連載第7回(全21回) ロードレース小説「アウター×トップ」 第7話「昇格と落車」

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 白石峠の練習から2週間が過ぎ、富士山ヒルクライムの開催日が来た。全長11.4km、標高差1200m、平均勾配10%、最大勾配22%とコースになっている「あざみライン」はクライマー試練の地だ。悠宇は幾度か上ったことがあり、去年も実業団レースで走り、その厳しさを知っている。

 今回も雄一郎(悠宇の父)に車を出して貰い、集合場所の富士山麓にある陸上自衛隊グラウンドには朝早い時間に到着した。霧雨が降っていたが、しばらくすると止んだ。路面は濡れたままで、深い霧も立ちこめた。コンディションは悪い。だが、梅雨の時期にこの程度で済んで御の字だと思えた。E1、2、3及び女子ツアーは同じ時間帯にスタート時刻をずらして行う。プロツアーは下位クラスタのレースが全て終わった後に始まる。

 京助と悠宇は有季を交えてアップした後、バイクを押してスタート地点に向かった。悠宇は準備万端でこのレースを臨んでいたが、京助は2、3日前から体調不良の様子だった。レース前1週間は疲れを抜くために強度は維持するが、練習量を減らす。

 だが、一緒に走っていても、京助は動きにキレがなく、昨日からは目の下に隈を作っていた。明らかに疲労が蓄積している様子だった。どうしたのかと訊いてもろくな答えは返ってこず、大丈夫だの一点張りだった。早く寝て身体を休めろと言って、昨日は別れたのだが、京助は東京から富士山麓までの車中でも、爆睡していた。有季にも、体調が悪いなら出場しない方がいいとまで言われたが、京助は頑なに聞かなかった。何かしら事情があるのだろうが、話してくれないのは寂しい気がした。

 スタート地点にはもう選手が大勢集まっていて、悠宇は俄に緊張した。ヒルクライムは、平地で行われるレースとは異なる要素が多々ある。たとえば、悠宇は身長167cmと平均より低めだ。タイムトライアルや屋内のトラック競技では、身長が高い選手の方がバイクのポジション等の点で有利になるが、ヒルクライムであれば身長が低くてもハンデにならない。

 また、バイクのセッティングも普通のレースとは異なる。彼の場合、フロントのチェーンリングをシングルにし、その分、不要になったフロント・ディレーラーやワイヤー類を外し、軽量化を図っている。その他、外せるものは全て外し、バーテープまでも剥がした。サイクルコンピュータすら外したいくらいだったが、各種データが見られないのを不安に感じたので、外さなかった。また、タイヤも転がり抵抗が小さく、軽いものを選び、空気圧もメーカーの推奨値をきっちり入れた。皆、工夫できることは工夫している。当たり前のことは当たり前にやっている。それらをせずに勝てるはずがない。

 もちろんバイクだけでなく、自身の体重の軽さの要素も大きい。筋肉量が同じでも、体重が軽ければ軽いほどパワー重量比に優れる。悠宇はこのレースに合わせて体重を絞り、体脂肪を5%台にした。そこまで減らすと風邪を引きやすくなるから体調管理にも気を配った。事前にやれることはやり尽くした。後は天命を待つだけだ。

 隣にいる体調が悪そうな京助とは対照的だ。体調管理を怠るなんて、ストイックで理性的な選択を好むいつもの彼らしくない。だが、怪我さえしなければいい、と悠宇はそれ以上考えるのを止めた。

 最初にE1のレースがスタートした。前の視界が拓けると、E2の選手たちがスタートラインまで進む。E2のスタートはE1の2分後で、そのさらに2分後にE3、そして女子レースと続く。これから富士山を五合目まで駆け上るレースが始まる。ここでポイントを獲得し、来年のE1昇格を確実なものにしたい。ハンドルバーを握る手に力が入った。

 シグナルが青になり、E2のレースがスタートした。スタートで乱れることはなく、最初は緩やかな坂道を集団で上っていく。ヒルクライムでは自分のペースを乱さないことが重要だ。筋肉に余計な負担を掛けないように慎重に脚を回す。最大心拍数の90%を超えないよう回しすぎにも気を配る。

 回しすぎたら、呼吸を意識し、深く、一定のペースで吐ききって、心拍を落ち着かせる。周囲の動きに惑わされてペースを乱せば、心拍が乱れてパワーも無駄遣いして自滅する。しかし自分のペースメーカーとなるような選手が見つかれば、その選手についていく。自分一人でペースを守るより、遥かに楽に上ることができる。もちろん、勾配が緩くなり、スピードが出れば、空気抵抗も無視できない要素になり、ドラフティングをしてパワーをセーブする必要がある。だが、前の選手が自分よりも速かった場合はオーバーペースに陥る。一度オーバーペースに陥って失速すると巻き返しは難しい。ペースの見極めは極めて重要な要素だ。

 京助の姿は周りには見えない。心配だが、悠宇に振り返る余裕はない。10分ほどでE2の先頭集団が、先にスタートしていたE1の後端を捉えた。E2の先頭集団と共に、悠宇はE1のバイクの間を抜け、さらに上っていく。悠宇の目標は2分差でスタートしたE1の第2集団だ。まずはE1の第2集団に引っ張って貰う。その後は成り行き次第だ。

 距離と経過時間を確認すると、いいペースで上っているのが分かった。心拍数は安定しているし、脚も軽く、乳酸が溜まった感じもない。絶好調といってもいい。長時間、ペダリングをし続けなければならないヒルクライムでは、高い心肺機能と乳酸耐性が必要になる。受験明けだった昨年のレースでは成績を残せなかったが、今はいけると確信した。

 しかしふと、こう考えてしまう。(こんなに苦しいのに、何をやってるんだろうな、僕は)。幾らペースが良くても、肺は痛いし、腕も脚も鈍い熱さがある。ただ、苦しい。だが、別の自分が答える。(苦しいからこそだ。あの峰はこんな程度の苦しさじゃ行けないんだから)。悠宇は深い霧の向こう側に、ラルプ・デュエズを見る。

 世の中に、面白いことはいっぱいあるだろう。ゲームをやったり、女の子と遊んだり、酒を飲んだり、ギャンブルやったり、人生を楽しめるものは数え切れないほどある。だが、それが何だというのだろう。己の身を削る努力と代償を払わなければ、今この場にはいられない。このレースで戦えない。自分は特別な存在ではない。が、ロードレースの世界は、とびきり特別な世界だ。その世界で勝つことは、極上の歓喜だと信じていた。

 悠宇は霧の中に小さな車影を幾つか発見し、抜いたE1選手の数から推測するに先頭集団から遅れた10位以内の選手たちだと見当をつける。そして勾配がきつくなったところでアタックを掛け、第2集団から抜け出す。坂は短い時間で上りきった方が、平均速度を下げずに済む。また、勾配がきつければ当然スピードが落ちており、空気抵抗の要素が薄れる。そうなると後ろにつかれてもドラフティング効果が弱いため、地力の差が出て引き離すことができる。故に、急勾配でのアタックは成功する可能性が高い。実際、アタックに反応する選手がいたが、追いつかれなかった。

 悠宇は先行する4人の小集団を捉え、無事合流した。この小集団は実に良いペースで上っており、恐らく50分を切る記録を持つクライマーたちだと思われた。その後、悠宇は彼らにずっとしがみつき、いよいよラスト700mまでたどり着いた。大きく息を吐き、心拍を落ち着かせた後、悠宇は渾身の力を込めて、全身の筋肉を爆発させて、最後のアタックを開始する。

 この苦しみの先に自分の未来があると信じ、最後の一滴まで力を振り絞る。だから、それからのことはあまり覚えていない。ただ、気がつくと電光掲示板の48分58秒というタイムが、目に焼き付いていた。悠宇は体力を使い放たし、ゴールライン向こうの駐車場でへたり込んだ。

 昨年のタイムと比べて、プロツアーで20位以内、E1でも2位か3位になるようなレコードだ。E2ではおそらく優勝のタイムになる。「僕は…通用するんだ」。真っ白な霧が流れる空を大の字になって見上げ、悠宇は拳を固めた。

 ロードバイクに出会ってから5年間、ずっと夢中になって打ち込んできた。1秒でも速く峠を上りたかった。1秒でも長くスプリントを続けたかった。ひたすら走り込み、食べたいものも食べず、努力をした。その成果が形になったことを心から喜ばしく思った。

 そして心拍が落ち着いてから悠宇はよろよろと立ち上がった。乳酸が脚を虐め尽くし、自分のそれではないように思われるほど重かったが、京助のゴールを見届けたかった。ゴールラインに設置された電光掲示板はもうすぐ1時間を表示しそうだった。悠宇は10分以上、倒れ込んでいたことになる。

 パイロンとコーンバーに仕切られたゴール付近に赴き、悠宇は京助の姿を探した。この前、白石峠で彼の力を見た。それからすればもう来ているはずだったが、京助も彼のバイクも見当たらない。体調不良でリタイアした可能性もある。悠宇は急に彼が心配になってきた。こんなことなら本気になって京助を説得し、今日のレースを休ませるべきだった。スタート前は自分のことだけで精いっぱいだった。今はそれが悔やまれた。

「…京助…」

 友達だと思っていた。なのに、自分は、彼を心配してやれなかった。それが悲しかった。悠宇が坂の下に目を向けると、濃い霧の中、上ってくる京助の姿を見つけた。明らかにいつもの京助ではない。京助は頭を上げず、フラフラして、今にも落車しそうだった。ここの勾配はそうでもないのに、まるで急勾配を上っている時のようだ。限界を超えて、エネルギーを使い果たしてしまったに違いなかった。

「京助! もう少しだ! 気張れ!」

 彼の意識は朦朧としていたが、周りに選手はいない。京助はなんとかゴールラインを割ったが、そのままゆっくりと慣性で進み、何もないところで落車してしまった。悠宇は大慌てで駆け寄り、京助のビンディングシューズを外した。

「立てるか?」

 バイクを横に退け、京助をその場に座らせた。京助は右肩に手を当て、決して動こうとしなかった。

「…肩がジンジンする。殴られたみたいに痛い」

「痛みが引く気配はある?」

「…ない。今まで感じたことのない痛みだ。折れてないと良いんだが…」

 苦痛に顔を歪めながら、京助は自分の肩を見た。

「京助!」

 有季の声がして振り返ると、ゴールしたばかりの女子選手たちの中に妹の姿を見つけた。驚くことに、有季は1時間10分台でゴールしていた。

「少し楽になった。休んでいたらじき歩けるようになると思う…」

 そう言ってはいたが、悠宇には彼が楽になったようには見えない。肩を激しく上下させ、血相を変えて、有季が駆け寄ってきた。

「兄貴、何やってんの?! 救護班呼んできて!」

 この場を有季に任せて、悠宇は主催者テントに走り、京助は担架で運ばれた。京助は鎖骨骨折と診断され、レースが終わるまで救護テントで休むことになった。ほぼ停止状態での落車で骨折とは運が悪い。表彰式の呼び出しが掛かり、悠宇は救護テントを後にした。

 悠宇はE2で優勝し、表彰台に上った。その間は有季が京助についていた。悠宇が戻ってくると、今度は有季が放送で呼び出された。救護テントの中でその放送を聞きながら、京助がポツリと言った。

「俺はバカだ…」

「誰だって落車くらいするさ」

 そう励ましたが、京助は首を横に振った。自分はE1への特例昇格を果たしたが、京助は骨折が治るまでレースに出られず、ポイントを貯められない。順調に行けば来年度、京助と一緒にE1に上がれると考えていたが、計算違いが起きてしまった。彼の友人として、レースのパートナーとして、これからどうすべきか、悠宇は深く考え込んでしまった。

《つづく》

※本作品は株式会社KADOKAWA刊・メディアワークス文庫「アウター×トップ」を改稿したものです。
※この物語はフィクションであり、実在の人物や団体、地域などとは関係ありません

監修:岡 泰誠(日本スポーツ協会公認自転車競技コーチ)コスモス パフォーマンス コンサルティング

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