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猪野学の“坂バカ”奮闘記<48>バルベルデの「マイ坂」を訪ねて 実現なるか?『坂バカ』スペイン編<前編>

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 「フレッシュ・ワロンヌ」というレースがある。ゴールに「ユイの壁」と呼ばれる最大勾配26%の激坂が襲いかかることで有名なレースだ。そんな過酷なレースを4連覇したとんでもない男がいる。アレハンドロ・バルベルデ。彼は激坂に強い。信じられないくらい強い。他の選手が苦痛に顔を歪め、もがいている横を彼は他者より1枚重いギヤを踏み、涼しい顔で勝つ。レースをテレビで見ながら「世界にはとんでもない男がいるものだ」と思っていたが、まさかそのとんでもない男と一緒にライドすることになるとは…予期しない事が起こるのが人生だ。良くも、悪くも…。

世界の坂バカが憧れるアレハンドロ・バルベルデと筆者

「あなたのマイ坂を紹介して下さい!」

 アレハンドロとのファースト・コンタクトは2019年、都内の某ホテルの一室だった。その年、世界チャンピオンになった彼は「さいたまクリテリウム」に招待され、来日していたのだ。

 そのとき、NHK『チャリダー★』の番組ディレクターから電話がかかって来て、とんでもないミッションを告げられた。なんと、アレハンドロとローラー対決をするというのだ! どうやらクリテリウムの翌日に30分だけ時間をもらえるらしい。期待に胸を膨らませ、ホテルへと向かった。

 しかし待てど暮らせどアレハンドロは現れない。何やら猛烈に疲労しているらしい。レースだけでなく、メディアの対応でうんざりしているのかもしれない。これは危険なミッションになりそうだ。

 結局予定時刻から大幅に遅れてアレハンドロは現れた。30分と聞いていた取材時間は5分に短縮され、ローラー対決は幻となった。しかし、私はそのたった5分でアレハンドロととんでもない約束をした。「あなたのマイ坂を紹介して下さい!」。すると「そんなのお安い御用だ!いつでも訪ねてくれ!」と意外な言葉が返って来た。

 どうせ口約束と思ったのだろうか…。しかし『チャリダー★』という番組は本気にする。そう、「坂バカ」スペイン編だ! ローラー対決どころか、スペインで一緒にヒルクライムができることになったのだ!

アレハンドロとの再会は果たせるのか?

 こうして2年後に我々はアレハンドロの故郷、スペインはムルシアに向かうことになった。しかしよくよく話を聞くと、行ってみないと分からないことが多い。そもそもアレハンドロに会えるのか? 一緒に走れるのか? それは彼が所属するチームモビスターとの交渉次第らしい。

 何の保証もないまま成田へ向かう。先に別の取材をしているディレクターとは、現地スペインでの合流となる。そのため若手スタッフのAと一緒に飛び立つことになった。Aは昔スペインを旅したことがあり、ブエルタ・ア・エスパーニャを観戦し、新城幸也氏からボトルをもらっている強者だ。スペイン語も堪能で頼もしい。長いフライトの前にAに尋ねてみた。

「本当にバルベルデに会えんの?」

A「たぶん会えんじゃないっすかね…なんかムルシアでレースがあるらしくて…それを取材する感じっすね」

「一緒に走れんの?」

A「たぶん走れんじゃないっすかね…バルベルデが練習するみたいで、それに付いて行けば…」

 「付いて行く」だと…? 子どもの遠足に付いて行くのとはわけが違うのだ! 相手は世界チャンピョンだぞ! これはもしかしてとんでもない無謀なミッションではないのか?

 緊張のせいで16時間のフライトを一睡もできず、私はスペインはバレンシアの地に降り立った。バレンシアで1日を過ごし、ディレクターと合流してアレハンドロの故郷ムルシアに向かう手筈だ。

一睡もせず、憧れのスペインの地へ降り立つ Photo: Manabu INO

ご褒美のスペインロケ、かと思いきや…

 バレンシアの空港ではこの旅の要となる2人が出迎えてくれた。女性コーディネーターのM女史とスペイン人ドライバーのチャウメ。早速バレンシア発祥のパエリアを食べながらミーティングをした。

本場のパエリア。日本で食べるパエリアと違いかなりジューシーな味わい Photo: Manabu INO

 M女史はモビスターの広報と色々と交渉してくれていた(彼女がいなければこのロケは成立しなかっただろう)。

M女史「明日 バルベルデはチームの仲間とトレーニングするらしいので、それを撮影できると思います」

 なんと明日! いきなり好展開ではないか! 会って熱意を伝えれば何とかなる。あとはバルベルデに付いて行けば良い。これは幸先がいいぞ! バレンシアの燦々と降り注ぐ陽射しが私を祝福してくれているようだった。

 ディレクターは夜にバレンシアに着くので、それまでのんびり市内観光をすることになった。

バレンシア市内にある古い教会。上まで登れる Photo: Manabu INO

屋上からはバレンシア市内が一望できる Photo: Manabu INO

 オレンジで有名なバレンシアは街路樹もオレンジの木で、街はオレンジだらけ。歴史的な建物を見物し、束の間の観光を楽しんだ。夕食はバレンシアの海鮮料理を堪能。オリーブオイルで食べるタコやイワシがとても美味しかった。

バレンシアオレンジ!濃厚で甘いがさらに砂糖も付いてくる Photo: Manabu INO

さすが自転車大国!ディスクホイールが露店で売っているかと思いきやパエリアを焼くフライパン… Photo: Manabu INO

 夜風に吹かれ、ホテルまでの道のりを散歩しながら想う。これは今まで『チャリダー★』で過酷なロケばかりやって来たご褒美だ。たまには人生においてこの様な時間があっても良いのだと。私はその時、神の存在すら感じた。

 その時、突然ディレクターから電話がかかって来た。「明日の夜じゃないとスペインに行けない」と─。

 なんてことだっ!!明日はバルベルデと走るのだ。チーフディレクターがいないと撮影できない。それまで冷静だったM女史がパニクり始める。モビスターとの約束はどうすれば良いのだ! 呆れるドライバーのチャウメ。フリーズしたきり動かないA。バレンシアの夜空に暗雲が垂れ込め始めた。

 「奇跡のムルシア編」へと続く─。

※この様子は7月11日(土)のNHKBS1『チャリダー★』(午後6時~)で放送予定です

<つづく>

猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00~18:50)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

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