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つれづれイタリア~ノ<134>チャンピオンたちのマッサーを務めたゴッドハンド モーロにインタビュー

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 テレビをつければ、選手たちが一生懸命に自転車の上で踠いている姿が映り出されています。しかし、裏ではおびただしい数の人が自転車レースという大きな舞台を支えています。今回のテーマでは、7月に行われた東京オリンピックプレイベントの際に、イタリア代表チームのマッサーとして来日したルイジーノ・モーロにスポットを当てました。ロードレースに欠かせないマッサー、施術師になるまでの道のり、そして日本との関係についても聞いてみました。

ゴッドハンドを持つルイジーノ・モーロ Photo: Marco FAVARO

選手引退後、大学でマッサージを勉強

 モーロは選手生命は短かったものの、マッサーとして数多くの選手を担当しました。マルコ・パンターニ、ミケレ・バルトリ、パスカル・リシャーなど、歴史に残る選手がとても多いです。現在、イタリアナショナルチーム専属マッサーとして、イタリア人の大活躍を支え、イタリアナショナルチームの監督であるダヴィデ・カッサーニが大きな信頼を置いています。

――選手として短いキャリアを積みましたが、その後マッサーへ転身しました。なぜでしょうか。

モーロ:アマチュアとして成績は悪くなったので、1979年にプロになりました。ジロやツール、ヴエルタへ出場した経験もありますが、あまり成績が振るわなかったので、違う人生設計を模索しはじめ、1982年に引退を決意しました。その次に志したのがマッサーへの道です。

――いつからマッサーに転向したのでしょうか

1980年、選手時代のモーロ選手(ルイジーノ・モーロ提供)

モーロ:本格的には90年代に入ってからです。引退してすぐに国立病院でやっていた2年間のコースに通いました。午前はレッスンを受けて、午後は実際に施術を行なっていました。現在、医学大学で本格的なコースとして受けられます。最初はアマチュアチームばかりやっていました。その一つは、マルコ・パンターニが所属していたジャコバッツィです。私の家によく来ていてマッサージを受けました。最初のプロチームはItalbonifica-Navigareという小さなチームでした。その後Carrera、GB-Mg、 Mercatone Uno、Mapei、Fassa Bortolo、CSC、Liquigas、BMCそしてCCC。現在イタリアナショナルチーム男子も担当しています。

――レース時の具体的なマッサーの仕事はなんでしょう

モーロ:今回(プレオリンピック大会)、大きな移動がないので楽ですが、ステージレースではとても忙しいです。朝は午前7時から仕事が始まります。選手やスタッフのためのパニーニや補給食を用意し、レースがスタートする前に補給地点に向かうか、次のホテルに向かいます。ホテルに着いたら、選手やスタッフの荷物を各部屋に配置し、マッサージ用のベッドを用意します。ワールドツアーチームのマッサーはだいたい5人いますので、仕事を分担します。実際にマッサージしている選手は2人までです。

マッサーの仕事だけでなく、選手のサコッシュやスタッフの食事も用意します Photo: Marco FAVARO
補給ポイントで選手を待つモーロ氏。国際大会では、補給はいつも進行方向の右側です Photo: Marco FAVARO

――選手たちは落車し大きな怪我をしても、翌日はまた自転車に乗り、回復が驚くほど早いように見えます。それはなぜでしょうか

モーロ:昔と今の施術は大きく変わりました。特にINDIBA ACTIV(インディバ アクティブ)という機械との出会いは、大きな変化をもたらしました。自転車競技では、私が初めて導入したでしょう。1990年代、癌治療を目的に開発された機械らしいのですが、臨床実験を重ねるうちに、リウマチや打撲、筋肉疲労に効くとわかりました。特にマッサージができない時に使うと効果的です。例えば、打撲や傷口の場合、マッサージが不可能な場所にはこの機械を使うと修復が早くなります。リハビリにかかる時間は大きく短縮し、痛みを軽減し選手たちが素早く復帰できるようになりました。常に機械が進化し、私も毎年研修を受けています。知識があればあるほど、仕事が面白くなるものです。

※※INDIBA ACTIV(インディバ アクティブ)とは、温熱・非熱作用を併せ持つ高周波温熱機器を使用し、細胞レベルでの効率的な温熱作用及び微弱電流作用する療法に用いる機器。従来のスポーツマッサージでは難しかった深部組織(軸筋群や付属筋群、骨関節など)までをターゲットにし、ケガや痛みの予防、早期の徐痛や組織の改善、疲労回復を促す。

手慣れた動きでサコッシュを渡すモーロ氏 Photo: Marco FAVARO

日本人との繋がりも

――記憶に残る選手はいますか

モーロ:たくさんいますね。マルコ・パンターニ(イタリア)、ミケレ・バルトリ(イタリア)、パスカル・リシャー(スイス)、ロルフ・ソレンセン(デンマーク)、ペテル・サガン(スロバキア)。サガンは100年に一度しか生まれない男だと思います。今でも一番仲がいいのはバルトリ。個人的に一番真面目な選手だったと思います。

――筋肉を触る時、何を感じますか? 触っただけで選手のコンディションを把握できますか?

モーロ:そうですね。選手によります。専属選手の場合、その人の特徴や癖などがわかるようになります。例えば、練習をサボっている選手はすぐにわかりますね。レース後の脚は常にパンパンです。マッサージをしても奇跡を起こさないので、どうしようもないですね。残念なことにマッサージに対する考え方も変わりました。

 かつてはマッサージを通して、自分の体がどうなっているかを知りたい選手が多かったです。筋肉の内部の様子を感じとるためです。ですが現在、ほとんどの選手はマッサージ中に携帯電話をいじっていて、機械的にマッサージを受けています。レースに集中する選手ほど、体の変化をもっと感じとって欲しいですね。そういう選手の方が成功すると思います。

――日本との深く関わっていると聞きましたが

東京オリンピックプレイベント、再会を喜ぶ元チームメイト。左からジャンフランコ・ザナッタ(リクイガス時代のメカニック)、中野喜文さん(マッサー)、ルイジーノ・モーロ(マッサー)、永井孝樹さん(メカニック) Photo: Marco FAVARO

モーロ:そうですね。実はファッサ・ボルトロ時代にマッサーの中野喜文さん(エンネ・スポーツマッサージ治療院代表)とメカニックの永井孝樹さん(サイクルショップpositivo代表)がチームに加入しました。イタリアのプロサイクルロードチーム、リーゾ・スコッティに研修生として渡欧した2人が、チームの解体に伴ってファッサに入りました。とても印象的な二人でした。言葉がまだ上手ではなかったですが、学ぶ姿勢は素晴らしかったです。見様見真似で技術を盗み、信頼されるまで急成長しました。中野さんは指圧や針を使い、工夫しながら独自のやり方を生みだし、選手の間は高い評価を受けましたね。とにかくあの2人は低姿勢で何もかも学ぶ意欲がありました。

 面白いエピソードがあります。選手だったマッテオ・トザット(現イニオス監督)はいつも中野さんを弄っていました。でも悪質ないじめではなく、イタリア人は人のことを気に入ると、輪に入ってもらうように常にチョッカイを出します。当時の中野さんはイタリア語がうまく話せなくて、随分苦労していた時期だと思います。逆に中野さんに対する嫌がらせやいたずらが度を過ぎると、トザット自身が間に入り、中野さんをいつもかばっていました。

時速50kmを超えても確実で安全に補給を渡すモーロ氏 Photo: Marco FAVARO

――1980年から現在まで自転車競技は大きく変化したと思いますが、どう見ていますか

モーロ:スカイが来てから自転車競技は確かに大きく変わりました。最新の研究や技術、食事療法が導入され、レベルが一気に上がりました。全体的に大きな刺激になったと思います。全てのチームはスカイのやり方をみて運営方針、トレーニング方法を変えました。

 一つだけ残念なことがあります。チーム運営に必要な資金レベルが上がったので、経営に苦しむチームは増えました。でも同じことはチームMAPEIの時代もやっていました。研究や技術革新に熱心な当時の社長、ジョルジョ・スクインツィはナンバーワンになりたかったのです。ナンバーワンになりたければ、それなりの資金を投入しなければならないと言っていました。進化は止めることができないですね。

●ルイジーノ・モーロ

1956年ベッルーノ生まれ。フォルリ在住。

1978年から1982年までイタリアプロチーム
Inoxpranに所属。1983年にリハビリマッサージコースを受け、ロードレースアマチュアチームの専属マッサーに。1990年代からプロのロードチーム専属マッサーへ。

◇マッサーとしての所属チーム

1991-1992 Italbonifica-Navigare
1993-1995 Carrera
1996 Team GB-MG
1997-1998 Mercatone Uno
1999-2001 Mapei
2002-2003 Fassa Bortolo
2004 CSC
2005-2012 Liquigas
2013-2017 Cannondale
2018 BMC
2019 CCC

◇その他の主な仕事

1999年以降 世界選手権に参加
2000年以降 オリンピックに参加
2015年以降 イタリア代表チームに参加

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

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