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猪野学の“坂バカ”奮闘記<38>乗鞍の女神はついに微笑むのか? 2年越しで挑む“坂バカ”の執念<試走編>

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 夏が来ると思い出す空がある。標高2800メートル地点から見る紺碧の空。その深い青は、空の向こうに漆黒の世界がすぐそこにあることを容易に想像させる。全国の坂バカの想いが詰まった空。そう、乗鞍のゴール地点で見上げる空だ。

乗鞍ヒルクライムでクライマーたちがラストスパートをかける最後の直線 Photo: Kyoko GOTO

叩き直した心肺機能

 2年前、「マウンテンサイクリングin乗鞍」(以下、乗鞍ヒルクライム)で自己ベストを更新した時、私は紺碧の空に向って雄叫びを上げた。

2017年の乗鞍で、自己ベストタイムを4分更新し、ガッツポーズをとる筆者 Photo: Kyoko GOTO

 表彰台にあがれるわけじゃない。社会的地位が上がるわけでもない。ただ己のベストタイムを更新しただけで、なぜ心が震える程の感動が得られるのだろうか…。それは乗鞍を目指して、日々コツコツと地道に鼻水を垂らして来た人間にしか分からない。

 昨年は筋トレで腰を傷めたので、今年は真っ向勝負でただただ心肺機能を鍛えてきた。しかし初老の心肺機能は驚くほどレスポンスが遅い。去年の11月から始めて数値が上がり出したのは初春のころ、そこから何度も上げ下げを繰り返し、ようやく呼吸が乱れず250Wを出せるようになった。前は苦しかった数値が今では楽に出せる。じんわりと沸き起こる喜び。しかしこの数値では自己ベストには届かない。目標は皆の憧れ300Wだ!

心肺機能を上げるため、低酸素状態でひたすらローラーを回す筆者

 300Wを楽に出せるようになるには、それ以上の値を出すトレーニングをしなければならない。そう…高強度のインターバルだ。

 以前、世界チャンピオンのアレハンドロ・バルベルデ選手(スペイン、モビスター チーム)にインタビューした時に、どうやったらあんな化け物のような速さで坂を上れるんだ? と聞いたら、すかさず「2ミニッツ!」という返事が返って来た。当時、何の話かわからず、「カップラーメンが出来上がる時間か?」と思ったが、それは2分のインターバルトレーニングのことだったのだ。

バルベルデ師匠「2分」のお告げ

 たかが2分とお思いかも知れないが、フルもがきでの2分、これはかなり密度の濃いものになる。高い強度じゃないと意味がない。そして2分維持出来ないともっと意味がない。1分59秒でも駄目だ、2分なのだっ! だいたい1分35秒くらいで限界を迎える。そこからの25秒は目ん玉が飛び出るほど苦しいのだ!

 夏の時期は自宅のベランダが灼熱と化すため、私は近所のジムのワットバイクを使ってトレーニングしている。私の通うジムは都内のお洒落なジムとは違い、御高齢の方々が多い。ワットバイクは高い強度で漕ぐとF1の“フェラーリサウンド”のような甲高い爆音が出る。

昨年の世界選で38歳にして初勝利を獲得した、アレハンドロ・バルベルデ。まさに“中年の星”だ Photo : Yuzuru SUNADA

 静かなジムに2分だけ響く爆音。みんな「また2分野郎がもがいてやがる」ととても迷惑そうだ。しかし申し訳ないがこっちだって必死だし、ちゃんとお金を払っている。爆音を出す権利があるのだ! もちろんヒルクライムの場合は爆音だけでは駄目だ。持久力も必要なので、10分を4本などのメニューもこなす。しかし高強度のインターバルをやると持久系の出力も上がるから、やはりバルベルデがいっていたことは正解なのだ。さすが世界王者!

試走で感じた“背中の羽根”

 本番1カ月前、仕上がりを試すために乗鞍に試走に行ってみた。猛暑日のこの日は、乗鞍といえど36℃を記録した。あまり良い結果は望めなさそうだが、いざスタート! スタートから3kmほど行ったところにある「休暇村」までは、心拍の上がりをゆっくりと待つ。

本番1カ月前の乗鞍試走。さて、仕上がり具合はどうか

 すると心拍も脚も温まり始めた頃、今まで感じたことのない感覚を覚えた。1枚重いギアを回せている感じだ! おまけに呼吸も乱れていない。数年に一度だけ訪れる、背中に羽根が生えたように上れる感覚!そう!神の降臨「GOD DAY」だ!

 初めて感じる乗鞍でのスピード感。湧き上がる歓び…。ごく稀にヒルクライムの女神は微笑んでくれる。これがあるから辞められないのだ。

 9km地点の「三本滝」でサイコンを見ると19分40秒。自己ベストだ! しかし…女神の微笑みは一瞬だった。ゲレンデ区間からの激坂に入るとスピードが落ちるため、体感気温がぐっと上がる。

 暑い!ここは本当に乗鞍なのか!? 頭がクラクラし、吐き気を覚えた。「旧コンクリ坂」(冷泉小屋手前の激坂区間)で一瞬意識が飛び、一度脚を付いてしまった。今日はもう諦めようかと思ったが、自己ベストが出ているのだ…、最後まで上るべきだと再出発!

 すると13km地点にある冷泉小屋あたりから、さすがに気温が下がり始め、心拍も落ち着き出した。15km地点の位ヶ原(くらいがはら)を52分で通過。やはり失速している…。しかし、残り5kmも何とかしのぎ、1時間16分でゴール! 試走での自己ベストを1分20秒更新することができた。

ゴール後、畳平にて。果たして本番はどうなるのか?

 気温がもう少し低ければ、もっと速く上れたに違いないと悔やまれる。が、それより久々に女神が降臨した歓びが勝る。レース本番でも女神は舞い降りてきてくれるのか。なんとも不安と期待が入り交じる試走結果となったが、この記事が掲載される頃には結果は出ているであろう。

 果たして「坂バカ」は老い(47歳)に打ち勝ち、再び紺碧の空に叫ぶことが出来たのであろうか…?!

<つづく>

(画像提供:猪野学・NHK・テレコムスタッフ)

※レース当日の様子は後日、「アミノバイタル」presents『猪野学のパワーアップ奮闘記』にてご紹介します。

猪野 学猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00~18:50)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

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