共闘する日がきっとやってくるだろう。

 今のプロトンにおいて新興でもある現チームは、「イスラエルのアイデンティティがありながらも、明らかにカナダの影響力は強い」と説明する。なぜなら、チームオーナーのアダムス氏がイスラエル系カナダ人であるとともに、選手・スタッフに同国のプロフェッショナルを多数採用しているから。チームメートのギヨーム・ボワヴァン、ジェームス・ピッコリとは幼い頃から一緒にレースを走っていたといい、「自分も含めた3人がワールドツアーで一緒に走っているのだからおもしろいよね」。こうした面々で一緒にいると、どこへ行っても必ず一度はカナダの話題になるというから、チーム内での同国色は間違いなく強いのだろう。

 チームを率いるカールストローム氏は、真摯に競技へ向き合う彼を高く評価。当時はプロとまったく無縁だったという2015年に同国ナショナルチームの一員として出場したグランプリ・シクリスト・ド・ケベック、グランプリ・シクリスト・ド・モントリオールが衝撃的だったといい、それをきっかけにロードレースへのスタンスが定まった。家族や友人も駆け付ける地元レースは、これからも重要なターゲットになる。

 プライベートでは、同国の研究機関としても名高いクイーンズ大学で物理学の研究をしていたという一面も。本人は「あまり優秀ではなかったのだけれど…」と謙遜するが、競技と学業をともに高いレベルで両立できるだけの多才さを持つ人柄であることは紛れもない事実である。

山岳アシストとして期待が高まるアレクサンダーカタフォード。来季加入のクリストファー・フルームとの共闘の可能性も高まってきた Photo: Israel Start-Up Nation
福光俊介福光俊介(ふくみつ・しゅんすけ)

サイクルジャーナリスト。自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、今ではロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。現在は国内外のレース取材、データ分析を行う。UCIコンチネンタルチーム「キナンサイクリングチーム」ではメディアオフィサーとして、チーム広報やメディア対応のコントロールなどを担当する。ウェブサイト「The Syunsuke FUKUMITSU

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UCIワールドツアー ロードレース 週刊サイクルワールド

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