‟Stay Home”が世界への扉をこじ開けた新時代の自転車文化になるか 「RCCズイフトチャンピオンシップ」に見るオンラインの可能性

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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 コロナ禍で世界中が厳戒な外出規制を迫られていた今年のゴールデンウィーク、“もう一つの自転車の世界”では熱い戦いが繰り広げられていた。バーチャルレース「RCC ズイフトチャンピオンシップ 」。Rapha(ラファ)が運営するサイクリングクラブに所属する世界中のメンバー約1000人が、自宅から手元のスマホやタブレットという“扉”を潜り抜けてレース会場に集まり、現実世界さながらのレースに挑んだ。世界各地にいるメンバーがまるで地元レースのようにライド空間を共有するという、これまでに例のない試み。グローバルにネットワークを拡大してきたRCCとオンラインサイクリングの 「Zwift」(ズイフト) が魅せた新時代のライドシーンを紹介する。

「RCC ズイフトチャンピオンシップ」の男子決勝、白熱のゴールスプリントは1000w超の激闘に! ©Zwift

オンラインの世界で「日常」を取り戻す

 RCCチャンピオンシップが開催されたのは5月4~10日。詳しくは、4 ~6日まで3つの地域(アジア太平洋地域、 ヨーロッパ・中東・アフリカ、アメリカ)で地区予選が行われ、10日に勝ち残ったサイクリストたちによる決勝戦が行われた。 参加したメンバーの数は総勢1095人(男性990人、女性105人)。アジア太平洋地域は男性300人、女性35人で、このうち日本からは30人の男性と5人の女性が出場した。

※2020年5月現在のRCCグローバルメンバーは約1万6000人にのぼる

APACでの予選の様子。当たり前だがRCCジャージがたくさん ©Zwift

 一般サイクリストのメンバーだけでこのようなオンラインレースを開催するのはラファとしても初の試み。「世界中にメンバーを擁する私たちが、これまでこのような(一堂に会する)クラブチャンピオンシップを開催することは不可能に思えたが、今は違う」と話すのはラファ・ジャパン代表の矢野大介さん。「コロナの影響で外を走ることを制限され、バーチャルの世界を有効利用していこうと方向転換をした結果、それがむしろ世界中のメンバーをより繋げやすいフォーマットとなった」と逆境を好機にした。

 ラファがこうした素早い舵取りをできた背景には、これまで培ってきた“素地”がある。ラファがサポートする UCIワールドチーム 「EFプロサイクリング」やUCIウィメンズチーム「Canyon//Sram」のプロ選手たちとともに走るオンラインイベントを開催するなど、いち早くオンラインを活用した会員サービスを取り入れてきた。 ただ、それは仲間との実走を楽しむ日常に対して「スター選手と走れる」という非日常な体験を実現する空間だった。

2019年のツール・ド・フランドルの覇者、EFプロサイクリングのアルベルト・ベッティオル選手とのライドイベント。総勢400人のRCCメンバーが参加した ©Zwift

 しかしコロナ禍のいま、現実世界ではレース等のイベントは軒並み延期かキャンセル。現実の世界が無理なら、ということでオンラインサイクリングの場をメンバー同士が走りを楽しめる「日常の場」にすべく発想を切り替えた。「せっかく走るなら皆で盛り上がれる競技の要素を少々」─。方向性が決まれば、ラファがこのアイデアを実行に移すのは難くなかった。

レースに臨む気持ちは現実でもバーチャルでも同じ

 今回のチャンピオンシップはRCCメンバーで、ズイフトが「レース機材」として認めたローラーを使用すれば誰でも参加可能。上位入賞を目指す強者はもちろん、ファンライドとしての参加も歓迎だ。 地区予選で“ふるい”にかけられ、男性60人(各地区準決勝の上位20人)と女性18人(各地区準決勝の上位6人)が決勝へと進み、1.6kmの平坦サーキット12周で順位を競う。

ファイナルステージのコースプロファイル © Zwiftpower

  予選を勝ち抜き、決勝へと進んだ日本人男性5人のうちの1人、太田好政(よしまさ)さんは、ロードやシクロクロスをメインに国内外の様々なレースに出場し、昨年は富士ヒル年代別8位、ニセコクラシック年代別8位入賞といった数多くの実績を持つサイクリストだ。

RCCズイフトチャンピオンシップのファイナルに残った太田好政さん (提供写真)

 毎週土日は山梨、埼玉、神奈川方面のいずれかで100km超のライドをし、どんな環境下のレースにも対応できるよう、悪天候でも外でのトレーニングにこだわっていた。そんな太田さんもこのコロナ騒動で外での実走を自粛し、現在はズイフトメインのインドアトレーニングにシフトしている。

  5月に予定していた複数のレースが、いずれも延期。モチベーションを失いつつある中、突如発足した「RCCチャンピオンシップ」は確実に開催される唯一のレースだった。「勝ち進みたい」という気持ちがズイフトで走る目的となった。

太田さんの”レース機材”はTacxの「FLUX 2 SMART」  (提供写真)

  バーチャルレースとはいえ、太田さんのレースに臨む気持ちは現実世界と同じだった。ズイフト内のイベント専用コースを知るために他のイベントに参加して試走し、どこで脚を休められそうか、どこでアタックがかかりそうか、どこでスプリントに持ち込むかといった対策も立てた。さらに機材を言い訳にすることはできないという思いから自転車を洗車し、ローラーの分解掃除までして臨んだ。

ローラーに乗る生活とは無縁だった自分が …

  迎えた本番。ズイフトのレースは初めてではないが、地区予選・準決勝で負けると次がないという切迫した雰囲気に、 現実のレースと同様の緊張感を感じた。

ブラックのヘルメットとサングラスをかけたサイクリストが太田さん(のアバター) ©Zwift

 いざレースが始まると、自分と向き合うのもいつものレースと同じだった。どこで休むべきか?出力を上げるべきか? そして他の選手が飛び出したときに「追うべきか!?このまま集団に残るべきか!?」と頭もフル回転させながら走るのは現実のレースと同じだった。

 そしてレース後も普段同様、展開がどうだったかなどをレース参加者同士でメッセージやスクリーンショットを送りあい、夜遅くまでレース談義を楽しんだという。

プロトンを空撮。様々なアングルから撮るカメラワークは本物のレースさながら ©Zwift

 一方で、現実のレースと異なった点を尋ねると、「空気抵抗をなくす、速いラインを見つける、ブレーキのタイミングや加減等、外でのレースで必要とされる様々なテクニックが不要。脚を回し続けるためにはどうしたらよいか、他の選手のパワーウェイトレシオの上げ下げに注意を払うことが主になった」とのこと。レースの空気や他の選手がどのような状況で走っているのか、相手の顔、息づかいがわからないため、画面右に表示されている各選手のパワーの出力状況を随時見ながら推察して走るようにしたという。 

序盤からトップ集団で走っていた太田さん ©Zwift

  決勝とはいえ、自宅で一人ローラーに乗るのは寂しいのでは?と思いきや、決勝ではRCCのメンバーがボイスチャットで送ってくれる応援をイヤホンで聞きながら走ったそう。また、YouTubeの配信を見ている友人から監督のような、はたまたコメンテーターのようなメッセージがリアルタイムで届けられたり、ズイフトの画面上にも「RideOn!」という応援の言葉をたくさんもらいながら走った。

 「孤独感はゼロ。常に仲間に見守られ走っている感覚で勇気をもらいながら走ることが出来ました。イメージ的にはシクロクロスレースで常にコース外から、ガヤが飛んできている感じです(笑)」と楽しそうに語った。 

ラストのゴールスプリントに向けて、太田さんが仕掛けた瞬間 ©Zwift

 結果はなんと、60人中8位に入賞。トップとの差はわずか1秒だった。「正直驚きました。外出自粛の影響で時間があったらズイフトで走るようにしたところ1カ月半程度でローラーに乗ることに慣れた。ローラーに乗る生活とは無縁だった自分が、 今ではローラーで汗をかかないと気持ちが悪いと感じるほど生活の一部になりました(笑) 」─。

太田さんは見事8位に入賞。優勝者には記念品としてチャンピオンシップ限定のジャージが贈られる  ©Zwift

 決勝を終えた太田さんは、「フィジカルを磨く、そしてオンラインで自転車仲間と繋がる機会にもなるので、ズイフトはとても良い環境だと感じています。外出自粛期間が明けた後も外でのライドと併用して楽しみたい」と話している。

レース中継にラファCEOのサイモン・モットラム氏(右上)も登場。決勝レースを終え祝杯を上げる様子も © Zwiftpower

  ラファ・ジャパンのRCCコーディネーターを務める三井裕樹さんは 、今回のイベントについて「メンバーはRCC専用アプリのチャットでたくさんのコミュニケーションを行い、今まで以上にお互いの絆を強くしたことは間違いない。これがレース初参戦となったメンバーもたくさんいて、レースの楽しさに触れてもらうというブランドのミッションとしても大成功だった。“Stay Home”は世界を狭めるのではなく、世界に触れる可能性を広げると感じた」と話している。

コロナ前後で同時ログイン数が約2倍に

 実際、こうした太田さんのようなコロナ禍をきっかけにオンラインに参入するサイクリストが急速に増えている。ズイフトジャパンのシニアカントリーマネージャー・福田暢彦さんによると、2020年1月下旬、大規模なイベントを開催した当日の同時ログイン数のピーク値が1万8000人だったのに対し、4月下旬に開催したTeam INEOSとのライドイベント期間中には、同時ログイン数のピーク値が3万5000人とおよそ2倍に達したという。

 なかでも福田さんがユーザーの変化について「これまでと明らかに違う」と感じているのは、プロのサイクリストやシリアスサイクリストだけでなく、ジャンルを超えた、自転車以外の著名なアスリート達も参入している点。「クロストレーニングに活用されているようで、サイクリスト以外の方にも幅広くユーザーが広がっている印象がある」との見方を示している。

オンラインサイクリングでしかできないこと

 オンラインサイクリングはコロナ禍が生んだ一時のブームなのか、それともオンラインスポーツとして定着するのかという問いには、おそらく後者だと考える。突如登場したものというよりは、これまで構築してきたインフラの先に現れたものだからだ。

 そもそも力を数値化してオンライン上でパフォーマンスを再現できるスポーツはそう多くはない。自転車以外だとランやゴルフ等が競えなくはないが、ジムに出向かなければならなかったり、環境的に容易ではない。それに対し、ローラーは一般人も購入できる価格帯と機材サイズで以前から一般家庭にも浸透していた。

  オンラインの仕組みが、この家庭でのインドアサイクリングのインフラにうまくフィットした。 実走感を再現するために自動的な負荷変動のニーズが生まれ、やがてスマートローラーも誕生した。一方で並行して普及したパワートレーニングもこの流れを助長。まるでオンラインに向けて準備を整えていたようなタイミングで、サイクリストたちはこの世界の転換期を迎えることになった。

 ただ、オンライン化が進んだからといって実走が消えてなくなるわけではないので、この場合「自転車にオンラインの文化が誕生した」という表現が正しいだろう。実走でしか得られないものがあるように、オンラインスタイルでしかできないことに価値が見出されているからだ。

 身近な仲間とライドを楽しむように、ラファのようなグローバルライドを楽しむこともできる。さらに時間と場所を選ばない手軽さは個々のライフスタイルにも変化をもたらす。

 緊急事態宣言が解除されても、コロナ被害が本当の意味で収束するのはまだまだ時間を要する。その間、オンラインサイクリングが進化する余地はある。体の使い方を再現できる、実走感あるローラーが欲しいという期待にも、もしかしたら応えてくるかもしれない。 土台を固めるマスが増えれば開発力も変わってくる。もしかしたら、風やダート、起伏も再現する「ローラールーム」なるものも…と妄想が膨らむ。

 先日も手探りの中、オンラインによる公式レースが海外で初めて開催されていたが、本格導入も含め、今後どのような発展性を秘めているのかは現時点では未知数だ。ただ、オンラインと同期したローラーが、少なくとも「雨の日の乗り物」でなくなったことは間違いない。実走かバーチャルかではなく、双方が今後の我々の自転車ライフにどう取り込まれ、面白くなっていくのか注目したい。

後藤恭子後藤恭子(ごとう・きょうこ)

Cyclist編集部員。まとまった時間ができるとすぐに自転車旅へと出かける“放浪”サイクリスト。国内だけでなくスイス横断旅を始め、欧州各国を自転車で旅した他、2018年にはノルウェーで開催されたアマチュア最高峰のステージレース「Haute Route」に日本人女性として初参加・完走を果たした。最近はトライアスロンにも挑戦中。

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