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猪野学の“坂バカ”奮闘記<44>引き摺られるのは業務外です! 「ツール・ド・のと」でサポートライダー壮絶デビュー

by 猪野学/Manabu INO
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 世の中には他人のために自転車に乗る尊い人達がいる。ロングライド等で参加者をサポートするサポートライダーだ。ペーサーや、パンクやメカトラへの対応、時には参加者を鼓舞し、励ましゴールへと導き喜びを分かち合う。独りで坂で己の欲求を満たす私には、無縁な人たちだと思っていた。しかし、そんな坂バカが番組でサポートライダーに挑戦することになった。

初仕事は参加者誘導。このときは、こういう仕事に徹するのがサポートライダーの役目だと思っていたのだが…

坂を上って初めて感謝される

 参加したのは3日間で428kmを走り切る「ツール・ド・のと」。いきなりサポートライダーとしてデビューするにはスキルがないため、初日はサポートライダーの経験がある筧五郎氏に教えを乞うことになった。

スタート地点。ゲストライダーも豪華

 この日は金沢市内から輪島まで141.6kmを走る。サポートライダーの人たちは担当に分かれ、様々な位置からスタート。五郎さんと私は先頭でスタートし、徐々に最後尾まで下がるという指令を受けた。

 市街地を抜けるとすぐに日本海の海岸線が現れた。ツール・ド・のとは景色が美しいことでも有名だ。景色を見ながらのんびり走りたいところだが、サポートライダーはそうはいかない。

とにかく、ずっと水平線と共に走る

 参加者の様子を常にチェックし、止まっている人がいれば話し掛ける。体調不良なのか? それともメカトラか? この日は異常に気温が高く、熱中症などで止まってしまう人が多かったので、すかさず塩や水分を与えてフォローした。

 サポートライダーの仕事も大変だが、ロードレース男子部監督の五郎さんの強度に付いて行くのも大変だった。 出力は常に260W…。これは思ったより大変なロケになりそうだと覚悟を決めた。

 このコースは後半に激坂が用意されていた。ここがサポートライダーの出番! 激坂で苦しんでいる参加者を“押シスト”(押すアシスト)するのだ。上っている参加者の腰の辺りに手を添えるだけで少し楽に上れるようになるという。

 早速私も挑戦するが、現実は甘くない…手を添えるだけではやはり進まない。進むわけがない。体幹を使い、体重を手首に乗せて押すのだが…、バランスを維持しようと自分の様々な筋肉が悲鳴を上げる。もちろん腰にも来る。恐らく押しストする側の方が倍キツい。

日本海といえばノドグロ!東京の3分の1ぐらいの価格で食べれる

 必死に押して頂上までアシストすると「ありがとうございます」という御言葉を頂いた。坂を上って感謝されるのは初めてだ。なかなか悪くない。

 峠を下ると輪島市街に出てこの日のゴールに到着。夜は能登の美味しいノドグロを頂き、就寝した。

山の神、森本師匠の登場で事態急変

 2日目からはいよいよサポートライダー ソロデビューだ。この日も最前列からスタートした。すると見慣れた美白ライダーがいるではないか! “山の神”こと森本誠師匠だ。どうやら招待選手として参加していたらしい。

 この流れで、師匠と五郎さんと一緒にスタートすることに。2日目は七尾までの162km。ずっと日本海沿いを走るので前日に引き続き絶景三昧だ!

羽咋市の千里浜なぎさドライブウェイ。ロードバイクで砂浜を走るなんて、なかなか出来ない経験だ

 程なくして師匠が当然止まり、「始めましょうか」と言ってコースを引き返しだした。訳の分からぬまま付いて行くと、猛烈な強度でぶっ飛ばすではないか!? そして反対車線の参加者に笑顔で手を振り出した!

 師匠いわく「こうやってイベントを盛り上げるんです!」とのことだが…師匠、これは単に、この後に控えている「ツール・ド・おきなわ」に向けてのトレーニングではないのですか?

楽しいサポートライドはほんのつかの間…

 猛烈な速さで10kmほど引き返し、本来のコースに戻ってまた爆走。朝イチから苦し過ぎる! 必死で喰らいつきつつ、ふと冷静に考えた…。私はツール・ド・おきなわに出る訳ではないし、なんといっても今回はソロのサポートライダーデビュー。1人で走っても良いはずだ。「千切れます!」と爽やかに声をかけスローダウン。まったく朝からとんでもない目に遭ってしまった。

危険を感知する「坂バカ」センサー作動

 そこからは参加者達と穏やかに走る。すると前方に長い坂が現れた。ここでいよいよ“坂バカ”の本領が発揮される!

 「こんな坂 、捻り潰してやりましょう!」と参加者達を鼓舞する。すると「わぁ!坂バカだー!」「すげぇ〜ホントにいるんだ!」「馬鹿だー!馬鹿だー!」と喜び出すではないか。どうやら坂で坂バカを見ると縁起が良いのか大変喜ばれる傾向にある。総武線の両国駅で力士を見ると得した気分になる、アレと同じ心理だろうか。

 山岳が終わると能登半島の先端の部分に出て折り返す。時速30kmをキープして「良ければ付いて下さーい」と声をかけ集団を作る。風除け請け負いもサポートライダーの大事な仕事なのだ。

 最後のエイドで五郎さんやサポートライダーの方々と合流した。サポートライダーの方々のほとんどが「Köchel VC sputnik」( ケッヘルV.Cスプートニク )という実業団チームの猛者たち。猛者たちは最後の参加者がスタートしてもなかなか出発せず談笑している。坂バカの高強度センサーが危険を知らせる。嫌な予感がした。

 予感は的中。案の定エイドを出発するととんでもないスピードで走り、回し出した! さすがは実業団、サポートしながらトレーニングもするのか!!

 先頭を10秒くらいで交代し、回すのだが私は「先頭なんか引いてなるものか!」と2秒で交代する。後ろから失笑の渦が湧いた。

 後ろの方で必死で喰らい付いていると、ようやく最後尾の参加者が見えた! するとここから休むことのない押シストが始まった。しかも昨日より激坂で、相手は大きな体躯の持ち主だ。

 「重いっ!!」─スプロケを見ると私より小さなギヤを付けている!「なんでやねんっ!!」と心で突っ込みながら、ひたすらに押す。ものすごくキツいのだが…なぜかおかしなテンションになって来て…ついには皆で「ワッショイ!ワッショイ!」と叫び出した。それはもう、祭りの様相を呈していた。

 疲れてへとへとになったその夜、ふと感じた。…実はこれはとんでもないロケだ。サポートライダーだけでも大変なのに、なぜかところどこで“引き摺りの刑”が執行される。そしてその“刑”はいつ執行されるか分からない。明日こそは穏やかに終わりますように…と祈り、就寝した。

しまった!ハメられた!

 最終日は金沢市内まで戻る124km。この日も「風よけ請け負い人」をしながらサポートをした。3日目ともなると特にトラブルも少なくなってくる。このまま穏やかに終わるかと思ったところで、最後の難関、激坂の荒山峠が現れた。

 もちろん「押しスト」の出番だ! 激坂での押しストは、果たしてこれは意味があるのか?と思うぐらい進まない。歩いた方が確実に速い! しかしここで「意地」という名のサポート魂が炸裂する。そう、私は束の間「坂バカ」を忘れ「サポート馬鹿」に徹した。

 とはいえ、何度も何度も荒山峠をおかわりし、次から次へと押しストを繰り返す。もはや体力も限界だった。

エイドで時間調整。少しだけお昼寝

 あとは金沢市内まで平坦基調らしい。「やれやれ」と五郎さんと森本師匠と昼食をとる。食べ終えて自転車ラックに行くともう誰もいない。皆とっくにスタートしていたのだ。

 ここで再び“坂バカ危険センサー”が猛烈に反応した。今ここにいるのは五郎さん、師匠、そして最近めっきり速くなった番組ディレクター。「しまった!ハメられた!」─。

参加者をまさかのゴボウ抜き

 かくして“刑”は突然に執行された。平坦基調の長い直線を森本師匠が時速50kmでぶっ飛ばす! ゆるい坂になると軽く300Wを超える。レースへのモチベーションがない私には、ただの拷問でしかなかった。

 どれくらい経過したのだろうか、ようやく最後尾の参加者が見えだした。ここで緩むかと思いきや、師匠は強度を維持し、ゴボウ抜きし出すではないか! 呆気にとられる参加者たち…。

 その時、私の胃が痙攣し始めた。嗚咽が止まらない…。身体が全力でもう止めろ!と訴えていた。私は意識のある内に離脱することを決めた。

 エイドステーションで放心状態で休憩していると、参加者の方に「猪野さんでも400km超えのライドになると随分疲労するんですね…」と心配された。

 私は下北半島310kmを13時間で走破する“距離バカ”でもある。普通に走ればこんな距離は屁でもない!しかし、今回は突然に勃発する高強度巡航と魂の押しストで、灰と化してしまった。最後は親子で参加されている少年をサポートライダー皆でゴールまで見守り、務めを全うした。

苦しみとともに得た何か

 ゴール後、今までにない疲労感が全身を包んだ。身体の疲れだけでなく参加者に気を配っていたためか、気疲れのようなものも感じた。

 ただ、同時に何とも言えない充実感に包まれていた。誰かのお役に立ち、喜ばれることでまた喜びを感じるというのは、人間の本質だ。またひとつ貴重な経験をした。

人助けと高強度トレーニングで、色々と成長させてもらったデビュー戦だった…

 イベントの翌日、いつものようにインターバルトレーニングをすると、いつもタレるところでなかなかタレなくなっていた。やはり強者と走ると強くなる。これも“引き摺り回しの刑”の賜物なのだろう。

 人助けしながらトレーニングという大変なロケだったが、苦しみと同時に人は何かを得ているものなのだ。

(写真提供:猪野 学、テレコムスタッフ・NHK)

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