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『Cyclist』印の自転車Welcome café<21>フランスから帰国ついでに自転車旅 菓子から菓子へユーラシア大陸を横断したパティシエ・林周作さん

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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東京・渋谷、明治通りの喧騒から一本入ったところにある「Binowa Cafe」。植木鉢に刺さった泡立て器が目印 Photo: Kyoko GOTO

 全国のサイクリストウェルカムなお店を紹介する連載『Cyclist印の自転車Welcome café』。Vol.21は東京・渋谷にある世界の郷土菓子を扱う「Binowa Cafe」(ビノワカフェ)を紹介します。今回はお店の紹介というより、お店を営むパティシエさんにクローズアップ。代表を務める郷土菓子研究社の林周作さんはフランスでの修行帰りに自転車でユーラシア大陸を横断し、日本まで帰国したというツワモノです。世界各地に眠る郷土菓子を発掘すべく旅に費やした行程は約900日、走行距離は「寄り道が多くて不明」とのこと。現在も旅を続け、これまでに6大陸50カ国、450種類もの郷土菓子のレシピを体得したそうです。「元々サイクリストではないけれど、たくさんお菓子を見たかったので自転車で帰ってきた」という林さんのユニークな旅について話を聞きました。

◇         ◇

幼少時に芽生えていた旅サイクリストのルーツ

─なぜ世界の郷土菓子をめぐる旅に出たのですか?

:もともと料理学校でフランス・イタリア料理を学んでいて、そこで自分の知らない変わったお菓子に出会い、興味をもちました。それらのお菓子が存在するのに日本であまり知られていないのはもったいないと思い、それなら自分で作ろうと。イタリアやフランスの地方の珍しいお菓子をネットで調べて作っていました。

 ただ、ネットの情報通り作ってみて美味しいものはできるんですけど、それが正解の味なのかがわからなかった。本当の味を知りたいと思い、フランスに渡ったことが世界の郷土菓子をめぐる旅の始まりでした。

ウクライナ、キエフにて。持参した一張羅のスーツ。結局着ることはなかったが、せっかくなので記念撮影 ©郷土菓子研究社

─フランスから自転車で日本まで帰ってこようと思ったのは?

:実は日本にいる頃から自転車は好きで、小学校の頃に宇治市から京都市まで片道15kmほどを自転車で往復したことがあります。中学校になってからは奈良や大阪をママチャリで攻めて、そのあと高校時代には東京から京都まで約500kmほど走りました。友人と2人で夜行バスで東京まで行き、リサイクルショップで見つけた変速も何もない中古の「ママチャリ」を2台で9000円で購入しました。最初は1万1000円だったんですけど、友達と交渉して値引きしてもらったんです(笑)。

 なぜそんなことをしたのか覚えていませんが、当時は「外の世界」に憧れがあったのかもしれません。「何かおもしろいことをやってみたい」という思いがずっとあった。高校の授業で使ってた地図帳を見ながらルートを考えたりして、楽しかったです。箱根の山を超えるときは、ギアなしだったんでさすがに押し歩きましたけどね(笑)。1日170km近く、まる3日間漕ぎ続け、4日目の朝に京都に到着しました。卒業直前だったんで式に出るために必死だったことを覚えています(笑)。

林周作さん。1988年京都生まれ。エコール辻大阪フランス・イタリア料理課程を卒業。世界の郷土菓子の魅力に取りつかれ、各国の郷土菓子を実際に食べ、味を伝える菓子職人に。各国を訪れてはその土地の郷土菓子を調査し、その数は450種以上。訪れた国は現在50カ国を超える(2019年12月現在) Photo: Kyoko GOTO

─完走したときの感想は?

:とにかく帰ったあとの布団が気持ちよかった(笑)。寝るのはカラオケボックスか、ファミレスで小休憩、あとはスーパー銭湯みたいなところだったんで。それでも楽しかった記憶しかないです。幸い雨にも降られず、パンクもなかったんですけど、眠たくなると我慢できなくて、何度か自転車に乗りながら寝落ちして、大きな岩にぶつかったり、草むらに突っ込んだりしました。箱根あたりで岩に衝突してホイールが曲がったんですけど、走れなくはなかったんでそのまま京都まで走りました。

─そんな素地があったんですね。

:小学生時代、この道をずーっとまっすぐ行ったらどこに辿り着くのか、みたいな遊びはよくやってました。いまでも同じ道を通るのが嫌だったり、自転車が好きな人ってそういう根っこがあるんじゃないですかね。

レンタルバイクで「ツール・ド・フランス」

─フランス滞在中も自転車に?

:はい。ただ、自転車そのものに詳しいわけではないので、単なる移動手段として乗っていた感じです。フランスに滞在した1年間は、最初に住んだAngers(アンジェ)という街に市民が無料(市外の人は有料)で利用できる“ママチャリ”のようなレンタルバイクがあったので、それを借りて乗っていました。

アンジェからアルザスまでの700km走ったレンタルバイク ©郷土菓子研究社

 パティシエ修行でフランスに来ている人はたくさんいるので、どうせ住むならフランスでしかできない、フランスっぽい仕事をしたいと思って最初はアンジェのぶどう畑で働きました。収穫のシーズンが終わるとクリスマスになるので、クリスマス~バレンタインまではお菓子を見ようと思い、クリスマスで有名なアルザス地方のお菓子屋を目指して、レンタルバイクを使ってパリ経由で約700kmを移動しました。自分にとっての「ツール・ド・フランス」です(笑)。

 向かう途中でアルザスの有名なお菓子屋15軒くらいに「あなたの作るアルザスの○○というお菓子が好きで、働きたいと思っている」と適当にメールを送ったところ、1軒だけ面接を受けてくれる店がありました。実はそれまでお菓子屋で働いたことが一度もなく、面接でそれを伝えたら「帰れ」といわれましたが、「1週間だけテストしてほしい」と粘ったら「じゃあ明日の朝から来て」と。晴れて一週間後に採用してもらえました。最初は4カ月くらいの滞在予定でしたが「そんな短期間じゃ何も身につかない」ということで、結局ビザの期限ギリギリまでアルザスのお菓子屋で働くことになりました。

帰国ついでに郷土菓子を研究

─やってみようと思ったら、即行動するんですね。その後、日本に帰国する手段として自転車を選択した理由は?

:当初のプランでは、一年の滞在中にフランスを拠点として色々な国や地方に行って色々なお菓子を見ようと考えていたんですが、結局、働いていたらそんなに休みがとれなかった。このまま帰ったら見れずに終わってしまいそうだったので、だったら日本まで自転車で走る間に色々見て帰ろうと思いつきました。

旅をともにした相棒。自転車ショップに入って3分で購入を決めたそう Photo: Kyoko GOTO

 自転車ショップの店員さんに「日本まで帰りたい」と伝えたら真剣に車種を考えてくれて、“ママチャリ”スタイルの自転車かロードバイクの2車種を勧めてくれました。そんなに自転車に詳しくなかったので、すぐに乗りやすそうな方を選びました。購入まで入店3分くらいでした。

─これまでとはだいぶ距離の桁が違いますよね。不安はなかったですか?

:まったくなかったですね。むしろワクワク感しかなかった。まあなんとかなるだろうって(笑)。当初はヨーロッパからトルコの方に抜けて、そのまま中央アジアからその後は横へまっすぐシルクロードを辿る、という感じでざっくりとルートを考えていましたが、それもだいぶ変わっちゃいました。

フランスから日本まで旅したコース。寄り道で当初のプランが大幅に変更し、最終的な総距離数は林さん本人もわからないそう Photo: Kyoko GOTO
ウクライナ、オデッサの自転車屋にて初めてのメンテナンス。パンク修理は動画を見ながら対応しているうちに体得 提供: 林周作

 トルコに入る予定だったのが、ウクライナを経由したり、中央アジアを通って上海まで行くはずだったのが、インド人と知り合ったことを機にインドを経由して東南アジア周りで行くことになったり。最初は通算1年ちょっとの予定でしたが、寄り道が増えて最終的に2年半かかりました。まあ、中国を延々と走るよりもインドと東南アジアを回った方が絶対に幅広く色々なものが見れるだろうという思いもあったので、結果オーライです。

自転車だから触れられた現地の生活

─お菓子のある場所は行く前にネット等でリサーチするんですか?

:ほぼ行きあたりばったりです。お菓子のない街ってほとんどないので、ルート上に街があったらその街のお菓子屋を覗いたり、現地の人に教えてもらっていました。旅行者が行かないような田舎町を走るので、外国人に慣れてない人もいて、郷土菓子と一緒にそういう人たちの生活に触れられたことは印象的でした。

フランス、アルザス地方の郷土菓子「クグロフ」 ©郷土菓子研究社
トルコでは厨房を見学する機会が多かった ©郷土菓子研究社

 いまは外国に行っても滞在時間に限りがあるので電車等で回ってますけど、やっぱり自転車旅と比べて情報に枝葉ができない、情報量が広がっていかないのが寂しいところです。

─「お菓子の作り方を教えてください」というと、現地の方はどんな反応でしたか?

:質問自体はそれほど驚かれることはありませんでしたが、自転車でお菓子を巡って旅をしてることに驚かれました(笑)。作り方を教えてほしいとお願いすると快く受け入れてくれて、厨房入らせてくれることもあれば、自宅で教えてくれることもありました。民泊を利用した際に家の人から教えてもらうこともたくさんありました。

トルコの宿泊先の家庭にて ©郷土菓子研究社
中央アジアでもかき氷が食べられている ©郷土菓子研究社

─驚くようなお菓子との出会いはありましたか?

:美味しくて感動したお菓子は、トルコの「バクラヴァ」というお菓子です。薄く伸ばした生地を重ね、間に砕いたピスタチオを敷き、また薄く伸ばした生地を重ねて焼いた後にシロップをかけて食べるお菓子です。

林さんが美味しくて感動したお菓子、トルコの「バクラヴァ」 ©郷土菓子研究社
パイ生地の中にはピスタチオがぎっしり ©郷土菓子研究社

 中に使うピスタチオはトルコの中にも産地があって、ガズィアンテプという場所が名産地なんです。そこで食べたバクラヴァはもちろん、ピスタチオそのものがめちゃめちゃ美味しかったです。

─世界におけるお菓子の伝わり方に“流れ”は感じましたか?

:歴史と宗教の流れに密接な関わりを感じました。例えばオスマン帝国の勢力が大きかった時は中央アジアから中東の方まで流れていったお菓子がたくさんあって、さらに中東からヨーロッパに流れていった製法もあります。あとカステラや金平糖、卵ボーロといったポルトガルと日本が貿易していた歴史を物語るお菓子があるように、同じようにポルトガルと貿易をしていたタイに日本と共通するお菓子があります。そういう見方で世界地図を見るのも面白いです。

カンボジアのパゴダにて、修行僧と一夜を過ごす 提供: 林周作

─これまで50カ国を巡ったとのことですが、行ってない国を自転車で巡る予定は?

:行っていない国はまだまだたくさんあります。アメリカ、カナダ、ロシア、細かくいうとアフリカもモロッコ、エチオピアしか行ってないですし、UAEやサウジアラビアも行っていません。自分のお店をもち、一度に行ける時間が制限されているので自転車で巡る時間はもうないですが、できることならもう一度やってみたいと思いますね。

フランスから日本へ向かう自転車旅の途中、毎月日本に向けて発行していた自作のフリーペーパー「THE PASTRY TIME」(右)。妄想の物語の中にその土地で出会ったお菓子が出てくるという、ちょっと変わった記事。旅で見つけた郷土菓子とそのレシピも、自著『THE PASTRY COLLECTION 日本人が知らない世界の郷土菓子をめぐる旅』(郷土菓子研究社刊)で紹介している Photo: Kyoko GOTO

世界の郷土菓子で一服

─「Binowa Cafe」ではどのようなお菓子が食べられるんですか?

:様々な郷土菓子を扱いますが、いまはアゼルバイジャンのお菓子で、カルダモンの効いたクルミと粗糖のフィリングをパイ生地で包んだ餃子のような形の「シェチェルブラ」や、スイスのソフトクッキーで蜂蜜、シナモン、クローブ、ナツメグ、柑橘ピール、キルシュが混ぜ込まれた「バーズラーレッカリー」など数種類の焼き菓子をご用意しています。この他に、日替わりの郷土菓子もお出ししています。

「Binowa Cafe」の店内。足を踏み入れた瞬間、異国の香りが漂う。棚には林さんが世界から集めた珍しい自転車の雑貨が並ぶ Photo: Kyoko GOTO
手前から、スイス・バーゼルのソフトクッキー「バーズラーレッカリー」、アゼルバイジャンの「シェチェルブラ」、スペイン・アンダルシアの「ボルヴォロン」 Photo: Kyoko GOTO
イギリスを代表するスコーンはクロテッドクリームとイチゴジャムを添えて現地スタイルで ©郷土菓子研究社
イギリス旅後の限定メニュー「レモンドリズル」はレモンシロップがしっとり ©郷土菓子研究社
「世界の郷土菓子で一服していってください」と林さん Photo:Kyoko GOTO

─最後に、サイクリストの皆さんに向けて一言お願いします。

:そんなに広いスペースではありませんが、お店の入り口付近にバイクラックを置いています。美味しいコーヒーも用意していますので、ぜひ都内でのサイクリングの休憩に、世界の郷土菓子で一服しにいらしてください。

Binowa Cafe

所在地:東京都渋谷区神宮前6-24-2 原宿芳村ビル2F
TEL:03-6450-5369
営業時間:平日14時~20時、土日祝12時~18時
定休日:月4日(不定休)→(Twitterにてお知らせ)
店舗URL:https://www.kyodogashi-kenkyusha.com/
【MAP】

「自転車Welcome café」募集中!

連載『Cyclist印の自転車Welcome café』では全国の“サイクリストウェルカム”なカフェ(飲食店)を紹介しています。バイクラックを設置していたり、はらペコサイクリストのおなかを満たす名物メニューがあったり、さらにはオーナー自身がバリバリのサイクリストだったり…。サイクリストを歓迎する要素があり、かつ『Cyclist』で紹介してほしいという店舗は以下のフォーマットから詳細をご確認の上、店舗情報・PRコメントなどを入力してください。

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