フランス在住・SOULEユミさんのリポート夫婦で駆け抜けた7400km、獲得標高8万メートル「ノールカップタリファレース」①

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 ヨーロッパの最北端から最南端まで約7400kmのコースを走るという耐久レース「ノールカップタリファレース」が6月に開催されました。日本人女性として、フランス人の旦那さんとペアで初参加したスーレ・ユミさんのリポートをお届けします。スーパーハードなイベントながら、普段のロングライドにも使える装備のヒント、そして普段の生活にも勇気を与えてくれるようなポジティブな言葉がいっぱいです。是非ご一読ください。

日本人として初めて「ノールカップタリファレース」に挑戦したスーレ・ユミさんと夫のジャン・フィリップ・スーレさん夫妻 Photo: Yumi Soulé

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今年2回目のウルトラレース

 6月20日の午前零時、ヨーロッパ最北端ノルウェーのノールカップ。立ち込めていた霧は晴れたものの、気温は4℃。すべての防寒着を着て、スタートしました。

 開催第2回目を迎えたノールカップタリファレース。過酷な耐久レースとして、ウルトラサイクリストの話題をさらった大会です。その距離7400km、獲得標高は8万m。ゴールは、スペインのタリファ。ヨーロッパの最北端から最南端を目指すコースは、多くのオフロードを含み、アルプスとピレネーのふたつの山脈を越えます。他のレースとは比べうることのない、桁違いに厳しい標高越えなのです。15カ国にまたがりながらの完全セルフサポートレースは、各種メディアに取り上げられました。

スタート地点のノルウェー・ノールカップ 午後11時過ぎ、白夜の中、記念撮影 Photo: Jean-Philippe Soulé

女性は4人参加、他競技五輪代表も

 多くの参加者は、毎年ウルトラレースで競い合っている顔見知りです。世界中のレースに参加する有名サイクリストも少なくなく、ウルトラレースの定番「トランスコンチネンタル」「トランスアメリカ」の優勝経験者も出場します。ボブスレーのトレーニングにサイクリングを取り入れた、スイスのオリンピックメダリストや、オランダのスピードスケートの国体選手までもが参加。16カ国27人(うち女性は4人)のアスリートたちが、ヨーロッパの最北端に集まりました。

ノールカップタリファレースに初挑戦したスーレ・ユミさん夫妻 Photo: Yumi Soulé 

 私はツール・ド・フランスの最難関、ピレネーのトゥールマレ峠の麓に住み、13年間、フランス、イタリア、スイス、スペインのあらゆるアマチュア山岳レースに、毎年参加しています。今回、この獲得標高8万mを超すウルトラレースに初挑戦するのは、ふたつの理由があります。ひとつは、自分の限界を試してみたかったこと。ふたつ目は、大会初のペアー完走タイトルの獲得。フランス人の夫とともに、多くの人が不可能と断言する、ペアー完走を狙います。

 使用したバイクは、フランスの「LOOK 675」。長距離走行時の頻繁な悪天候とオフロードを考慮し、ディスクブレーキ仕様の新しいグラベルバイクを検討しましたが、乗り馴れたバイクを選びました。ここ4年間、数々のレースで苦楽をともにし、ミリ単位で私のカラダに調整した愛車です。

ユミさんの愛機「LOOK 675」 Photo: Yumi Soulé 

 また、ほかのレースで愛用しているカーボンホイールは、雨天時のブレーキと重い荷物を装着した長距離標高越えから使用せず、アルミニウムに変更。タイヤは、日本製のグラベルキングタイヤ28mm幅。オフロードを意識した選択です。

 一番苦労したのは、ツーリングバッグ選びです。私は欧米人に比べて小柄なので、バイクフレームは49サイズ。これに合うバッグが、なかなか見つからなかったのです。リサーチと有名ブランドへの問い合わせは数カ月にもおよび、レース直前まで走行テストを繰り返しました。

 その甲斐があって、私のバイクにも装着可能、満足いく容量も確保した、走行時の安定性が抜群に良いツーリングバッグに巡り合えました。

完走のための装備と減量の狭間で

ユミさんの全装備 Photo: Yumi Soulé 

 装着したバッグは、フロント、サドル、ダウンチューブの上下にステムバッグを1つずつ。サイクリングウェアは上下2着ずつ、レインジャケット、冬用ジャケット、グローブ、アームウォーマー、レッグウォーマー、ネックウォーマー。工具は、最低限に絞り、タイヤレバー、小さめトルクレンチ、チェーンブレーカー、CO2カートリッジ、パンク修理パッチキット、タイヤの切れ端(パンク修理用)を用意しました。スペアは、チューブ、タイヤ、ブレーキパッド、チェーン、ディレーラーハンガーをひとつずつ、オイル1本。そのほか、充電器、スリーピングバッグ、ビヴィーバッグ、常備薬。ありとあらゆるバッグの隙間に、補給食、エレクトロライトタブレットを詰め込みました。

 バイクを含む総重量は、約18kg。レースは、装備の減量から始まっていました。

イタリア〜ラヴェノでの超級山岳アタック前では、荷物の減量に四苦八苦 Photo: Jean-Philippe Soulé

 ノールカップの午前零時は白夜でした。疲れているのか、覚醒しすぎているのか、心身の感覚がありません。準備に追われて睡眠不足はピークに達し、万全とはいえない体調になってしまいました。

ノルウェー 〜ノールカップ 〜午前零時過ぎ白夜、長いバイクアドベンチャーのはじまり Photo: Jean-Philippe Soulé

 それでもヨーロッパの最北端に立ち、淡々と準備を進める他のサイクリストたちを目の前にすると、少しずつ緊張の糸が張り詰めてきました。スタートの合図とともに、ペダルを踏みます。長い、長い、バイクアドベンチャーが始まりました。

ノルウェー、フィンランド

走行距離 1763km
獲得標高 12,472m
走行日数 5日

沈まぬ太陽が意外な敵

 北欧の大地は、幻想的で壮大です。3時間おきに襲ってくる睡魔に、朦朧とする頭。夢と現実の狭間で、ただひたすらペダルを踏みます。世界一、海底部が長いノールカップトンネルをくぐりました。最深部は海面下212mもあり、全長6.87km。天井から水滴が落ちてくる、寒くて薄暗い海底です。

 スタートから10時間、約240kmの地点で初めての食事をとりました。スーパーマーケットの駐車場で、パン、クリームチーズ、ヨーグルトを飲むように食べ、他のサイクリスト達に遅れるまいと、急いで自転車に戻ります。

 レース中の食事は、コース域内でのスーパーマーケット、ガソリンスタンドです。短時間で買い、味わう暇なく体内に掻きこみます。バイクに乗っていない時の時間のロスを、いかに短くするかが重要なのです。スタートから、約410km時点。小雨が降り始め、道路の舗装が極端に悪くなりました。

 ポツンと道脇に立つ、フィンランドのサイン。2カ国目に突入します。気温は7℃。24時間、降り止むことのない雨。大量の蚊に悩まされます。お店が少なくて、食糧調達もままなりません。気が遠くなるほどアップダウンを繰り返しますが、雨に打たれて冷えた身体は、決して暖まることはありません。そして、北欧の強敵は沈まぬ太陽でした。ヘッドライトの心配をしなくて良かったのですが、体と感覚が慣れきれなかったのか、頭が朦朧として疲労が増しました。想像以上に、我々の体力を奪ったのです。

 最初のチェックポイントは、ヘルシンキです。そこまでの1763kmで、実に参加者の3分の1がリタイヤしていました。驚くと同時に、納得もしました。まだ4分の1も走っていませんが、それほどリタイヤが続出する過酷なレースなのです。

エストニア、ラトビア、リトアニア

走行距離 836km
獲得標高 2,143m
走行日数 3日

沿道から応援されたり、驚かれたり

 エストニア初日は、事前に連絡しておいたバイク店に直行しました。相方のバイク修理で丸一日を費やしたので、スタートして6日目にして初めてのホテルです。洗濯をし、ホットシャワーを浴び、ベッドに寝ます。そして翌日も雨。土砂降りの都心を抜けてから、バス停で雨宿り。朝、ホテルのスタッフからいただいたサンドイッチをほおばります。

 ときに、道行く人に声をかけられます。会話はいつも同じです。

「どこまで行くの?」
「スペイン!」
「はぁ?」

「どこからスタートしたの?」
「ノルウェー!」
「えっ?」

 驚く人もいれば、応援してくれる人も。私たちに、沿道で昼寝をしていると、差し入れをいただくこともあります。

 路面が、徐々に悪くなりました。畑が広がるなかに、ポツンポツンと点在する町。旧ソビエト連邦の面影を残す建物、商品の少ない食糧店。英語はほとんど通じず、酒ビン片手にジロジロと見てくる人も少なくありませんが、すべてが新鮮です。

 バルト3国の縦断は、私の密かな楽しみでした。ペダルを踏みながら辺りを見回すと、ワクワクします。でもそのワクワク感を邪魔したのは、悪路。たとえ凸凹でも舗装されていた道路は、やがて土と石だけのオフロードへと変わりました。

 悪路に拍車をかけたのは、手の痺れです。フィンランドから違和感のあった右手は、感覚を失っていました。力が入らず、物をつかむことさえままなりません。ブレーキ操作やギヤチェンジに支障をきたしていました。右手の握力がなくなり、18kgもあるバイクのバランスを保つのは至難の技です。路面の穴を避けながら、石や砂利の上を走っていると、絶え間ない振動で手首と腰も悲鳴をあげています。

ラトビア〜 沿道で10分間の昼寝 Photo: Jean-Philippe Soulé
リトアニア 〜 オフロード走行 Photo: Jean-Philippe Soulé

 悪路を抜けて、舗装道路に出たときの喜び!幸せもつかの間、数百メートルでまた凸凹が始まるときの、悲しみ!この繰り返しです。

 車はサイクリストが見えていないかのように、スピードを落としません。すれすれで追い抜く風圧が、我々を叩きます。疲れとストレスが、日々、溜まりました。

 バイク修理でロスした1日を取り戻すため、夜も走ることにしました。ヘッドライトを1秒でも長くもたせるために明るさを最小にしましたが、効果なくライトが切れました。運の悪いことにオフロードだったので、暗闇のなかで落車。ライトなしの夜間走行は、危険でした。道端にビヴィーバッグを広げて、夜明けを待ちます。実にもどかしい時間です。

 走行中私がいつも気にしていたのは、GPS、ライト、携帯電話の充電です。多くの参加者はダイナモをハブに取り付けて、自転車を漕ぎながら発電し充電しています。私はダイナモを使っていなかったので、モバイルバッテリーをジャージの後ろポケットに入れ、走行しながら充電。また、ガソリンスタンドを見つけてはコンセントを探し、機会あるごとに充電していました。

リトアニア 〜 オフロード走行 - パンクを避けるため歩行中 Photo: Jean-Philippe Soulé

充電不足で夜間の距離伸ばせず

 それでもヘッドライトの充電は間に合わず、早朝夜間走行を断念することが少なからずありました。ドイツとスペインでヘッドライトをひとつずつ買い足しても、充電不足の問題は解決しませんでした。装備のなかで大きな重量を占めていた充電器にもかかわらず、思うように早朝と夜間を走れなかったことは、ペース配分の大きな阻害となったのです。

 ラトビア、リトアニアと南下するにつれ、路面状況がますます悪化。比例するように、私のストレスも右ななめ上がり。疲労は、ピークに達していました。

ポーランド、チェコ共和国、ドイツ、オーストリア、リヒテンシュタイン

走行距離 1635km
獲得標高 9,965m
走行日数 7日

チェコ入国!笑っているのもつかの間、標識のあとから激坂スタート! Photo: Jean-Philippe Soulé

 何日も降り止むことのなかった雨が、上がりました。

 太陽の光がサイクリング着を乾かしてくれますが、それ以上に汗が噴き出します。突然の猛暑は、35℃を超えました。

 長いオフロード走行のせいか、激しい気温変化のせいか、体が怠くてなりません。ポーランドに入国した日は、早々に切り上げることにしました。後ろめたさを感じながら、ホテルにチェックイン。すぐに休みたかったのですが、貴重なホテル泊を無駄にはできぬと、重い体を動かして、洗濯をしました。食欲はあるものの、夕食をとる気力もなくベッドに倒れた夜です。

チェコ共和国 〜 フリドラント 〜 初めて訪れたチェコの可愛らしい街並みにうっとり Photo: Jean-Philippe Soulé

 7月1日、スタートから11日目。早朝4時にホテルを出ました。ジャージはまだ乾いていませんが、昨夜の遅れを取り戻すため贅沢は言えません。日が昇る前の薄暗い早朝。ヘッドライトはフル充電です。向かい風と横風が、容赦なく吹き付けるヒルクライム。交通量の多い道路は、吹き飛ばされないように必死でした。

ポーランド 〜 畑脇にて快適昼寝 Photo: Jean-Philippe Soulé

 ポーランド横断2日目。

 相方のバイクを修理するため、再び一日のロス。他のサイクリストに差をつけられる、焦りと苛立ち。ペアエントリーの難しさを実感します。
 
ドイツに入ります。特別に興味はなかったものの、意外に楽しんだ国です。バイエルン地方の伝統的な村々をつなぐ田舎道は、眼を見張る美しさでした。ライドもすこぶる快調。各地域で祭りがあり、ドイツの中でも独自の郷土意識が強いと言わるバイエルン文化を目のあたりにすることもできました。朝は、ガソリンスタンドのコーヒーではなく、本物のエスプレッソと本場のプレッツェル。充分にエネルギーをリチャージできた、ドイツでした。

(次回は②フランス~ゴールのタリファ編をお送りします)

福光俊介
Soulé Yumi (スーレ・ユミ)

福岡県出身、フランス在住。日本でスペイン語を専攻。卒業後、中南米へ渡る。20代後半、結婚を機にアメリカのシアトルに移住。ロードレース、クリテリウムをしていた夫の影響で、ロードバイクを始める。シアトルでサイクリングクラブを発足。数多くのサイクリングイベントを企画運営、コーディネート、夫の故郷であるフランスピレネー地方に頻繁に訪れ、ピレネー山脈、ロードバイクの世界に傾倒。2007年、サイクリングツアー会社VéloTopo を設立。ピレネー山脈トゥールマレ峠の麓に拠点をおき、フランス、スペイン、イタリア、スイスの山岳地帯を中心にカスタムサイクリングツアーを企画提供。ツールドフランス、ジロデイタリア、ブエルタで馴染み深いヨーロッパ。サイクリングの魅力を発信中。ピレネーに移住してから、本格的に山岳アマチュアレースに出場。近年は、ルションバイヨン(320km/6000m) 女性部門1位で完走。ツールドモンブラン(330km/8200m) 4位で日本人初の完走。2019年ノールカップタリファ(7400km/80.000m) 大会初のペア完走タイトルを獲得。ロードバイクだけに留まらず、マウンテンバイク、クロスカントリースキー、トレイルランも奮闘中。趣味は料理。アスリートフードを勉強中。

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