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旅サイクリスト昼間岳の地球走行録<43>自転車で感じる古代遺跡 走って分かる感動と忘れられない光景

by 昼間岳 / Gaku HIRUMA
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 自転車で世界一周をするにあたって楽しみだったのが、世界中の遺跡に行けることだ。中米のティカル、南米のマチュピチュ、エジプトのピラミッドなどあげたらきりがない。特にマチュピチュは多くの人と同じように、一番行ってみたい遺跡だった。

朝もやが徐々に晴れていくマチュピチュ。下からは全く遺跡は見えず、数百年のあいだ人々に忘れ去られたのも頷ける Photo: Gaku HIRUMA

唐突に示されるインカ道

 尾根にひっそりと建つマチュピチュは期待通りの素晴らしい遺跡だったが、周辺にあるインカの遺跡も見事だった。特に南米に張り巡らされたというインカ道は、遠くアルゼンチンのオフロードの峠を必死に上っていると、この道がインカ道だと言う標識がふと出てくることがある。今までの疲れを忘れ、しばし古代のロマンに浸っていると、インカ帝国がどれほど強大だったのかも手に取るように分かった。

インカの首都クスコから遠く離れたアルゼンチンの峠道で、インカ道に出会うとそれだけで疲れを忘れる Photo: Gaku HIRUMA

 それに実際に走ってみると、世界各地に全く知らなかった遺跡が数多くあることに驚く。中米のマヤ・アステカ、南米のインカなど、南北アメリカ大陸の遺跡には共通点が多かったが、海を越え、ヨーロッパやエジプトなどとは全く違う構造になるのも面白い発見のひとつだった。

 遺跡を観光するには拠点になる町まで行って、公共交通機関などを使っていく。当然自転車で入れる遺跡はない。

自転車で走れる唯一の遺跡

 ただ自転車で走り、辿り着いて良かったと思ったのが、南米のナスカの地上絵と中東のヨルダンにあるペトラ遺跡だ。

 ナスカの地上絵は唯一自転車で走れる遺跡と言っていい。国道のパンアメリカンハイウェイがナスカの地上絵のあるフマナ平原を横切っているからだ。ナスカの手前の街パルパから20km、視界の開けない谷をダラダラと上って最後に小高い丘を越えると、突然ナスカの地上絵のある広大なフマナ平原が広がっている。当然自転車からでは地上絵は見えず、単なる平原だ。だけど、あのナスカの地上絵にアラスカから自転車でたどり着いたという感動はひとしおだった。

ナスカの地上絵の標識。地上絵は当然自転車からは見えないが、憧れの地上絵のすぐ脇を走っているだけでも、興奮が収まらない Photo: Gaku HIRUMA

 その地上絵のちょうど中心地付近には、ナスカの地上絵の研究と保護に尽力したマリア・ライへ博士が設置したミラドール(展望台)がある。観光客に地上絵を見てもらうのと、踏み荒らすような心無い人たちの監視のためだ。年季の入った階段を一段一段上っていくと、近くにある「手」と「木」の地上絵が見える。

 初めは地面に掘られた単なる溝がなんだか全く解らなかったが、階段を上るにつれて段々と立体的に浮かび上がる様に地上絵が見え、心が躍った。正直バスで来たらそこまでの感覚は無かったと思う。自転車で辿り着いたからこそ、ミラドールから見る地上絵はとても力強く、感動的だった。この後セスナから有名な「ハチドリ」や「コンドル」「サル」などを観たが、ミラドールから観た地上絵には敵わなかった。

細い谷先に現れるエルハネズ

 次に中東のペトラ遺跡。ここは映画『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』のロケ地になった有名な遺跡で、中学生の頃観た『インディ・ジョーンズ』の舞台が実際に存在すると知った時、いつかは絶対に行ってみたいと思ったものだ。

 中東のヨルダンの首都アンマンから広大な谷を貫くキングスハイウェイをひた走り、ペトラ遺跡の拠点の町ワディムーサに辿り着いた。いつものように宿をとり、早朝にペトラへ向かったが、ペトラは早朝に行っても全て見きれないほど広大だった。

ヨルダンにあるペトラ遺跡。これほどまでにドラマチックに出現する遺跡は世界でここしかないと思う Photo: Gaku HIRUMA

 入口のゲートをくぐって「シーク」と呼ばれる細くて枯れた渓谷の底を歩く。幅は狭いところで約2m程しかなく、迫りくる両側の絶壁は迫力満点だ。そして細い谷の先に、神殿のようなエルハズネ(宝物殿)が突然現れる様は、とてもドラマチックで深い渓谷の先にあるとは到底信じられない美しさだった。遺跡と言うよりも、「映画のセットをそのまま残している」と言われた方がしっくりくるほどの衝撃だ。

 そしてエルハズネの先には、細い渓谷の先にあるとは思えない程の広大な古代都市が広がっている。もともとペトラは、遊牧民であるナバテア人がシルクロードの隊商交易の要所として作ったと言われているが、その後ローマに征服されているので、円形競技場やローマ風の建築物も数多い。

広大な遺跡が数百年忘れ去られた理由

 歴史ではローマ征服後の大地震によって荒廃し、その後完全に放棄され、数百年たった1812年に再発見されるまで人々から忘れ去れている。僕はこの古代遺跡が数百年の間人々に忘れ去られ、再発見されるという類の遺跡にロマンを感じて大好きだった。

 しかしながらジャングルにのまれた中米のティカルや、山の尾根にひっりと建つマチュピチュなら忘れ去られるのもうなずけるが、交通の要所にある広大な遺跡が数百年もの間見つからなかったのがとても不思議でならなかった。

広大な敷地を持つにもかかわらず、ペトラ遺跡は不思議なことに外部からは全く見えなかった。画面中央左に遺跡に続く渓谷が見えるだけだ Photo: Gaku HIRUMA

 でも翌日自転車で町から出て小高い丘に上った時、人々に見つからなかった理由が分かった。ペトラ遺跡がある方をいくら見ても遺跡が全く見えないのだ。良く見ると入口の渓谷だけが細々と見えるだけで、あれほどの広大な敷地を誇るペトラ遺跡が全く見えないというのは、本当に驚きだった。バスや車では一瞬で通り過ぎてしまう風景の中に、忘れられない光景があるのは自転車旅をしてきて良かったと思う瞬間だ。

昼間岳昼間岳(ひるま・がく)

小学生の時に自転車で旅する青年を見て、自転車で世界一周するという夢を抱いた。大学時代は国内外を旅し、卒業後は自転車店に勤務。2009年に念願だった自転車世界一周へ出発した。5年8カ月をかけてたくさんの出会いや感動、経験を自転車に載せながら、世界60カ国を走破。2015年4月に帰国した。『Cyclist』ではこれまでに「旅サイクリスト昼間岳の地球写真館」を連載。ブログ「Take it easy!!

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