栗村修の“輪”生相談<183>20代男性「固定ローラーで練習をしていると、ある日突然パワーが出せなくなります」
一緒に走る仲間がとても速く、固定ローラーで練習を始めましたが、いつも1カ月程度練習を続けるとある日突然ポジションが合わない感覚になり、パワーが出せなくなってしまいます(FTP測定で10分踏むのも辛いです)。
実走ができる時は一旦ローラーと距離を置いて、トレーニングを続けることができましたが、コロナの影響で外に出れないので、非常に困っています。
このようなことってあるのでしょうか?
(20代男性)
実にタイムリーなご質問です。
新型コロナウイルスの影響で多くのレースが中止になり、代わりにスマートトレーナーを使ったトレーニングやレースが盛んになっています。プロも例外ではなく、今もまさに「バーチャル ツール・ド・フランス」が開催されている真っ最中です。
しかし、注意深い方はこういったバーチャルレースの成績を見て、あることに気づいたのではないでしょうか。そう、実際のレースの成績とデジタルレースの成績との間に、微妙なズレがあるんです。
ズレの一つは、デジタルレースで成績を出す選手に偏りがあることです。高出力型(空力型ではなく)のTTスペシャリストと重量級のパンチャーが強いのです。
長時間のパワーが大きいTTスペシャリストが強いのは予想されていたことですが、重量級のパンチャータイプの選手が強いのは少し意外でした。しかしそれはおそらく、ダンシングなどで踏み下ろす力が強い選手はパワーを出しやすいからではないでしょうか。パワーメーターはクランクやペダルのひずみケージでトルクを検出しますから、ダンシングでグッと踏み込んだ方がパワーが出やすいのです。
もう一つの重要な点は、そもそもデジタルレースで活躍する選手は、リアルのレースでも強いとは限らないことです。たとえばニコラス・ロッシュ。彼はデジタルレースでは強いのですが、リアルのレースでは若干ピークを過ぎている感はあります。もちろん強いことは強いのですが、現状、スーパーエース級とはいえません。

なぜデジタルレースとリアルレースとの間で、このようなズレが生じるのでしょうか? 僕は、ロッシュのデジタルレースを見たマッサーの中野喜文さんがこう言っていたのを思い出します。「ロッシュは、デジタルレースで強いことで、むしろ課題が見えた」と。
それはつまり、ロッシュは、数値上のパワーを実際の推進力につなげられていないということです。端的にいうと、パワーは出せるけど速くないというわけですね。
さて、ご質問に戻ります。ここまでの例でお伝えしたかったのは、固定ローラーと実走との間にはかなりの違いがあるということです。仮にパワーがまったく一緒でも実走時の速度には違いが生じるということですね。
見逃せないのは、どうやら疲労度も違うことです。屋内トレーニングの普及に伴い色々な選手が言いはじめたのは、「固定ローラーでのトレーニングは負担が大きい」ということ。パワーと時間が同じでも、固定ローラーのほうがきついらしいんです。
これは固定ローラーのほうがトレーニング効率がいい、とも解釈できますが、ローラー台の上でのパフォーマンスと実走でのパフォーマンスが異なることは上で見た通りですから、一概にローラーのほうがいいとは言えないでしょう。
いずれにせよ、屋内トレーニングにはオーバートレーニングの危険性があるということです。もしかしたら質問者さんは、オーバートレーニング状態なのかもしれません。
もう一点指摘したいのは、質問者さんが「ポジションが合わない感じ」と書かれているように、固定ローラー台と実走とではフォームやポジションが大きく異なる点です。
固定ローラーに乗る際というのは、特に意識をしないと、フォームなども文字通り「固定」となってしまいます。ダンシングをしない、シッティング時も自転車を左右に振れない、バランスを取る必要もない。信号などもないのでずっと同じ姿勢のままある一部分の筋肉に高負荷をかけたまま心拍と出力を上げ続けることになります…。
もうお分かりかもしれませんが、実走では様々な変化のなかで身体のいろいろな部位を使いながら自転車を前に進ませているのに対し、固定ローラーでは、ある特定の部位のみを使って運動をしているため、疲労の度合いが偏ってしまう可能性があるのです。
その極端な状態で高負荷のトレーニングを続けたら、どこかに無理が出る恐れは十分にあります。思うに質問者さんは、局所的な筋疲労を起こしているのではないでしょうか?
もしかすると、それが「ポジションが合わない感じ」に繋がってしまっているのかもしれません。
固定ローラー台や屋内トレーニングは自転車界の救世主にもなり得る重要な存在です。ただ、実際に外を走ることとの違いは、しっかり意識したほうがよさそうですね。
一般財団法人日本自転車普及協会 主幹調査役、ツアー・オブ・ジャパン 大会ディレクター、スポーツ専門TV局 J SPORTS サイクルロードレース解説者。選手時代はポーランドのチームと契約するなど国内外で活躍。引退後はTV解説者として、ユニークな語り口でサイクルロードレースの魅力を多くの人に伝え続けている。著書に『栗村修のかなり本気のロードバイクトレーニング』『栗村修の100倍楽しむ! サイクルロードレース観戦術』(いずれも洋泉社)など。
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