title banner

つれづれイタリア〜ノ<141>ピンク色は‟モテ男”の色! ジロ・ディタリアを彩る「マリア・ローザ」の歴史

by マルコ・ファヴァロ / Marco FAVARO
  • 一覧

 先日、エリート社から「ジロ・ディタリア2020」記念モデルのボトルが発売されるというニュースがアップされました。ラインナップは2つで、ブラックと発色の強いピンク! 表面にあの独特な形のトロフィーが描かれ、実用的でかなりおしゃれなアイテムです。新型コロナウイルスの拡大を防止するために、ロードレースの開催は今年の6月1日まで中止に追い込まれ、ジロ・ディタリアも延期を余儀無くされました。とはいえせっかく5月が近いので、今回はジロ・ディタリアを代表するピンク色の総合リーダージャージ 「マリア・ローザ」について書きたいと思います。

ジロ・ディタリア2016年第13ステージ、パルマオーヴァ市内のスタートの様子。ピンク色が目立ちます Photo: Marco Favaro

なぜ「ピンク」なのか

 ジロの総合リーダーだけが着ることを許されるジャージが、「マリア・ローザ」(Maglia Rosa)と言います。イタリア語で「ピンク色(ローザ)のジャージ(マリア)」を意味します。

ジロ・ディタリア、ゴール手前の有料席。地元の学生が招待され、全員ピンク!  Photo: Marco Favaro

 今は多くの国で「ピンク色は女性的で可愛らしい色」と認識されています。イタリアでも同じです。それでは、なぜ男臭い、危険で泥と油まみれのロードレースの世界にピンクが浸透したのか。理由はとても簡単です。

 ピンクはジロ・ディタリアを主催する(※)スポーツ新聞『ガッゼッタ・デッロ・スポルト』が使っている紙の色だからです。1931年に初めて導入され、以来90年の歴史を誇っています。でもその歴史は順風満帆ではなかったようです。

※1989年からガッゼッタ紙などが関係するグループ、RCS Sports社が運営

1896年創刊のスポーツ専門新聞、ガッゼッタ・デッロ・スポルト。発行部数2万部。発売当初の色は薄いグリーンで4ページ構成。イタリアはまだスポーツする文化がなく、新聞名の下にあるあらすじに書かれているように、当時に関心が高かった主なスポーツは、自転車競技、競馬、フェンシング、体操、アルペンスポーツ、ハンティング、水泳等。1899年に紙はピンクに変更 Photo: Marco Favaro
ピンクになったガッゼッタ。ファシスト政権の影響で1930年代に入ると、国と国の意地がぶつかるサッカー試合のニュースが目立つようになった。1931年12月4日発行、イタリアナショナルチームがハンガリーに勝利したニュース Photo: Marco Favaro
イタリア高速列車、ファーストクラスのサービス。ジュースとスナック菓子の他、新聞ももらえる Photo: Marco Favaro

最初は不評だったピンク

 参考文献や当時のタブロイド紙を調べると、ピンク色のジャージの導入には強い抵抗感があったようです。難色を示したのは当時の政権と多くの自転車ファンでした。

 1930年代といえば世界恐慌直後。世界中でナショナリズムを訴える政党が次から次へと誕生しました。イタリアではすでに存在していたファシスト党の知名度が一気に浮上し、政権を握る羽目に。ファシスト政権は「富国強兵」のような政策を取り、男性は男性らしく、女性は女性らしい振る舞いと色使いが求められていました。そのプロパガンダがスポーツにも浸透していました。

 多くの人が足を運ぶ競技場がプロパガンダを効率よく配信する絶好の場所とされ、1920年代まで無名だったカルチョ(サッカー)もファシスト政権が発足して以降注目が集まり始めました。その理由は軍隊を連想させるからです。

 一方、自転車競技は合理性に欠け、地味で過去の遺産「プロレタリアート」として、貧乏人のシンボルだとされ非難されていました。特にファシスト党の党首だったベニト・ムッソリーニは「Una trovata poco fortunata」(けしからんアイディアだ!)と言うほど、自転車競技を露骨にけなしていました(反ファシスト思想でツール・ド・フランス総合優勝に輝いたオッタヴィオ・ボッテッキアは1927年に暗殺された)。

実は毎年変わるピンク

 イタリア北部、コモ湖が見下ろせるギザッロ自転車博物館に歴代のマリア・ローザコレクションが展示されています。

ギザッロ自転車博物館内部。足を一歩踏み入れると、歴史の旅が始まる Photo: Marco Favaro

 1935年から現在までのジャージがほとんど陳列されていますが、注目したいのはピンクにばらつきがあるという点です。

 虫喰いや素材の劣化による色褪せもある程度影響しているものの、同じピンクは少ない。実はリーダージャージのピンクには色指定がありません。淡いピンク、マーブルピンク、アンティークピンク、ショッキングピンク、Pantone 190 CからPantone 1777 Cへ、幅が広い。2012年からのトレンドは、淡いピンク色から濃いピンクに変化してきているようです。ちなみにツール・ド・フランスの総合リーダージャージ、マイヨ・ジョーヌの色は、Pantone123 Cだそうです。

歴代のマリア・ローザの展示。色にばらつきが見られる ©Museo del Ciclismo – Madonna del Ghisallo

ピンクは“男性らしさ”の象徴

 イタリアにおけるピンクの位置付けは、日本と少し異なります。歴史を振り返ってみると、1920年代までは女性向けの可愛い色は水色でした。ルネッサンス時代以後、聖母マリアを描いている絵画やお人形の洋服をみると、多くは水色のドレスを着ています。さて、男は…?

 実は男の色はピンクでした。ピンクは赤の一種で、優しさ、怒り、男性らしさを表現できる色として重要視されていました。「モテる男は、ピンク色のアイテムを着るべき!」と、1920年代のジェントルマンたちはパーティーの時にピンクのアイテムを身に着けていました。

モテ男子でもピンクのキャップで男らしさと優しさを演出 Photo: Marco Favaro

 その伝統はいまだにイタリアで引き継がれており、イタリアのビジネスマンにとってはピンク色のYシャツやネクタイ、ポロシャツを身につけるのは自然なこと。ジロ・ディタリアの時期になると町中はピンク色に染まります。

ミラノ、ヴィゴレッリ・ヴェロドロームの中にある老舗自転車工房、ビチクレッテ・マージ。壁がきれいなピンク。違和感がない Photo: Marco Favaro
イタリアでピンク色の家は珍しくない。自治体の景観条例で指定色にもなっている Photo: Marco Favaro

他のジャージの色は?

 ジロ・ディタリアでは、他のリーダーを識別するために、ピンクと違う色が使われています。 1933年に緑色のジャージ、「マリア・ヴェルデ」が制定され、山岳ポイントをもっとも稼いだ選手に与えられるようになりました。

 1969年にはシクラメン色の「マリア・チクラミーノ」が誕生し、スプリントでポイントの荒稼ぎができた選手に与えられます。そして1976年、白色の新人ジャージ「マリア・ビアンカ」が誕生。総合タイムで25歳までのトップ選手に与えられます。

 しかし、ポイント賞ジャージは2011年に赤色に代わり、また2019年にシクラメン色に戻されました。2012年にはメインスポンサーの意向で山岳賞ジャージの緑色から青色の「マリア・アッズーラ」に変わったり、総合リーダージャージ以外はわりと変化しています。

2020年のジロ・ディタリア使用予定の各賞ジャージ。画像左からマリア・ローザ、マリア・ヴェルデ、マリア・アッズーラ、マリア・ビアンカ ©Castelli

トロフィーも変化

 ジロ・ディタリアの総合リーダーが手にする優勝トロフィーもだいぶ変化しました。1999年まで様々な形のカップでしたが、2000年に「Trofeo senza fine」(トロフェオ・センツザ・フィーネ)、“終わりなきトロフィー”と呼ばれる独特な形のカップに変わりました。手に向かうスパイラルがジロ・ディタリアの上り坂を意味し、その壁面に総合優勝を果たした歴代選手の名前が刻まれています。重さはなんと、9.5kgだそうです。今年は見られるかな?

 歴史を調べると、レースの面白みが倍増します。私もこれからピンク色が似合う男子としてがんばります。

Marco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

この記事のコメント

この記事のタグ

つれづれイタリア~ノ

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

サイクリストTV

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載