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栗村修の“輪”生相談<177>30代男性「ヒルクライムで前走者を抜くのに無駄な体力を使ってしまいます」

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 ヒルクライムの練習をしていると速度差があまりない前走者に追いついてしまうという事がしばしばあります。

 僅かに速度差があるのでそのままダラダラ後ろを走るのも走りにくい上に気まずいので一気に追い抜いてしまうのですが、抜いた後も引き離してしまわないとやはり気まずいのでそこで無駄に体力を使ってその後のペースが乱れてしまいます。

 栗村さんこんなときどうするのが良いでしょうか?

(30代男性)

 あるある、よくあります。僕もさんざん経験しました。ヒルクライムだけじゃなくて、平地でもありますよね、こういうこと。自転車のエンジンである人間とは、なんとややこしい存在なのでしょうか。

 おっしゃる通り、追いついてしまったときの気まずさに負けて一気に加速してしまうのが一番まずいパターンです。理由は、質問者さんが言うとおり脚を使ってしまうこともありますが、相手の心理への洞察が足りていないのがまずいのかもしれません。

 どういうことでしょうか。

 自転車乗りとは、引退したレーサーであれ通勤サイクリストであれ、「速さ」に敏感な生物です。いえ、表面的には「今日は流しだからさ」とか、「こんな街中で急いだってしょうがないじゃん」といった顔をしてはいるのですが、どんな場合でも抜かれるのは嫌なわけですよ。質問者さんもよくお分かりだと思います。

 そんなめんどくさい生き物ですから、後ろからの気配には敏感です。エンジン音はしなくても、ギヤチェンジやブレーキの音、息遣いなどで後ろからサイクリストが来るのはなんとなくわかりますよね。もちろんプライドがありますから振り返って確認したりはしませんが、信号待ちのときに風景を眺めるフリをしつつちらっと後ろを見たりするわけです。

 すると、いました。質問者さんが後ろまで来ています。さて、その時、前のサイクリストの脳裏をよぎるものは何か。

 大前提として、自転車乗りには、上に書いたように「抜かれるのは嫌だ、カッコ悪い」という思想(?)があります。抜かれるとメンツが丸つぶれなわけですよ。だから、「抜かれそうならば加速してやろう」と思っているかもしれません。

 しかしその一方で、さらにめんどくさいことに、自転車乗りは余計な脚を使いたくない生き物でもあります。だから前の人は、なんとか自分のメンツを保ったまま抜かせることはできないか、とも考えるはずです。たとえばコンビニに立ち寄ろうと減速したタイミングで抜かれるぶんには実力の差で抜かれたわけではないのでメンツは保たれますが、峠にはコンビニなんてありません。

 質問者さんが「このままじゃ気まずいな、抜こうかな、どうしようかな」と考えているときに、前の自転車乗りの脳内では上記のようなドラマが展開されているのです。

レースはもちろん、レースでなくても、上りでは高度な心理戦(?)が常に繰り広げられる Photo: Yuzuru SUNADA

 したがって、一番まずいのは一気にギヤをかけてぶち抜くことです。そんなことをされた日にはメンツが丸つぶれですから、必死で追いかけてくるでしょう。

 とくに良くないのは、力の差を見せつけるために、わざと鼻だけで呼吸したり飲みたくもないドリンクを飲んだりと「全然本気じゃないんだけど、ものすごく遅い人がいるから仕方なく抜こうかな」という姿勢を見せつけることです。相手にとっては大変な屈辱ですから、オールアウトするまで追いかけてくるに違いありません。みなさん、こんなことをしていませんよね? 僕はよくやっていました。

 ということは、求められるふるまいは上記の逆になるわけです。つまり、相手のメンツを保ちつつ抜くということですね。

 どういうことかというと、質問者さんも必死なんだということを全身でアピールすればいいんです。「なんて速い人なんだ! だけど今日はレース前の最後の追い込みの日だからどうしても抜かなきゃいけないんだ…!」という姿勢を見せればいいんですよ。

 例えば、「いや〜、やっと追いついた、キツイっす。もうひと追い込みします!」と言って前に出るとかすれば相手のプライドを傷つけることはありません。快く抜かせてくれるでしょう。

 または、もっとシンプルに「いや〜、キツイ」とぼそっと独り言風に呟きながら、辛そうな顔をして前に出るだけでも空気はよくなります。

 繰り返しになりますが、現役時代のわたしがやっていたように、口を閉じて、上半身をピクリともしないほどに固定して、余裕ですアピールをしながら前にでることだけはしないください。もちろんその場合は、あとで無理した分の代償を払わなくてはいけなくなりますので…

 ディスクブレーキだパワーメーターだと機材スポーツとしての側面が話題になる自転車ですが、忘れてはいけないのは、人間というとてもめんどくさいエンジンを搭載しているということです。そのエンジンへの理解を深められると、自転車はもっと楽しくなるでしょう。

回答者 栗村修(くりむら おさむ)

 一般財団法人日本自転車普及協会 主幹調査役、ツアー・オブ・ジャパン 大会ディレクター、スポーツ専門TV局 J SPORTS サイクルロードレース解説者。選手時代はポーランドのチームと契約するなど国内外で活躍。引退後はTV解説者として、ユニークな語り口でサイクルロードレースの魅力を多くの人に伝え続けている。著書に『栗村修のかなり本気のロードバイクトレーニング』『栗村修の100倍楽しむ! サイクルロードレース観戦術』(いずれも洋泉社)など。

※栗村さんにあなたの自転車に関する悩みを相談してみませんか?
 ml.sd-cyclist-info@sankei.co.jpまで、タイトルを「輪生相談質問」としてお寄せください。

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