過酷なレースでペア初完走夫婦で駆け抜けた7400km、道なき道を進んだ獲得標高8万メートル「ノールカップタリファレース」②

  • 一覧

 ヨーロッパの最北端から最南端まで約7400kmのコースを走る耐久レース、「ノールカップタリファレース」に挑戦したスーレ・ユミさんのリポート後編は、スイス~ゴールのスペイン・タリファ編をお届けします。日本人女性とフランス人の旦那さん夫婦は、走行距離・獲得標高共に異常なレースをどう乗り越えたのでしょうか。

←夫婦で駆け抜けた7400km、獲得標高8万m「ノールカップタリファレース」①

7月22日、最終チェックポイントのピコデベレタ頂上で他のサイクリストと再会 Photo: Jean-Philippe

◇         ◇

スイス、イタリア、フランス

走行距離 1,781km
獲得標高 22,755m
走行日数 8日

一般サポーターの予想外な応援

スイスからアンドラ公国までの走行ルート

 バイク修理で失った2日間をアルプス山脈で取り戻そうと意気込みます。アルプスは仕事(サイクリングツアー)で訪れることが多く、山岳レースでも上り慣れている山々。スイスに入ってから気持ちにも余裕が出てきました。オーベラルプ峠(標高2046m)とサンゴタール峠(標高2108m)を目指します。これまでの延々と続いたヒルクライムから超級山岳ステージへ突入。頂上に近づくにつれて強風雨になりました。

イタリア ・ラヴェノ。超級山岳アタック前に荷物の減量 Photo: Jean-Philippe Soulé
スイス ・サンゴタール峠(標高2108m)の頂上 Photo: Jean-Philippe Soulé

 2つの峠を越えた先、イタリアのマッジョーレ湖では手を振る人が……。

 「ユミ~!ユミ~!」と見知らない人が私の名前を叫んでいます!

 「私はこの近くに住むサイクリストで、あなた達をずっと応援していたのよ。調子はどう? 必要なものはない?」そう言うと車のトランクから、スペアチューブやポンプなどを取り出したのです。思いもよらぬ応援に大変勇気づけられました。

イタリア ・マッジョーレ湖 。美しい景色は見逃さずに記念撮影! Photo: Jean-Philippe Soulé

 このレースでは決められたルートを走行するのが原則で、参加者には衛星アンテナのGPSトラッカーを持つことが義務づけられています。そしてGPSの位置情報は主催者や参加者、有志のサポーターが現在地を追うことができる仕組みになっています。

 我々はこのGPSトラッカーで先行するサイクリストたちの現在地、走行スピード、睡眠時間などをこまめにチェックしていました。データをもとに、その日の走行距離の計画を練っていたのです。

 山岳地帯に入れば我々の得意とするところ。バイク修理でロスした時間を取り戻すのはこれからです。前方にはだかるモンブランに向かって、アオスタ渓谷を走ります。

睡魔に苦しんだプチ・サン・ベルナール

 イタリアとフランスの国境にあるプチ・サン・ベルナール峠(標高2188m)は、世界一過酷な24時間耐久レースとされる、ツールドモンブラン(走行距離330km、獲得標高8200m)に参加した際、多くのサイクリストと共に苦しんだ峠です。

イタリア ・アオスタ。モンブランを目前にプチサンベルナールに向かって走行 Photo: Jean-Philippe Soulé

 しかし今回の敵は、標高より睡魔でした。1日の平均睡眠時間はノルウェーとフィンランドで約2時間、それ以外は約3.5時間ほどです。走りながら適度な場所を探し出し、ビヴィーバッグを広げて眠りました。日中睡魔に襲われたときは、道脇の平坦な草むらやバス停のベンチで10分だけ昼寝をしました。

 どんなに雨に打たれていようが、空腹であろうが、呼吸を整えながら山を上っていようが、集中して下っていようが、幾度となく睡魔に襲われたのです。

 調子よく上り始めたプチ・サン・ベルナール。とても辛い上りですが睡魔はそれよりもきつく、意識が遠のいては頭を振り、頰を思いっきり叩いて頂上を目指しました。

 そしてフランス。我々のホームグラウンドです。今年は記録的な猛暑に見舞われたため、早朝と夜間の走行距離を長めに設定。ヘッドライトの充電に細心の注意を払いながら、一気にイズラン峠(標高2764m)を目指しました。

 先を走るサイクリスト達との距離は最長で300kmでしたが、それをフランス・アルプスで挽回。とうとう80kmまで縮めました。あとひと踏ん張り。上る、ひたすら上るのみです。

 イズラン峠は全長47kmの超級山岳。猛暑の影響で太陽は真上から照りつけ、剣山のように鋭い日差しを全身で受けました。普段は避けて通りたい長く薄暗いトンネルが唯一の逃げ場です。

 トンネルでは追い越し際に徐行した車が、次々とクラクションを鳴らし「アレ~、アレ~」と声援を送ってくれたので、私は満面の笑顔で手を振って、意気揚々とトンネルを抜けました。

夜間アロス峠(標高2250m)を目指すも、ヘッドライトバッテリー切れで中断。日の出まで仮眠した  Photo: Jean-Philippe Soulé

 フランスとスペインを区切るピレネー山脈の中腹に、アンドラ公国という小さな国があります。夕方6時、フランス側からエンバリラ峠 2407mを上り始めました。気温が下がり快適です。いつもは観光客で渋滞している道路が空いていたのは、我々の狙いどおりです。

 エンバリラ峠を上り始めるまえに、累積標高は2400mに達していましたが、ここから標高差1600m、全長35kmの長いヒルクライムです。頑張りどきですが、ラスト9kmのサインから急に足が重くなりました。

 スタートする前には想像が及ばなかった獲得標高8万m。ノルウェーから気が遠くなるほど山を上り、数値の異常さを足で理解しました。

 日没寸前になんとか頂上に到着。ジャージは汗でグッショリと濡れていましたが、ジャケットを一枚羽織ってヘッドライトが消えないうちに急いで下りました。途中悪寒が走ってもスルーしたせいか、翌日はこの無理が祟ることに。

スペイン入国、レース終盤へ

アンドラ公国からゴール地、スペイン・タリファまでのルート

 次の日の早朝に15カ国目、そしてレースで訪れる最後の国スペインに入りました。昨日の悪寒は喉の違和感へと変化。咳が止まらず、話すことができないほどに声が枯れ、絶望的な体調にゴールが遠のく思いです。しかし今まで以上に斜度の厳しい坂道が待ち構えるアンダルシア地方へ向かいます。

アンドラ、スペイン

走行距離 1,554km
獲得標高 19,762m
走行日数 7日

 最終チェックポイント、シエラネバダ山脈のピコデベレタ(ベレタ山、標高3398m)まで、あと1100km。早朝から夜間まで休むことなく走り続けます。上りが延々と続き、やがて激坂のオフロード区間へ突入。スタートしてから幾度となく乗り越えてきた未舗装路にもう愚痴ることはありません。黙ってペダルをこぐのみです。

オフロード走行で6回のパンク修理 Photo: Yumi Soulé

 あまりにも路面の状態がひどいときは、パンクを避けるためにバイクを押して歩きます。すでにスペアタイヤを使い切っていました。付近にはバイク店もありません。

 流れの激しい川に、行く手を阻まれました。GPSで確認すると、間違いなく定められたコースです。私たちが躊躇していると、1台の4WD車が川を渡りました。
 
思ったより深くはないようなので、バイクを抱えて、流れに足を取られぬよう慎重に水のなかを歩きます。さらに進むと、さきほどの4WD車がパンクしていました。川をモノともしない車にして、往生させる路面のひどさです。

 つくづく、18kgのバイクで急な斜面を上るのは大変だと感じました。普段はよくするダンシングも、思うようにできません。腰に違和感を感じていました。暑さに強い私ですが、これほど暑さに苦しんだことはありません。

レース参加者との再会

 最終チェックポイントであるピコデベレタ(標高3398m)は、ヨーロッパの舗装道路最高峰です。グラナダから頂上まで全長43km、標高差2700mのジャイアントクライムの最後は、2kmのグラベルロードになっています。

ピコデベレタ(標高3398m)頂上までの2kmはグラベルロードになっている Photo: Jean-Philippe Soulé

 グラナダで腹ごしらえをして気温が下がった夕方から上り始めました。最終チェックポイントにはルールがあり、デイライトのもとに登頂しなければならないのです。

 標高が高くなるにつれ、風が強くなって体温を奪い、咳が止まらなくなりました。ジャケットとネックウォーマーを身につけ、ひたすら上り続けます。

 静まりかえった、シエラネバダ山脈。相方が言いました。

「もう全員追い越したよ」

「みんな後ろにいるよ」

 スペインに入ってから、GPSトラッカーのチェックをやめていました。スペインは、これまでの悪状況、悪条件をすべて凝縮した最悪の1500kmで、精神的にいっぱいでした。先行するサイクリストたちが気になりながらも、気にしないようにしていたのです。

 激しい上り坂とオフロードに加えて、記録的な猛暑と体調不良。完走することだけに集中しないと、崩れそうでした。

 日が沈みました。眼下に光るのがグラナダです。

 その晩は、ヘッドライトを使わずに限界まで走りました。翌朝は日の出とともに頂上到着を目指すので、早朝走行のためにバッテリーの節約です。

 最終チェックポイントは「先頭でたどり着くぞ!」と、闘争心に火がつきました。

ピコデベレタの頂上までラスト1km Photo: Jean-Philippe Soulé

 7月22日、最終チェックポイントのピコデベレタ(標高3398m)に到着。GPSトラッカーの2つのドットは、頂上間近まで迫ってきています。彼らの到着を待ち、フィンランド以来の再会です。静かな苦笑いを浮かべて、手を差し出してきました。

 握手を交わして、しばらくの沈黙。

「よく追い上げたね〜」

ギリシャ人の消防士がそう言って、風邪薬をくれました。

グラナダへの長い下り。頂上を目指すサイクリストとすれ違います。ひとり、またもうひとり…。

 彼らの姿を見て私の競争心は消えました。久しぶりに見たライバルたちもあの長い険しい道のりを超えてきたのかと思えば、チームメートに会ったような懐かしさです。

 苦しいオフロードを抜けるといよいよゴールの街が近づいてきました。「もうすぐ終わる!」という安堵感と、「これで終わってしまうの?」という寂しさが入り混じりました。

限界に挑戦して思うこと

 スタートして33日目の7月23日、ようやくタリファ到着しました。我々は目標だったノールカップタリファレースの初代ペア完走を成し遂げ、過酷な耐久レース、私たちのバイクアドベンチャーを終わりました。

 ゴールしたのは27人中11人。ペアエントリーはソロより難しいと身をもって実感しましたが、ペアだったからこそ笑って乗り越えられた窮地がたくさんあります。

タリファ到着! ペア完走を成し遂げた Photo: Andi Buchs

 レースが始まる前から一度も想像しなかったのは、完走できなかったときのことでした。ゴールまで走り続ける、それが私が私自身に与えた、ただひとつの選択肢でした。完走する自信はありました。その過程で自分の限界を試してみたかったのです。

 ゴールして思うのは、人間の能力に限界はない。限界は自分が作るもの。結果は自分の選択が生み出すもの。

 ノールカップをスタートした日が、遠い昔のようです。

装備を外した愛車。頼りないほどに軽くなったバイクに不慣れさを感じながら、リカバリーライドへ。握力が戻らない右手。レース中の癖が抜けず、目はいつもガソリンスタンドとよく寝れそうな平らな芝地を探しています。

 家に戻り、真っ先に登山用の強力ヘッドライトを買いました。使う予定はありませんが、いつもフル充電。準備万端です。

福光俊介
Soulé Yumi (スーレ・ユミ)

福岡県出身、フランス在住。日本でスペイン語を専攻。卒業後、中南米へ渡る。20代後半、結婚を機にアメリカのシアトルに移住。ロードレース、クリテリウムをしていた夫の影響で、ロードバイクを始める。シアトルでサイクリングクラブを発足。数多くのサイクリングイベントを企画運営、コーディネート、夫の故郷であるフランスピレネー地方に頻繁に訪れ、ピレネー山脈、ロードバイクの世界に傾倒。2007年、サイクリングツアー会社VéloTopo を設立。ピレネー山脈トゥールマレ峠の麓に拠点をおき、フランス、スペイン、イタリア、スイスの山岳地帯を中心にカスタムサイクリングツアーを企画提供。ツールドフランス、ジロデイタリア、ブエルタで馴染み深いヨーロッパ。サイクリングの魅力を発信中。ピレネーに移住してから、本格的に山岳アマチュアレースに出場。近年は、ルションバイヨン(320km/6000m) 女性部門1位で完走。ツールドモンブラン(330km/8200m) 4位で日本人初の完走。2019年ノールカップタリファ(7400km/80.000m) 大会初のペア完走タイトルを獲得。ロードバイクだけに留まらず、マウンテンバイク、クロスカントリースキー、トレイルランも奮闘中。趣味は料理。アスリートフードを勉強中。

この記事のコメント

利用規約順守の上ご投稿ください。

関連記事

この記事のタグ

ブルベ ロングライド

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載