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旅サイクリスト昼間岳の地球走行録<57>エチオピアの大地溝帯とトラックに住むストリートチルドレン

by 昼間岳 / Gaku HIRUMA
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 エチオピアの涼しい高原地帯を走っていると、突如として不自然な大地の裂け目が現れる。覗き込むと遥か下には川が流れている大渓谷で、今まで見てきた渓谷とは全く印象が違った。渓谷とは、長い年月をかけて水が大地を削ったもので、これまで幾度となく似たところを走ってきた。ここの渓谷はそんな雄大なものではなく、不自然な削られ方をしていた。

エチオピアの大地溝帯は落差1500mほどあり、一気に谷底へと下って行く Photo: Gaku HIRUMA

気温45℃、地獄の様に熱い谷底

 これが、大地の裂け目。大地溝帯であることはすぐにわかった。大地溝帯とは幅35~60kmの陥没地帯で、総延長7000kmにも及ぶ。死海から始まりアカバ湾・スエズ湾・紅海を通り、こんな所にまで深い谷を刻んでいた。今なお活発な地殻運動によって引き裂かれ、広がっているというのは確か昔習った気がしたが、見るのと聞くのとでは大違いだった。

 まさに崖を切り離したように陥没している大地溝帯は地球が生きているのを肌で感じられる場所だった。この裂け目が今なお広がっており、数十万年から数百万年後にはここに新しい海ができて、アフリカ大陸が割れるというから驚きだ。そんな関心と共に下り始めてすぐ、「さっきの崖の上の町で泊まっておくんだった」と後悔した。

 なぜなら傾斜がきつくてブレーキをめいいっぱい引いてもどんどん加速していくような坂道で、ひたすら崖底の橋にめがけて下っていったからだ。この時はまだ昼過ぎだったが、この調子だと対岸の崖の上にある町まで絶対に辿り着かないことは明白だった。

傾斜がきつくブレーキをかけても加速していくような坂道だった Photo: Gaku HIRUMA

 崖の上から谷底まで約20km、標高は1500mも一気に下げ、気温は45℃に跳ね上がった。少しでも標高を上げないとまずいと思い、地獄のように暑い谷底から脱出を試みた。

 だけど激しい傾斜と暑さで自転車を押すことで精一杯。物凄く頑張ったつもりだったけど、結局夕方までに谷底から5kmしか進まなかった。

テント泊の場所に苦労

 崖上の町に着くのは不可能と考えて野宿できそうなところを探すも、どこもかしこも人が歩いていた。だから安全にテントが張れそうな場所はすぐに見つからなかった。こういう時は人目に付く集落でテントを張るのがいいけど、その集落も見当たらない。

 途方に暮れた時、トラックが止まっている砂利の広場があった。いい場所とも思えなかったが仕方ない。極度の疲労でもうこの先に進む気力は無かった。

日本のODAによって作られた谷底の橋が見えてきた。暑さと傾斜で谷底の上りは本当にきつかった Photo: Gaku HIRUMA

 そこにいたトラックの所有者かと思われた男性になんとか「ここにテントを張らしてほしい」と伝え、許可を得て一安心した。子供たちがどこからともなく集まってきたが、やがて陽が落ちると、ひとりまたひとりと帰っていった。

 肝心のトラックの所有者かと思われた男性も居なくなって、後には子供数人が残った。いつ帰るんだろうと思いつつ、「疲れたからもうテントに入って寝るよ」と伝えると「うん。分かったよ。じゃお休み」と言い、彼らはなんとトラックの荷台と運転席に乗り込んだ。

この水場や道路、谷底に掛かる橋は日本が造ってくれたんだと嬉しそうに現地の人が教えてくれた Photo: Gaku HIRUMA
なんとか砂利の広場に止まっていたトラックの近くにテントを張る許可を得るも、大人はこの後全員帰っていった Photo: Gaku HIRUMA

 このトラックは壊れているみたいだったし、当然彼らの村へ向かうわけではない。話の途中で「僕らは親がいないんだ」と言っていたが、同情をさそう常套句かと思って特に触れなかったけど、本当に親がいなくてこのトラックで過ごしているようだった。当然面倒をみるべき大人はいないし、みんなで慎ましい夕飯を食べるなんてしない。食べるものが本当に何もないようだった。

 僕も疲れと暑さで食欲がなく、トマトしか食べなかったけど、どちらにせよ彼らの前でご飯なんて作れなかった。途中、水が欲しいと1人に言われたけど、僕も手持ちの水がなかったので断ったら分かってくれた。

この時、この子たちがこのトラックで生活しているなんて全く知らなかった Photo: Gaku HIRUMA

 正直ショックだった。町でストリートチルドレンと会うことはあっても、まさかこんな身近に沢山いたなんて。食べ物はおろか水すらもない子たちがトラックで身を寄せ合うように暮らしているなんて。話せば解るし、実際いい子たちだった。

 襲われることはまずないと思ったけど、盗まれる不安は大きかった。僕のテントは小さく、荷物を全て中に入れられない。外に置いておくしかなかったからだ。最悪盗られちゃ困るものだけテントの中に入れて、自転車に鍵をしてテントに入り、浅い眠りについた。

 途中何度か目を覚ましては外の様子をうかがっているとやがて朝が来た。心配していた自転車や荷物は全く触れられた形跡がなかった。金も食料もない彼らがだ。僕の荷物に一切触れなかったという事実に、失礼だけど正直驚いたし、彼らを疑った自分を恥じた。

記事執筆中に当時を振り返る

 パッキングを済ませて走り出すと仲良くなった子たちの大半は気持ちよく見送ってくれた。数人ついてきて「ペン!」とか「金」とか言われたけど、これはもうエチオピアの通過儀礼として仕方ない。その後押したり乗ったり5kmほど繰り返すと商店があってようやく補給できた。

 途中、坂を辛そうに上っている僕を見かねて3台の車が「乗っていきな」と止まってくれた。正直3台目は本当に乗ってしまおうかと思ったが、なんとか堪えて丁重にお断りした。やっとの思いで大地溝帯を抜けて下を覗き込むと、薄日のさした景色が本当に本当に綺麗だった。とても無力さを感じた大地溝帯抜けだった。

 今回この記事を書いているこのタイミングで「彼らになにか食料を渡したりとか何かできなかったのか」とも思ったが、当時の僕にはそんな余裕もなかった。

昼間岳(ひるま・がく)

小学生の時に自転車で旅する青年を見て、自転車で世界一周するという夢を抱いた。大学時代は国内外を旅し、卒業後は自転車店に勤務。2009年に念願だった自転車世界一周へ出発した。5年8カ月をかけてたくさんの出会いや感動、経験を自転車に載せながら、世界60カ国を走破。2015年4月に帰国した。『Cyclist』ではこれまでに「旅サイクリスト昼間岳の地球写真館」を連載。ブログ Take it easy!!

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旅サイクリスト昼間岳の地球走行録

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