ベルギーの最先端を福田昌弘さんがリポート風洞実験施設では何が行われているのか 計測値から導き出される速さの証し

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 過去2回に渡ってお届けしましたベルギーでの計測についての取材も、これが最終回です。 フィッティングでまず自転車のポジションを決め、さらにBioracer Aeroで前面投影面積の低くなるフォームを模索してきました。今回は、風洞に入って実際に空気をあててみて、どのように空気抵抗が減るかを確認してきます。

ベルギーの風洞施設「Bike Valley」で空気抵抗値を計測する高岡亮寛(Roppongi Express) Photo: Bioracer

数式で求める抵抗値

 空気抵抗は近年、タイム削減の手段として大きく注目されています。実際にアワーレコードでも次々とタイムが塗り替えられていますが、これは空気抵抗の削減による部分が大きいと言われています。 空気抵抗と言われても、なかなかピンとはこないかもしれませんが、例えば風の強い日に、向かい風に向かって進むような状況を考えてみてください。これも空気抵抗です。

 少し数学的に考えてみたいと思います。 空気抵抗の係数はCdAという形で表されます。これは、空気の流れの良さを表す空気抵抗係数Cdと、前面投影面積の係数Aの掛け算で表現されます。その空気抵抗係数を使って実際の空気抵抗を計算する式は次のようになります。空気抵抗 = 1/2 x 空気密度 x 速度の二乗 x 空気抵抗係数、そして、自転車が走るときの主な抵抗といえば、空気抵抗のほかに走行抵抗と勾配による抵抗もあるので、こちらも見てみます。

走行抵抗 = 転がり抵抗 x 重さ x 重力加速度

勾配抵抗 = 重さ x 重力加速度 x 勾配

 空気抵抗は速度が増す毎に二次関数として抵抗が増大します。走行抵抗は自転車+体重で一定です。勾配抵抗は勾配が増える毎に増大していきますが、平地であれば無視できます。

 スピードが速い局面なので平地であると仮定して、具体的な数値をあてはめてみると分かりますが、例えば、体重65kgの選手が時速40km(11.1m/s)で気温20℃の時は次のようになります。

走行抵抗  3.2N = 0.005 x 65kg x 9.81m/s^2

空気抵抗  19.3N = 1/2 x 1.2 x 11.1 x 11.1 x 0.26

 こうしてみると86%の抵抗が、空気抵抗であることが分かります。さらにタイムトライアルやゴールスプリントなど、速度が速くなるとどうなるでしょう? 時速50kmで30.1N(90%)、時速60kmで43.3N(93%)となり速度が速くなるごとに空気抵抗が大きく増えていきます。

風向きに対して正確に自転車をセットアップしていく Photo: Masahiro FUKUDA

 ちなみに、タイヤの転がり抵抗で0.005というのは少し悪い方に、空気抵抗0.26というのは良い方にハンデを与えているので、実際にはこれ以上の差が出ることもよくあります。

 そこで、例えば時速40kmの時の空気抵抗係数が0.26から0.30に大きくなると、抵抗はどれぐらい増えるかというと、19.3Nから22.2Nとなり15%も増えてしまいます。

 実はこれ、計算式を見るとわかるのですが、単純に0.30÷0.26として計算することができます。 逆にタイヤの転がり抵抗係数が0.005から0.004に下がったとしても1.3%しか影響が無いことも分かりますね。

 ということで、ようやく本題に戻ります。今回取材をしたBike Valleyは、ベルギー政府が支援して建築された空気抵抗を測定するための風洞施設です。 大雑把に風洞の仕組みを説明すると、筒(洞)の中に秤を用意して空気抵抗を測定したいものをその上に置き、決まった速度になるように風を流すと秤に変化が出るので、その数値から空気抵抗を計算するというものです。

 制限としては、秤が敏感に反応してしまうために実際のペダリングなどを行なうことはできないため、動き全体を通しての空気抵抗は計測できません。

時速50kmの風圧を再現 Photo: Masahiro FUKUDA

 それでは何を計測するのかと言えば、一番わかりやすいのは機材の差です。 例えば、同じバイク、同じウェア、同じポジションであるときにヘルメットだけを交換してみると、ヘルメットの違いが分かります。計測のたびに同じバイクやウェアを揃えることは簡単にできますが、同じポジションを維持するのはプロライダーといえども難しいことです。

意味あるウェアの縦溝

 そこでBike Valleyでは、前回紹介したBioracer Aeroを上手く活用しています。 Bioracer Aero自体は、前面投影面積を計算するための仕組みですが、これを横方向から撮影して同じポジションをとるためのガイドに利用します。まず最初の計測のときに決めたポジションでライダーの輪郭をとります。この映像は風洞に設置されたプロジェクターにより、前輪の前あたりに表示されるため、ライダーは自分の映像を確認しながらポジションを再現することが簡単にできるようになっていました。

リアルタイムで投影されるフォームを確認しながら計測を行う Photo: Masahiro FUKUDA

 とはいえ、今回のテストでは時速50kmを再現するため風圧としてもかなりものです。実際に被験者となった高岡亮寛(Roppongi Express)に聞いたところ、頭の位置を維持し続けているのは、それなりに大変だったようです。

 この計測ですが、一項目につき90秒ずつの計測を行ないます。 90秒間の値の平均値を元に空気抵抗を計算していくわけですが、最初と最後の何秒かずつはデータは使わずにデータが安定している間の時間を使います。このあたりには、計測に関するノウハウが関係してくるようです。

 実際にベルギーのメーカーでは、この施設を利用して、各種の製品開発も行なっています。 例えばBioracer社の製品であれば、時速50kmの時に必要なパワーが、以前のトップレンジモデルでは357Wであるのに対して、最新のものでは350Wとなっていました。こういった差はロードレース競技でもゴールスプリントなどで大きく影響しますが、さらに速度域の速い、タイムトライアル競技やトラック競技では勝敗を分ける差となって表れます。

製品ごとに異なる数値が計測される Photo: Masahiro FUKUDA

 この数ワットを生み出すために、メーカーは様々な工夫をしています。例えば、最近ではよく見かけるようになってきた、袖口の縦のライン。これは前面側で意図的に空気の流れを乱すためにつけられています。速度が上がった場合、身体の表面を流れる空気も速くなるかというと、そうではありません。実際には境界層と呼ばれる空気の流れが遅くなる層があります。

 川の真ん中に石があった場合に、その石の周りだけ水が流れずに滞留しているのを見たことは無いでしょうか?それもまた境界層です。空気の流れを考えた場合、この境界層が抵抗となって空気抵抗を増大させます。そこで境界層を薄くするため、袖に溝を作ってわざと空気の流れを乱して境界層を薄くするのです。 ゴルフボールのディンプル加工なども、これと同じ理由によるものですが、自転車の上のライダーとゴルフボールでは大きな差があります。それはゴルフボールは回転しながら飛びますが、ライダーは回転しないということです。 そのため360度に渡って溝を作るよりは、背面は滑らかな表面で空気の流れをよくしたほうが空気抵抗は減ります。

 よくあるのは飛行機の翼のような翼断面構造ですが、UCI(国際自転車競技連合)のルールでフレームを完全な翼断面にはできないのでカムテール構造が使われます。ジャージ側で工夫する場合、翼断面はもちろんカムテール構造なども採用できません。 そこで可能な限り表面がなめらかな構造にして空気の流れをよくするのです。そのためにジャージメーカーは、生地の素材や使う位置なども工夫する必要が出てきます。今回は時速50kmでの計測ということで、この記事をご覧の皆さんには、あまり現実味がなく感じているかもしれません。

小さな工夫から空気抵抗の削減も可能 Photo: Masahiro FUKUDA

 しかし、実際には時速30kmも出せば、空気抵抗は大きく影響してきますので、最新の機材でなかったとしても空気抵抗を減らすための努力をしてもよいと思います。 例えば、ブカブカのジャージを着ているのであれば、ピタっとしたものやセミワンピースなどに変える。ヒルクライムでなければ穴が開いているものではなくエアロヘルメットを使う、そしてポジションを見直す。一つ一つの影響は小さくても、まとめていくと大きな空気抵抗となって速度に影響してきます。

 今回は風洞までのリポートですが、実際にプロチームでは、風洞のデータを元にしてバンクで計測を行ない、さらに公道でテストを行なうそうです。 こういった順番で行なうのは、計測にかかるコストと時間問題からです。前面投影面積だけでは空気の流れは分かりませんし、風洞はコストが高いために時間が限られており、ペダリングも行なうことはできません。トラック競技であればバンクでの計測で終了ですが、タイムトライアル競技に対しては勾配や風の変化などでの計測も必要となってくるためです。

 3回に渡ってお届けしましたがいかがだったでしょうか? 空気抵抗を減らすのはアイデア次第です。画期的なアイデアを思いついた方は、ぜひBike Valleyでの測定にも挑戦してください。Webから申し込みをすることで誰でも利用が可能だそうです。

福田昌弘福田昌弘

自転車競技コーチで、「ハムスタースピン代表」。現職はソフトウェアエンジニアだが、身体の動きに興味を持ったことがきっかけで、医学部博士課程にも進学。海外の自転車学会でも積極的に発表を行っている。社会人チーム「Roppongi Express」で趣味のレースも楽しんでいる。2018年の全日本マスターズTTでは3位、トライアスロンでも表彰台に上るなど、各方面で積極的に活動している。

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