Cyclist選出・サイクリストへお勧め図書㉔サイクリスト大友克洋&寺田克也の自転車愛と画力が炸裂『ビバ・イル・チクリッシモ!』

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
  • 一覧

 サイクリストへのおすすめ図書を紹介する不定期連載、『Cyclist』編集部の後藤恭子がオススメする1冊は、名作アニメ『AKIRA』(アキラ)等の作者でおなじみの漫画家、大友克洋氏と「バーチャファイター2」のキャラクターデザイン等で知られる同じく漫画家でイラストレーターの寺田克也氏による画集+エッセイ集『ビバ・イルチクリッシモ』(マガジンハウス刊)です。 約7年間に渡って書き溜めた自転車コラムと、ジロ・デ・イタリアを追いかけて描き下ろした観戦画集とを合わせた2冊組で、2大巨匠の画力がほとばしる、私にとって「家宝」ともいうべき一冊です。

2008年に発刊された大友克洋氏・寺田克也による豪華2冊組の共著『ビバ・イル・チクリッシモ』(マガジンハウス刊) Photo: Kyoko GOTO

想像を超える大友氏のイマジネーション

 遡ること8年ほど前、いまはもう閉業してしまったとある自転車カフェで、この本を見つけた。大友氏がサイクリストであることはすでに有名だったのかもしれないが、当時まだ自転車を始めたばかりだった私は、敬愛する大友克洋氏がこのような“自転車作品”を残すほどの熱烈なサイクリストだったことを初めて知り、衝撃を受けた。

 登下校中、 電話帳のように分厚い『AKIRA』の冊子を読みながら歩いて電柱に頭をぶつけた学生時代。そんな自分が、あの大友氏と同様に自転車に愛情を注いでいることに興奮を覚えた(寺田さんのファンの方すみません)。

ツールを走る選手たちに憧れて、 通称「多摩川サイクリングロード」をホームコースとして走っていたという大友氏  Photo: Kyoko GOTO

 すぐさま、同著の発行年を確認した。帯によると2008年9月(え、ちょっと昔?)、「7年間の連載コラム85本分を一挙公開」(え、さらに昔??)とどんどん遡り、「いま大友さんていくつなの?」と検索した結果、2020年現在66歳であることが判明。つまり発刊されたのはいまから12年前なので、その時点で54歳、さらに7年遡ると47歳でこのコラムを開始した計算になる。

 かつて『AKIRA』に熱狂した私もこんな歳になるわけで…と隔世の感を抱きつつ本を開こうとしたとき、表紙からその画力に圧倒された。ガブリエルのような大天使の背中から生えている翼はカンパニョーロのブレーキレバー、頭上にある輪はチェーンリング、その横をスプロケを手にした天使が舞っていた。

ジロ・デ・イタリアの画集・ルポルタージュ集の表紙(大友氏側)。喉の渇きを訴えるサイクリストたちに大天使がボトルの聖水を恵んでいる Photo: Kyoko GOTO

 想像の遥か上をいく、大友氏のイマジネーションに目頭が熱くなった私は、カフェで流し読みする気にもなれず、すぐさまネットで中古本(しかない)を見つけ出し、この本を自分のものにした。

パンターニに憧れて

  かくして届いた書籍は豪華2冊組み。「発作的に結成された」という自転車チーム「クラブ・パンターニ」(主要構成員は大友克洋+寺田克也+北久保弘之)を中心とするメンバーが持ち回りで7年間に渡ってしたためた連載コラム『カーボンハート』と『おしゃれハンドル』 の記事(全85本)をまとめたものが1冊。そして大友・寺田両氏が1カ月かけて「ジロ・デ・イタリア」を追いかけ、見て撮って書いて描き下ろした「観戦画集+写真+エッセイ」が1冊にまとめられている。

 ─と概要を説明したところで、読者の皆さんがまず気になったのは「クラブ・パンターニ」というチーム名だろう。なぜあの伝説のヒルクライマー、マルコ・パンターニの名を冠しているのか。

チームの名は、「海賊」の愛称で知られるヒルクライマー、故マルコ・パンターニからとった Photo: Kyoko GOTO

 端的にいえば大友氏が、雨の中を激走するパンターニの姿に感銘を受け、ロードバイクに目覚めたことに起因すると書かれている。最初に選んだバイクはもちろんビアンキ。これが1998年の出来事で、当時ともにツール・ド・フランスを観戦していた仲間と突発的に「自転車チームを結成しよう」という話になり、パンターニへのオマージュを込めたチーム名が採用されたという。

コラム連載中の2004年、パンターニの悲報を受けた当時の大友氏の思いが描かれている Photo: Kyoko GOTO

サイクリストの芸術的“あるある”集

 自分にとって雲の上の存在のような人たちが、我々庶民と同じようなパッションやノリ(?)をもってして自転車に乗り始めたという事実に親近感を覚えたが、それ以上に親近感を覚えたのは連載コラムの内容だ。それはサイクリストの「愚かで愛すべき悲哀」が凝縮されていて、“同じ人種”としてシンパシーを抱かずにはいられないものだった。

「脂肪という名の悪魔に追われて」等、タイトルだけですでにおもしろい Photo: Kyoko GOTO

  話題のテーマは軽量化の話、ヒルクライムの話、ライドに行ったときの話、ツール観戦等多岐にわたり、 我々が常日頃感じている“サイクリストあるある”や、サイクリスト以外の追随を許さない(理解できない)突っ走り感が、ぐいぐいとツボを押してくる。わかる人にしかわからない世界観を大友氏らと共有できていることがうれしいし、なんなら「坂は私の方が強そうだな」と感じたりもする。

スタジオジブリが1997年に始めたというアニメ業界の親睦ロングツーリング「ツール・ド・信州」(総距離154km)に参加した寺田氏による自画像。つら過ぎて現実逃避したくなるときってありますよね… Photo: Kyoko GOTO

 しかしそんなユーモアたっぷりのエッセイが、彼らプロの想像力と画力によって最終的に芸術に昇華してしまうのだから、やはり「雲の上の方々」だと再認識する。

大友氏考案の「仕事をしながらも自転車に乗った気分になれるイス」 Photo: Kyoko GOTO
大友氏デザインの新作ヘルメット。斬新 Photo: Kyoko GOTO

 さらにエッセイ後半では様々な業界自転車人がゲストとなって連載を執筆しており、中にはブエルタ・ア・エスパーニャを題材にしたアニメ『茄子 アンダルシアの夏』 の監督、高坂希太郎氏の名前もあった。

高坂氏は自身が初めてTTバイクを購入したときのエピソードについて書いている Photo: Kyoko GOTO

 紹介文によると高坂氏は「アニメ界一の自転車乗りで、市民レースの上級クラスで好成績を記録していた」という。エッセイにはTTバイクを手に入れたときの興奮が静かな物腰で書かれており、高坂氏の人物像と作風のハードボイルド感とが私の中で合致した。

5月になると開くジロ観戦画集

 このチーム・パンターニの連載開始とともに当初から企画(目標?)として掲げられていたのが、ジロ・デ・イタリアの現地観戦だった。それだけにできあがった観戦画集は、連載集と比べると本の装丁からして力の入れようが違う。

 画集は大友・寺田両氏の作品が一冊にまとめられており、本の両面からそれぞれのページがスタートする。左開き・左綴じなので両者の“潮目”で天地が逆になる構成になっている。

ジロの観戦画集・ルポルタージュ集の表紙(寺田氏側)。逆側の大友氏の大天使に対し、手に絆創膏や包帯をもったピンク色の悪魔が描かれている Photo: Kyoko GOTO

 ここでも双方の画力が炸裂しているが、どうしてもファンということで見入ってしまうのは大友氏の描写力とイマジネーションだ(寺田さんのファンの方すみません)。

 彼らは記者証を所持し、プレスとして取材にあたっているが、その視線は選手というより、むしろレースの周囲にいるスタッフや観戦客たちに注がれ、 ジロや自転車がいかにイタリアで愛されているスポーツなのかが“大友フィルター”を通して伝えられている。

ジロを観戦する地元ファンの様子 Photo: Kyoko GOTO

 また取材している自分の姿を客観的に描いたものなど、写真とは違う臨場感を感じられるのもおもしろい。5月になると私がこの本を思い出すのは、ジロとともに大友氏の描いた画を思い出すからなのだろう。

取材する自身をコマ送りのように描いた大友氏の自画像。一瞬を逃すまいと追いかける大友氏の夢中な様子が伝わる Photo: Kyoko GOTO

 このルポの冒頭で大友氏は「日本では今、自転車の新しいブームが来ている。アームストロングさえ知らない若者が街を走っているのだろう。ずーっと書いていた自転車妄想コラムも終わり、自分なりに一区切りつけたい…」という思いからできたのがこの本だったと語っている。コラム記事を見ていると相当濃密で、仲間と充実した自転車生活を満喫してきたのだろうと推測する。

現在、近未来の自転車を描くとしたら…

 2011年の「サイクルモード」でイベントの顔ともいえるメインビジュアルを手掛けて以降、私の知る限りでは自転車関連で大友氏の公式な露出はない。が、もう一度大友氏の描く自転車ワールドを見たいと思っているサイクリストは、きっと私だけではないだろう。

エッセイ集の最終回「インドアサイクリングのすすめ」のイラスト。大友氏はこの時点で早くもインドアサイクリングのニーズを見通していた(?) Photo: Kyoko GOTO

 大友氏が現在の自転車を描いたらどのような画を描くのだろうか。e-BIKEやレース機材等様々に進化した自転車をどう描くのか、パワーとにらめっこしながら走るサイクリストをどう見ているのか、外出自粛で盛り上がりを見せているバーチャルライドの世界をどう描き、その中で変わらない人間をどう描くのか。

 「10年一昔」、こう考えると自転車の世界はたった10年の間に実に様変わりしていることに気付かされる。次の10年後、自転車の世界はどうなっているのか。昨今東京五輪をめぐって「預言者」ともいわれている氏がその辺をどう語るのかも、興味津々である。

後藤恭子後藤恭子(ごとう・きょうこ)

Cyclist編集部員。まとまった時間ができるとすぐに自転車旅へと出かける“放浪”サイクリスト。国内だけでなくスイス横断旅を始め、欧州各国を自転車で旅した他、2018年にはノルウェーで開催されたアマチュア最高峰のステージレース「Haute Route」に日本人女性として初参加・完走を果たした。最近はトライアスロンにも挑戦中。

この記事のコメント

この記事のタグ

サイクリストへお勧め図書

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

サイクリストTV

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載