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連載第21回(全21回)ロードレース小説「アウター×トップ」 最終回「エピローグ」

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落石のため、その後に予定されていたレースは中止となった。京助は瞬一と共に表彰台に上り、勝利の喜びを噛みしめた。南と悠宇、雄一郎も二人の勝利を祝ってくれた。レースコース近くにある養老渓谷の温泉で冷えた身体を温め、一休みして、ようやく京助の中に勝利の実感が湧いてきた。

◇登場人物紹介◇

・橋沢京助 三重から上京してきた大学2年生。JBCFには上京してから参戦。現在E2。

 落車のため、来季E1に昇格できるか瀬戸際にいる。オールラウンダー。

・神崎悠宇 大学2年生。京助の相方。幼い頃から走っていたが、参戦は大学に入ってから。

 既にE1昇格を決めている。クライマー。

・神崎有季 悠宇の妹。高校2年生。今年からJBCFに参戦し、好成績を収めている。

・南宗司  病気のため一度は引退した元プロレーサー。京助達を導く。

・相模瞬一 南の弟子。将来に悩んでいるとき、南に出会い、救われる。

 夜間大学に通いながら、メッセンジャーをしている。現在E2。スプリンター。

 渓谷が見渡せる浴場の中で瞬一が京助に言った。

「まだこんなんでお前との勝負がついた訳じゃないんだからな」

「分かっている」

「まだ今年は石川ロードレースが残ってる。そこで本当の勝負だ」

「お、いいな。やる気じゃないか」

 南がいかにも乗り気というように応じた。

「一気に4人まとめて入賞してプロツアーに殴り込みってのも、いいですね」

 悠宇が真顔で言い、雄一郎が息子にツッコミを入れた。

「プロの世界をなめるんじゃない」

 ドッと、浴場の中に笑い声が響き渡った。京助は落ち着き、湯船に浸かりながら南に言った。

「笑うって良いもんですね。不思議と力が湧いてきました」

 そうか、と南はニッとして見せた。

「君たちに会えて、来年は充実したレースができそうだ。楽しみだよ」

 悠宇と瞬一も、南を見た。

「ええ」

 悠宇が深く頷いた。来年。遠いようで次のシーズンはすぐに来るだろう。これから寒い冬が始まる。その間にどれだけ力を蓄えられるか、これ以上に強くなれるか、京助はそれだけを考えることにする。E1でどんなレースができるのか、まだ分からない。その意味では今年の内に石川ロードレースに出るのはありかもしれない。

 これからのことはゆっくり考えることにした。それでようやく、京助は今日の勝利を祝う気になれた。しかしそれ以上に、強くした思いがあった。

(勝っても負けても、ロードレースは楽しい)

 それが今日のレースで京助が掴んだ、たった1つの真理だった。

 ◇    ◇    ◇

 南房総ロードレースが終わってから、2週間が経とうとしていた。当たり前だが、実業団レースで昇格しても生活は何ら変わらない。疲れを癒やした後は、更なる鍛錬を積む日々だ。

 荒川での練習前に京助と有季はフォルゴーレに立ち寄った。悠宇は南と打ち合わせがあると言って、今日は別行動だった。

 2人が店長にあいさつすると、カウンターの中で店長が自転車雑誌を開いた。

「見たよ、有季ちゃん」

 それは明日発売の自転車雑誌だった。雑誌に店の広告を載せているので、見本誌が来るのだ。店長が開いたページを見ると成田で行われたクリテリウムレースの取材記事が載っていた。中でも有季は現役女子高生レーサーと銘打たれ、ページの4分の1に亘って写真が掲載されており、インタビュー記事まで載っていた。

「変な顔……」

 有季は雑誌を見た後、落ち込んでいた。しかしこの反響次第で本当にプロ契約の話が来るかもしれないのだから、彼女にとっては大きな前進だと京助は思った。それに来期は有季も女子E1で戦うことになり、名実共に女子ロードレース界のトップ争いに加わることになる。自分の存在が彼女にマイナスにならないと良いと、少し心配になった。

 バースタンドからバイクを下ろし、京助と有季はビンディングを填める。安全運転で荒川に出ると、風景はすっかり秋のそれに変わっていた。堤防斜面の草も綺麗に刈り取られた後で、若干寂しい。

 荒川ロックゲート脇のダリウス型風車がくるくると回り、風が強いことを教えてくれた。京助と有季は無言のまま走り、清砂大橋を渡って江東区側から江戸川区側に渡って、葛西臨海公園を目指す。若洲の風力発電所も勢いよく回っており、ちょっと嫌気が差した。海面が見えるようになると、ヨットとウィンドサーフィンの帆が大きく風をはらみ、水面を進んでいるのが見えた。空には連凧が揚がっていた。

 臨海公園に入り、早くも2人は、人工渚前のレストハウスで一休憩した。来週は石川県で今年最後のレースがある。当初は遠征する予定はなかったのだが、瞬一の発言をきっかけに、ノリだけで決まってしまった参戦だ。それに備えて今週は練習量を少なめにしている。京助と瞬一にとっては初めてのE1となることもあり、来年を占うためにも是非とも頑張らなければならなかった。

 缶飲料のプルトップを開け、2人並んで階段に腰を掛けて、人工の渚を眺める。この人工渚には毎年多くの渡り鳥が飛来している。この前、都内で初めてラムサール条約に登録されたとかで話題になっていた。この秋ももう渡ってきているのか、今も名前を知らない渡り鳥が強い風に抗って飛んで、2人の下に影を落とす。京助はその姿に強く共感する。秋の陽は2人には優しかったが、もう薄暗くなり始めており、長居できそうにはない。

「そう言えば、雑誌のインタビューに『彼氏あり』って書いてあったな」

 京助は平静を装いながら、隣に座る有季に話しかけた。

「変なのが寄ってこないように保険で言っておいただけだよ」

「そうか」

 京助は缶コーヒーに口を付け、ふうと息を吐いた。

「安心した? それともがっかりした?」

 興味深げに有季が京助の顔を覗き込んだ。ゴールした後の彼女の温もりを思い出し、京助は頬が熱くなるのを感じたが、今でも自分の気持ちを言葉にすべきではないと思っている。だから京助は頑張って平静を装い続けた。

 しかし有季は京助の表情から気持ちを読み取ったのか、勝ち誇ったように微笑を浮かべた。

「まあ、いいか」

 有季も紅茶の缶に口を付けた。「ところでさ、京助はやっぱりプロツアーを目指すんだよね? ここからが大変だとは思うけど」

 京助は大きく深呼吸してから答えた。

「ああ。今はそれしか考えられない。後悔だって、何かやったあとにしかできないんだ。せっかくここまで来た。なら、プロの世界を見ずに終われない」

「アタシも同じだよ」

 彼女は雑誌の自分の記事を見て、心を決めたのだろう。有季は真顔で頷き、京助もゆっくり頷いた。今までずっとロードバイクに打ち込んできた。眠っている以外の人生の大半をサドルの上で過ごし、クランクを回し、風を切った。

 しかしそんなことはその競技の頂点を目指すのなら、当然のことだろう。自分はまだその道の途中にいる。どこまで行けるか分からないが、行けるところまで行くまでのことだ。

 日が落ち、風が強さを増した。京助と有季は2人揃ってロードバイクにまたがった。そして互いに寄り添うように走り出すと、臨海公園を後にしたのだった。

《おわり》

※本作品は株式会社KADOKAWA刊・メディアワークス文庫「アウター×トップ」を改稿したものです。
※この物語はフィクションであり、実在の人物や団体、地域などとは関係ありません

監修:岡 泰誠(日本スポーツ協会公認自転車競技コーチ)コスモス パフォーマンス コンサルティング

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ロードレース小説「アウター×トップ」 神野淳一

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