砂田弓弦さん注目・2019年のニュース世界選U23のニールス・エークホフの失格処分に見るロードレースのルールの在り方

by 砂田弓弦 / Yuzuru SUNADA
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 2019年も残すところあとわずか。年末企画として、『Cyclist』執筆陣が選ぶ「今年の注目ニュース」をお届けします。フォトグラファーの砂田弓弦さんが注目したのは「世界選手権男子アンダー23で1位ゴールをしたニールス・エークホフの失格処分に関する裁定について」です。砂田さんの指摘は、ロードレースのルールの在り方を考えさせるものとなっています。

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失格処分となったニールス・エークホフ

 今年、最も印象に残っているのは、9月下旬にイギリス・マンチェスターで行われた世界選手権男子アンダー23のレースにおいて、1位でゴールしたオランダのニールス・エークホフが失格になった事件だ。レース終了後のビデオ判定の結果、チームカーの後ろで長時間にわたるドラフティングが認められて優勝が取り消されたのだ。

今年の世界選U23で1着ゴールしたニールス・エークホフ。しかし、このあと失格処分が下された Photo : Yuzuru SUNADA

 UCIは、これまでもテレビ放送で不正が確認された場合にそれを判断材料とすることを行ってきたが、今は映像受信専用のクルマをゴール付近に配置し、テレビ放送で視聴者に流されていない映像も分析している。エークホフがなぜ失格になったかを理解できない声に配慮し、UCIはこの映像を公開した。それは大会側のオートバイに付けられたカメラの映像だった。

 たしかにチームカーの後ろについて走っている。彼がもし力尽きて遅れてしまい、それを取り戻すためにチームカーの後ろに長時間回ったのだとしたら失格になって当然である。しかし、エークホフは落車したあとの復帰だった。

集団後方はドラフティングだらけ

 僕は多くのロードレースをオートバイから撮影している。現場にもっとも近い位置にいる人間の一人だ。だから、普段はテレビで流されないことも見ている。テレビ放送では数台のテレビカメラが入っているが、テレビで放映されるのは主に逃げている選手やアタックした選手、それからメインの集団である。

 ところが、集団の後ろではチームカーを風除けにして走る選手だらけなのだ。それはパンクや落車といったトラブル、立ち小便などで立ち止まった場合の集団への復帰。それからチームカーからボトルをもらってチームメートに渡すための集団への復帰などのときには、ドラフティングは当たり前に行われている。

落車したあと、チームカーの後ろについて集団復帰を試みる選手 Photo : Yuzuru SUNADA

 今回、エークホフはチームカーを使って集団に復帰するのに長時間、しかも速いスピードだったというが、そんなことはすべてのレースでどの選手もやっているし、他のチームカーだってそれを助ける。

 後ろについた時間やスピードなんか関係なく、集団に復帰できるまで続けられる。UCIが公開した映像を見て、失格になって当然という声をSNS等で見たが、そういう人たちは普段テレビでレースを見ているだけであって、実際のレースを知らない人ばかりだ。

元プロ選手らの声

 実際、ベルギーの新聞のウェブ版に、元プロ選手がこの映像を見てコメントしていた。タイトルは「だから何?」というものだ。一体、何が悪いのか理解できないという意味だ。

 また、このレースでオートバイに乗ってレースを調整する係の担当者は、普段はジロやミラノ~サンレモなどでも同じ業務をやっている。

 僕はレース後、彼に「あの判定はおかしいだろ?」と聞いた。すると彼は、「オレは審判じゃないから、意見を言う立場じゃないよ」と言った。

 「何言っているんだ。お前はプロ選手としても走っていたし、普段のレースもよく知っている。あれが不正じゃないことは分かっているだろ」と僕が言うと、「たしかに彼は力尽きて集団から切れたわけじゃない。落車だったから…」と返してきた。

 「同じ裁定がジロで下されるなら、ミラノにゴールできる選手は10人ほどしかいないよ」と僕が言うと、彼はついに観念して、「その通りだ」と言った。

ルールブックに書かれないロードレースの精神性

 今回の世界選、最終的には審判長の判断だったと思う。僕は直接この人を知らないが、世界選のチーフを務めるとなれば、相当の場数を踏んでいるはずだ。だからレースの内情を知らないはずがない。おそらく映像が残っている以上、ルールに照らし合わせて失格は仕方がないという苦渋の決を下したのだと推測する。

 しかし、普段は審判たちもこうした自転車界の慣習をあえて見逃しているのだ。たとえばある年のジロで、一人の選手がペダルから足が外れてしまった。ちょうどそのとき集団は一列棒状でハイスピード。その選手はたちまち遅れだした。するとオランダのマルティン、彼はかなりの経験を持ち、グランツールでチーフを何度も務めている審判だが、運転手に指示して彼の乗る審判長車をその選手の前に入れ、風除けになって集団に戻してやるのを見た。

 また今年のジロで、逃げグループに入っている選手がパンクで遅れた。そのとき、当然のことながらチームカーが彼の前に入って再び逃げ集団に戻したのだが、そこを撮っていたテレビカメラに対し、オートバイに乗った審判が、「おい、あんまりこうしたところを撮るな」と言って、テレビカメラを行かせた。

 ロードレースにはルールブックに書かれていないことがある。機材の故障や落車で遅れた選手を助けるのは当然という精神的なこともその一つだ。

 ところがここにきてUCIはレースに映像による裁定を持ち込んだ結果、そうした精神的なものによって成り立っている部分にまで処分を下さなければならない状況に迫られているのだ。

 審判側の判断は通常、主観的なものである。審判だって一人の人間、見逃すこともあれば処分を科すこともある。

 しかし、もう一度繰り返すが、今回は自転車界で長年に渡って暗黙の了解で認められてきた落車の後の集団への復帰、しかもどのレースでも普通に見られる程度のドラフティングである。

 百歩譲って、今後もこうした風除け行為を失格とするならば、この世界選手権だけでなく、全部のレースでも同じ処分を下すべきだ。ルールはすべてのレース同じであるべきなのだから。

砂田弓弦
砂田弓弦(すなだ・ゆづる)

1961年9月7日、富山市生まれ。大学卒業後にイタリアに渡り、1989年から自転車競技の取材・撮影に携わる。世界のメジャーレースで、オートバイに乗っての撮影を許されている数少ないフォトグラファーの一人。多くの国のメディアに写真を提供しており、ヨーロッパの2大スポーツ新聞であるフランスのレキップ紙やイタリアのガゼッタ・デッロ・スポルト紙にも写真が掲載されている。

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