今シーズン途中から休養中マルセル・キッテルが引退を表明 通算89勝を飾り一時代を築いた名スプリンターの幕引き

by あきさねゆう / Yuu AKISANE
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 プロ通算89勝、ツール・ド・フランス通算14勝など輝かしい実績を誇るマルセル・キッテル(ドイツ)が、自身のホームページや各種SNSにて自転車競技からの正式な引退を表明した。キッテルは現在31歳で、今シーズン途中にカチューシャ・アルペシンとの契約を解除して休養中だった。

5月から休養中だったマルセル・キッテルが正式に現役引退を表明した。写真は2018年さいたまクリテリウムにて Photo: Yuu AKISANE

引退の最大の理由は家族との時間か

 「ここ数カ月の最大の疑問は、トップ選手でいるために必要な犠牲を払い続けることができるのか。そして、それを続けたいのかということでした。私の答えは、ノーでした。私は競技を続けることを望んでいません。なぜなら生活の質を低下させてまで、トップ選手で居続けることへの限界を感じたからです」とキッテルは引退の理由を語っている。

 プロの自転車選手は世界中で開催されるレースに出場するため、またステージレースとなると短くても1週間、グランツールともなると3週間以上、遠征・ホテル暮らしが続く生活を強いられている。さらに、トレーニングのためにキャンプ地にこもることもあるだろう。落車や交通事故によって怪我をするだけでなく、ときには命を落とす危険とも隣り合わせだ。そういったリスクの上で、プロ選手は成り立っている。

 また、「私は単なるスポーツよりも大切なものがあると知っている。例えば将来の家族のように」とも綴っていた。というのもキッテルは休養後の6月7日に、SNS上で妻の妊娠を発表していた。

 生まれてくる子供のことを考えると、自分の生活を犠牲にしてまで、競技を続けることを難しく思うようになっていたのだろう。

 「だから、私は人生のこのタイミングで、自分の心にしたがって新しい方向に進む決断を下せることを、とても嬉しく誇りに思っています。元チームメイト、トレーナー、友人、家族、そして素晴らしい声援を送ってくれたファンの皆さんに感謝したいと思います。これからが楽しみです」とのコメントで、声明を締めた。

年間2桁は勝てるトップスプリンターの誕生

 改めてキッテルの輝かしい経歴を振り返ってみたいと思う。

2007年世界選手権ジュニア個人タイムトライアルで優勝したマルセル・キッテル Photo: Yuzuru SUNADA

 スプリンターとして数々の勝利を飾ってきたキッテルだが、2005、2006年と世界選手権ジュニア個人TT部門で連覇を果たし、2007、2010年はドイツのU23個人TT王者になるなど、キャリアの初期はタイムトライアリストとして、高いポテンシャルを見せていた。

 2009年頃からスプリンターとして徐々に頭角をあらわしはじめ、2011年にスキル・シマノでプロデビューを飾った。すると、ツール・ド・ポローニュ4勝、ブエルタ・ア・エスパーニャ1勝などワールドツアーでの勝利を含むシーズン17勝と大暴れ。2012年もシーズン13勝と勝ち続けた。

 チームがワールドチームに昇格した2013年は、ツール・ド・フランスで初のステージ優勝を含む4勝を飾り、マイヨジョーヌにも袖を通した。この年は自己最多となるシーズン16勝をあげた。

2011、2012年は土井雪広とチームメイトだった Photo: Yuzuru SUNADA
2013年ツール・ド・フランス第1ステージで勝利したキッテルは、マイヨジョーヌを獲得 Photo: Yuzuru SUNADA

 また、同年にさいたまクリテリウム出場のため初来日を果たすと、以降2018年までに計5回さいたまクリテに出場した。その端正な顔立ちも相まって、日本人ファンからの支持は絶大である。

 2014年も13勝を飾り、コンスタントに勝ち続けるトップスプリンターとして確固たる地位を築いたキッテルだったが、2015年シーズンは2月にウイルス性の感染症を患うと、3カ月近くレースから離脱を余儀なくされた。

2014年ジロ・デ・イタリア第2ステージで勝利したキッテルは、野性的なガッツポーズを繰り出す Photo: Yuzuru SUNADA

 復帰後も本来の調子から程遠いパフォーマンスが続いていたものの、7月のツール出場を目指して調整を続けていた。ところが、チーム首脳陣はキッテルをツールのメンバーから外してしまったのだ。

 結局キッテルはシーズン1勝しかあげられず、ツール出場を巡って対立したチーム首脳陣との間に溝を生むことに。また同年のブエルタで総合6位となったトム・デュムラン(オランダ)を中心にグランツール総合を目指すチームへと移行するため、チームはキッテルとの契約を解消。そうして、2016年はエティックス・クイックステップに移籍したのだった。

2年前のツールでは5勝をあげていた

 新天地でキッテルはファビオ・サバティーニ(イタリア)、トニー・マルティン(ドイツ)ら優秀なリードアウト陣に導かれ、加入1年目から勝利を量産。ジロ・デ・イタリア2勝、ツール1勝を含むシーズン12勝をあげた。

2017年ツール・ド・フランス第2ステージは、キッテルの地元ドイツをスタートし、チームの本拠地ベルギーへフィニッシュするステージだった。見事に勝利したキッテルはプレッシャーから解放され、思わず涙した Photo : Yuzuru SUNADA

 翌年はさらに磨きのかかったスプリントでライバルを圧倒。ツールではステージ5勝と大爆発。だが、高騰した年俸を支払う余力がチームにはなく、キッテルはドイツ企業がメインスポンサーについているカチューシャ・アルペシンへの移籍を決めた。

 2018年シーズンは3月のティレーノ〜アドリアティコでステージ2勝を飾ったものの、クイックステップ時代とは比較にならないほど、スプリントのキレが失われ、集団スプリント自体に絡むことが難しいレースが続いていた。

 リードアウトとの連携に問題を抱えていることを公表するなど、なかなかチームにフィットできなかった。ツールに出場したものの、第11ステージでタイムアウト。未勝利のまま大会を去った。結局、この年は先の2勝止まりに終わってしまう。

2018年ティレーノ~アドリアティコ第2ステージで勝利したキッテル Photo : Yuzuru SUNADA
どうしようもなくダサい帽子を被らされても、イケメンぶりが損なわれないキッテル。写真は2018年さいたまクリテリウム前夜祭にて Photo: Yuu AKISANE

 そして、今シーズン。シーズン2戦目のワンデーレースで見事な勝利を飾り、復活を予感させたものの、その後のレースではパッとせず。5月に入ってから、カチューシャ・アルペシンとの契約を解除して休養へと入ったのだった。

 休養後のキッテルは、ロードバイクではなくマウンテンバイクを楽しむ姿や、フランス・パリ旅行を楽しむなど、悠々自適な生活を送っていた。また、ツールではコメンテーター・リポーターとしてレース現場に登場。

2019年ツール・ド・フランス第8ステージで、レースレポーターを務めるキッテルの姿 Photo: Yuzuru SUNADA

 このことから、決して自転車競技を嫌いになったわけではなく、先の言葉のとおり競技よりも家族との時間を大切したい一心なのだと伝わってくるのではないだろうか。

 今後、具体的にどのように自転車業界と関わっていくのか不明ではあるが、また何かしらの形でファンの前に姿を見せてくれるのではないかと期待したい。

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