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連載第7回(全21回)MTBウェブ小説「インナー×ロー」 第7話「ポタリング②」

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 2台のMTBは蔵前橋通りを東に走り、隅田川を渡って荒川に至り、サイクリングロードを南へ。船堀橋を渡って江戸川区に戻ってきた頃にはとっぷり日が暮れていた。そしてどちらが言い出すでもなくフォルゴーレに向かった。愛車をスタンドに掛け、自販機でそれぞれお気に入りのドリンクを買って軒下の椅子に座り込むと、店長が出て来て2人に訊ねた。

■あらすじ

 佐野倉雄一(サラリーマン)は突然自分の前から姿を消した恋人の愛車を駆り、彼女が走りたがっていた王滝SDAに参戦する。 彼が自転車を始め、彼女と自転車通勤をし、山に行き、ポタリングをし、恋人同志になり、彼女を失い、喪失感の中、王滝で自分を見つけ出す物語。

■登場人物

佐野倉雄一:アラサー独身のサラリーマン。無趣味だったが、MTBに出会い、サイクルライフをスタートさせる。27.5インチハードテール。

山下桜子:部署は違うが雄一の同僚。自転車乗りとしては先輩なので何かと世話を焼く。意味ありげな言動が多い。27.5インチフルサス。

柏木恋:桜子の親友。雄一とは同じ部署。桜子のお下がりのクロスバイクを使っている。

サイクルフォルゴーレの店長:雄一のサイクルライフを手助けするプロフェッショナル。「アウター×トップ」から引き続き登場。

 
「今日はどこまで行ってきたの? 時間からして遠出?」

「いえ、根津です。面白かったですよ。猫を見てきたり、お茶したり」

 桜子が答えると店長が意外そうな顔をした。

「桜子ちゃんはガチ指向しかないのかと思ってた。ポタリングもするんだ」

「私が前に乗っていたクロスバイクに乗っていた子に誘われまして」

「じゃあ佐野倉くんは、今日は両手に花だったんだ?」

「ありがたいことに。たぶん、もうこんなこと一生無いと思いますね」

 雄一が思っていたことを言葉にすると桜子は複雑な表情をした。

「いやいや。まだ若いんだからそんなこと言わないの」

 そう言って店長は店の中に戻っていった。雄一は桜子にまた目を向け、横顔を見詰める。しばらくすると彼女は雄一に向き直り、口を開いた。

「男と女に友情って成り立たないんですかね。女の友情も男が間に入るとやっぱりダメになるんですかね」

「なんでまた唐突に……」

「だってやっぱり、れんちゃんは佐野倉さんのことを意識しているし、私もある意味、佐野倉さんのことを意識しているし……佐野倉さんだって意識しているからこそ、『両手に花だ』って言葉に得意げに反応したんでしょう?」

 そこまで言われれば理解できる。

「――分からない。でも、間違いなく言えることは、今は山下さんと一緒にいて楽しいってこと。少なくとも男と女の友情は短期的には成り立つと思う。この先はどうなるか分からないけど……でも、得意げに見えた?」

 自分では上手く答えられたつもりだったが、桜子は雄一に向き直り、膨れた。

「見えましたし、信じられもしません」

「いや、でも、本当だよ」

「だってまだ他人行儀に『山下さん』って呼んでいるじゃないですか。本当に
友情を感じているんですか?」

 ポイントはそこか……と雄一は頭を抱えたくなった。

「呼び方と友情は関係ないけど……さ、桜子ちゃんは、どうなの。男と女の友情って、あり得ると思うの?」

 彼女を名前で呼べたことで雄一は胸を撫で下ろした。そのことを意識している割りに、彼女は名前で呼ばれたことを自然に受け入れ、首を横に振った。

「ないと思います。でも、あるといいな、とは思います。正直に言えば今のところ、誰かと好きだの嫌いだのって、やりたくないんですよ……」

 そう本人の口から聞くと納得できることもあった。

「言葉の節々からそれはなんとなく感じてた。何か理由があるのだろうし、僕が訊いて君が嫌な気分になったら申し訳ないし。それもあって口説く気になれないのだけど、今日はさ、こんなに楽しいんだったら友情でノープロブレムだなって思えたよ」

「私はそれ、よく分かりません」

「柏木さんともさ、職場で話すように努力するよ。きっかけがあれば僕だって話せるようになるんだ。それが分かったし。好きだ嫌いだ、友情だ愛情だ、なんて考えるのは僕には難易度が高いよ。そもそも人付き合い、大の苦手だしさ」

「そういう意味では、私も人付き合いが苦手なのかもしれませんね」

「え、どこが?」

「自分の心の中で明確にラインを引いてますし、そこから先には他人に入らせる気、ないんですよ。やっぱり、表面だけの人付き合いなのかな……」

「それで表面だけとか言われたら、僕なんか誰とも人付き合いしてないことになってしまうよ。山下さん、いや……桜子ちゃんは、初心者の僕を引っ張ってくれて、面倒見いいし、君はイイ子だよ、本当に」

「それは私が単に自転車が好きだからですよ」

 桜子は照れたように俯いた。

「そこまで分かっているのならそれでいいんじゃないの。自転車を通して、誰かと繋がっている。趣味繋がりって年齢も男女も関係なくってさ、そこがいいなって、この前のトレイルで思ったんだ」

「――私も自転車が好きなのは、走っているといろんなこと忘れられるし、気持ちいいし。あと頑張ると早くなれるし、努力すればきっと上手くなれると信じられるからで……それに佐野倉さんがいうように、自転車仲間の中って年齢も女の子だってことすらもあんまり関係なくって居心地がいいんですよ。こんなのこのお店だけかもしれませんけどね。今にして思えばその関係性を会社の中にまで持ち込もうとしていたのかも。だから佐野倉さんに声を掛けたのかも」

 この子は難しく考えすぎる、と雄一は少し呆れ、ポン、と桜子の頭に軽く手を乗せ、離した。

「――気楽にやろうよ」

 そして雄一は椅子から立ち上がり、空になった缶をゴミ箱に捨てに行った。

「なんでぶつんですか~~」

「ぶってないよ!」

 慌てて桜子を振り返ると彼女の笑顔が見えた。

「もちろん、分かってます」

 雄一はわざとらしく大きなため息をつき、また一本、缶コーヒーを買い求めた。

「走ってきたからか、小腹が空いてきましたね」

 桜子はデイパックの中をごそごそと漁り始めた。今日はポタリングだからと、補給食は持ってきていないはずだったが、彼女は小さな包みを取り出した。

「じゃーん」

 そしてへび道の洋菓子屋で買い求めたフロランタンを取り出した。

「お土産に買ってきたんじゃないの?

「食べたい時に食べるのが、幸せなんじゃないですか? 一緒に食べましょうよ」

 得意げに言う桜子は本当に幸せそうに見えた。

「フロランタンって食べたことないんだよね」

 雄一は遠慮せずに、桜子が手にしている包みの一つを貰う。クッキーが土台になっていて、その上にキャラメルとナッツがのっている焼き菓子だ。一包みが5センチ四方ほどの正方形で、4つに分かれた内の1つを口の中に放り込むと食感はサクサク、ちょっとしっとりしていた。だいたいキャラメル風味。口の中が少し乾いたのでコーヒーを飲む。そしてまた一つ食べる。

「美味い。コーヒーに合う」

「それも信じられません。コーヒーと一緒ならなんでも良さそうだし」

「そんなことはない」

 そしてようやく桜子はフロランタンの4分の1を口にしたが、その頃にはもう雄一は食べ終えてしまっていた。

「え、嘘。もう食べ終わっちゃったの? 一包み200円もするのに?」

「――もったいないことしたかな」

 しかし桜子は答えず、ふふ、と笑うだけだった。糖分を補給したからか少し元気が出て来て、そして気持ちも少し、穏やかになった。しばらくすると喉の渇きも癒え、2人はフォルゴーレを後にした。そして別れ道の直前、一旦路肩に停まって、トップチューブにまたがったまま会話を交わした。

「今日は柏木さんのお陰で面白かった。僕の分もお礼の連絡しておいてよ」

 彼女にはいろいろ言われたが、雄一は柏木に感謝してもいた。

「自分ですればいいじゃないですか」

「連絡先知らない」

 雄一が即答すると、彼女は呆れたように目を細めた。

「連絡はしておきますけど、明日、直接お礼を言っておいてくださいよ」

「――それは、もちろん」

 雄一が頷くと桜子も満足げに頷き、口元を緩めた。今日一日が終わってしまうのがが惜しまれた。すると桜子が小さく口を開いた。

「折角ですから……一緒に夕食食べてから帰りませんか」

 彼女の気持ちが嬉しすぎて、雄一は言葉を見つけられならなかったが、いろいろ考えた挙げ句、少し自転車乗りっぽい言葉を探し出した。

「――できればカロリー控えめに、ね」

 桜子は頷くと、ペダルに足を掛けた。

「じゃあ駅前まで競争しましょうか。負けた方の奢りってことで」

「僕が君に勝てるわけないじゃないのさ」

 そう言い終える前に、桜子の乗ったXCバイクは夕闇の中に小さくなっていった。雄一もペダルを踏み、彼女の背中を見失わないよう、力の限りこぎ続ける。

 決して見失わないぞ、と、はっきり脳裏で言葉にしながら。

 疲れを持ち越すこともなく、当たり前の月曜日がきた。朝から蒸し暑かったが、雄一は朗らかな心持ちで待ち合わせ場所に行き、桜子の笑顔を目の当たりにして心を躍らせた。そして一緒に遠回りをしてから出社し、エレベーターで別れた。更衣室で着替えを済ませた後、人事部のフロアに赴くと、普段より早く柏木が出勤してきていた。雄一はペコりと頭を下げ、柏木は開口一番こう言った。

「済みません、実はコンビニで画像のプリントアウトが分からなかったのですが……」

 そしてばつの悪そうな顔をして俯いた。

「データでいいのに。でもまあ、カードを貸してくれれば、僕が昼休みに焼いてくるよ」

「いえ。別の時の写真も一緒に入っているので、むやみに見られたくありません」

「じゃあ、お昼にコンビニで待ち合わせようか」

「はい。そうしてくださると助かります」

 小さく頷き、彼女は自席に戻っていった。今朝の彼女はこれまで彼が見ていた彼女に戻っていた。昨日の態度が幻のように思われたが、少しは疑念が晴れたのだろうと勝手に解釈して、早速仕事に取りかかった。

 仕事に埋没しているとすぐに昼休みになり、近所のコンビニで柏木を待った。柏木は桜子と一緒に現れたが、ランチはまだ済ませていない時間帯だった。雄一は柏木から記録媒体を預かり、マルチコピー機に刺して先日のフォルダーを開くと、データは雷門での桜子と雄一の2人が写ったものしかなかった。

「2枚、お願いします」

 柏木が言うままに雄一は印刷選択し、コピー機から2枚の写真が出てくると、柏木は桜子と雄一に渡した。

「はい。これ、どうぞ」

 そして記録媒体を回収すると、柏木は一人でコンビニを後にした。

「――なんだったんだ」

「さて……れんちゃんなりに、私たちの関係を分かってくれたんじゃないでしょうか」

 桜子は少し不思議そうに、少し嬉しそうに写真を見る。雄一も手の内に残された写真に目を向ける。写真の中には、はにかんだ笑顔の彼女と小難しそうな顔をしているくせに照れている自分がいる。それが自分達でなければ、きっと恋人同士に見えただろう。

「――そうかな。分かっていないんじゃないかな」

「どうですかね。分かってくれたんじゃないでしょうかね」

 桜子はそう思わせぶりに言い、1人コンビニを後にした。残された彼はその言葉の意味と柏木の行動の意味を考えあぐねたが、悩むだけ無駄だと考えるのを止めた。少なくとも手の内には彼女と撮った一葉がある。

(今はこれだけで十分だ)

 雄一はワイシャツのポケットに写真をしまい、蒸し暑い東京の夏に身を投げ出した。

<つづく>
※この物語はフィクションであり、実在の人物や団体、地域などとは関係ありません

監修
岡 泰誠(日本スポーツ協会公認自転車競技コーチ)コスモス パフォーマンス コンサルティング
松本佑太(フカヤレーシング)

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神野淳一 連載小説「インナー×ロー」

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