連載第4回(全21回) ロードレース小説「アウター×トップ」 第4話「サーキットコース」

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 月が変わり、6月がやってきた。京助たちはレースに参加するため「ツインリンクもてぎ」に来ていた。栃木県にあるツインリンクもてぎは、4輪・2輪のレースが行われるサーキットで、人力のロードバイクでもハイスピードな展開になる。今回はロードコース4.8kmキロを15周する全72kmの設定だが、ロードのワンデーレースとしては短い。プロのレースであれば、たとえば日本選手権では200kmを超える。それが特別なレースとしても、アマチュアのレースはプロと比べて断然短いのである。長距離が得意な京助にとってはまた苦しい展開になるだろう。

 京助は悠宇の父、雄一郎のワンボックスカーに拾って貰い、未明に東京を出発した。悠宇が助手席に、有季が後部座席に座っており、京助は有季の隣に座った。有季は京助に小さくあいさつをした後、すぐに瞼を閉じた。車内での会話は少なく、有季はすぐに眠ってしまい、京助も瞼を閉じた。皆が無言になるとエンジン音と深夜ラジオだけが耳に入る。

 ワンボックスカーは下道をしばらく走った後、外環道から常磐道に入った。もてぎ着の予定時刻は6時。時計は4時を回ったばかりだ。昨夜早く就寝したせいか、京助はなかなか寝つけなかった。薄く目を開けて隣を見ると、有季はまだ静かな寝息を立てていた。車窓から高速道路の照明が差し込み、横顔に陰影がくっきり浮かび上がる。有季の肩が触れ、京助は彼女の体温と身体の柔らかさを感じた。そして彼女のシャンプーと思しき、柑橘系の香りが京助の鼻をくすぐった。すると不思議と落ち着いて、京助も眠りに落ちた。

 空がすっかり明るくなった頃、もてぎに到着した。京助はまずサーキットの路面の良さと広さ、そして大きな観戦スタンドに感動した。今日はそこに観戦客の姿はないが、カーレースの時はさぞ賑やかに違いない。実業団レースは昨年度、もてぎでは開催されておらず、サーキットでのレースは3人とも初めてだ。コースに面したピットが選手に開放されており、京助たちはそこにレジャーシートを敷いて陣取った後、ローラー台でアップを開始した。

 身体が温まったところで、3人で練習走行を開始する。さすがにカーレースで使われるコースである。起伏があり、道幅も広い。公道なら4車線ほどもありそうだ。ストレートも長く、普段のレースコースとはひと味違い、面白そうではあるが、遮蔽物が少なく、風が吹くと大変になりそうだった。

 E2、E3合同のレースは一番初めに行われる。その後は女子クラスのF、プロツアー、E1の順番だ。練習走行の時間はすぐに終わり、スタート位置につく時間となった。コースに出る前、有季が言った。「レースが終わったら、屋台で食べようよ」観戦者は少ないが、参加者のためにケータリングカーが何台か駐車場に陣取っていた。栃木や茨城の地産地消のソーセージだのカレーライスだのがあり、ピット内にも美味しそうな匂いがもう漂い始めている。悠宇が笑顔で頷いた後、京助と二人揃ってスタート地点に向かった。

 スタート地点では前年の成績に基づいた、チームのゼッケン番号順に並ぶ。悠宇と隣り合わせに並び、京助は大きく深呼吸する。スタート前はいつも緊張する。それは自分の練習の成果が試されるからだが、それとまた別に、スタート時の混雑した状況に、今も慣れていないからだ。今日の参加選手は90名ほどもいる。雑談をしている選手もいれば、精神集中している選手もいた。

(落ち着け、俺)

 そう自分に言い聞かせた後、悠宇を見ると、彼は穏やかな表情で鼻歌を歌っていた。

「作戦通りやろう。公道と違って、コーナーにバンクがついてるから、コーナーでも踏んでいける。忘れないように。あと、坂は僕に任せて」

 虚勢を張っている自分と違い、京助には悠宇が平常心を保っているように見えた。サイクルコンピュータの時計表示が、残り1分を切った。カウントダウンが始まり、選手たちが一斉に、パチンとビンディングを填める。今日の目標は10位以内。自分たちがE2でも十分戦えることは、前回のレースで分かった。展開と時の運次第で3位入賞も無理ではないだろう。

 コースのゲートに設置されたシグナルが青になると先導のバイクが動き出し、集団がゆっくり前に進み始める。スタート直後は道幅いっぱいに広がる大集団になる。緩いコーナーを描く下りの後、760m、6%の坂が始まる。サンデーライダーなら辛い登坂になるが、E2の選手たちにはどうということのない傾斜だ。京助と悠宇が呼吸を乱すことはない。しかしレースがハイスピードで展開して、皆疲れた頃には、勝負を懸けるポイントになるはずだ。

 坂を上り切ると、今度は長い下りが始まった。ここで集団は細長くなり、3列になり、急にペースがあがった。集団を小さくして、力のない選手を振り落とすためだ。京助はギアをアウタートップにして、全力でクランクを回す。すぐにコーナーが近づいてくる。大回りをしたり、減速する羽目にならぬよう、自分のラインは慎重に、また、急に変更することなく、周囲の動きに目を配りながらコーナーに突入。体力を温存し、落車しない、させないための最重要事項だ。だが、同時に前にも出なければならない。少しでも前に出ておけば、次の上りで順位を落としても、パワーを使わずに済む分、楽ができるからだ。

 案の定、2連のコーナーの前で、京助の隣の選手がラインを変えて幅を寄せ、前に出ようしてきたが、京助は車間を見切って、落ち着いて自分のラインを守ってイン側を走り続け、車輪半分前に出る。抜こうとした選手は元の自分のラインに戻り、前に出るのを諦めた。2つ目のコーナーでも、京助は無理せず回り、前の選手についていく。

 コーナーを幾つか抜け、長い直線になると、さらに集団のスピードが増す。すると早くも大集団から千切れる選手が続出した。恐らくE3にエントリーしたばかりのレース初心者だろう。集団の中にいれば空気抵抗が少なくなり、力を使わずに高速走行することができる。これをドラフティング効果という。しかし集団全体の速度が上がれば力のない者は振り落とされ、後方で自分とペースが合った集団を作ることになるが、周回遅れになると失格となる。

 京助は先頭集団に食らいつき、今は20番手辺りをうろついている。ここまで集団が大きいと先頭交代(ローテーション)に加わることはまずない。斜め後ろ7時方向には悠宇の姿も見えている。しかし1周目が終わって観戦スタンド前のストレートに戻ってくると、大集団はさらに数を減らし、2列の長い列車(トレイン)になっていた。そしてコーナー後の長い上りに差し掛かると、さらに列車の長さが増した。1周目より速度が出ている分、上るのが辛いためだ。

 京助の呼吸も、俄に乱れ始めた。その時、斜め後ろにいた悠宇が、京助の隣に来た。 (ここは堪えて)。彼の背中がそう言っていた。(分かってるさ)。京助は目だけで悠宇に答えた。

 悠宇が引いてくれたお陰で京助はパワーを温存しつつ上り、先頭集団の末尾に残ることができた。レースがハイスピードで展開していたため、この6%の坂でも多くの選手がふるい落とされたが、それでもまだ50人ほどの選手がいた。

 この先は再び長い下りが始まるが、その手前の短い平坦路で登坂で落ちていた集団の速度が再び上がった。京助は必死でクランクを回し、歯を食いしばり、集団に残る。

 長い下りに入ると、さらに集団の速度が上がり、バイクの間隔も空く。空けないと咄嗟の時に反応できず、落車があった時、大事故に繋がる。落車は怖い。骨折すれば復帰まで時間がかかるし、アスファルトで剥き出しの皮膚を摺れば、摩擦で大やけどを負い、ひどいことになる。怖い。だが、やらねばならない。ネガティブな考えを変えようと京助は思う。怖いということは警戒しているということだ。警戒していれば、備えられるし、避けられる。良いことなのだ。そう自分に言い聞かせ、さらに加速する。

 下りコーナーに差し掛かり、京助は周囲の選手のラインを視界の端に入れながら、先頭の選手も警戒する。レースの展開が見えなければ動きようがないし、手を打てない。先頭の動きを把握していた甲斐があったのか、まだレース序盤だというのに、早くも先頭がペースを上げてアタックし、逃げを打ち始めたのが目に入った。既に7人だけの逃げ集団が形成され、最後の下りコーナーを回り始めていた。逃げ集団と後続の大集団との距離は50mほども空いてしまった。

(どう動くんだ?)

 京助も悠宇も、まだこの先の展開が読めない。ここで後続の大集団は、逃げ集団をそのまま行かせる(泳がす)か、しばらく様子を見るか、追うかの選択を迫られることになる。有力な選手が入っているかどうか、チームメイトの動向など、様々な選択要素があるが、これはアマチュアのE2とE3のレースである。普通は泳がす。人数が少なければ、先頭を引く回数がそれだけ多くなり、パワーとスタミナを使う。一方、大集団では先頭を引く回数が少なくなるので、一人一人がスタミナを温存できる。大集団は先頭集団が疲れ、速度が落ちたところで、追いつけばいいからだ。今回は大集団のペースが即座に上がった。実力差が大きいE2・E3のレースでは、このまま逃げ切られるパターンも十分考えられるからだ。

 そして早速、京助の目の前にいる選手が列車から千切れそうになった。列車の途中で千切れることを“中切れ”と言う。大集団をコントロールしている選手が、逃げ集団を追う選択をしたのは、大集団に残っているまだ人数が多いと判断し、力のない選手をふるい落とそうという意図もあるのだろう。

(まずい!)

 ここで中切れされると、後ろにいる京助と悠宇も一緒に大集団から落ちてしまう。悠宇には坂で頑張って貰ったし、ここは京助が前に出るしかない。京助は中切れした選手を追い抜き、集団の最後尾に追いつこうと必死でもがく。悠宇は京助に引っ張られて食らいつき、2人ともかろうじて残った。結局大集団も15人ほどに絞られ、京助たちもローテーションに加わって逃げ集団を追う。

 京助たちは逃げ集団を3周目の上りで掴まえ、再び20人強の集団となった。それから大きな動きがなかったが、最終周回に入ってからの最後の坂で、悠宇が単独で飛び出した。このアタックは当初の作戦通りだ。悠宇はダンシングを始め、基本通りペダルを踏む込む側と逆側にハンドルバーを押してバランスをとり、身体は路面に水平のまま、坂を駆け上がっていく。

 アタックを潰そうとして、3人が飛び出したが、悠宇は彼らを敵としない。登坂ではパワーウェイトレシオがものをいう。体重が軽い悠宇のFTPは、体重1kgあたり5Wを超えている。国内プロでも標準で5.3Wという。E2では圧倒的な強さで悠宇は坂を終えて下りに入る。ペースを乱され、集団からは、さらに数人の選手が千切れていく。

 幸い京助は集団で良い位置をキープし、悠宇を遠くに見ながら、下りで加速した。悠宇はこのアタックで数人の選手を集団から振り落とした。たとえ彼が逃げきれず、集団に吸収されても、ラストスプリントで敵が少なければ、それだけ京助が勝ちを拾える可能性が増す。

 連続コーナーを抜けて直線に入ると巡航速度がさらに上がり、ラスト700メートルで集団が悠宇と他二人を捉えた。そして最後のゴールスプリントに向けて、皆が集団の中でいいポジションを確保しようとする駆け引きが始まる。

 集団は最後のコーナーを、クリテリウムレースのようにハイスピードで突っ込み、辺り一面がブレーキシューの焼ける異臭とディスクのローター音で満たされる。そして内と外のコースのつなぎ目で落車が出たらしく、後ろから擬音語(オノマトペ)通りのガラガラガッシャンという音が鳴り響いた。

 振り返る余裕は、京助たちにも、他の選手たちにもない。ラスト200mを切り、スプリンターたちの時間がやってきた。彼らは一斉に集団から離れ、アタックを仕掛ける。

 今回その中には、いつもの有名チーム以外に、京助が初めて見るチームジャージが入っていた。真っ赤なそれには“Team R・A”とあり、集団の中でひときわ目を引いた。強い選手はまだ幾らでもいるのだ。

 京助はスプリントする選手の真後ろでドラフティング効果を得ながら、シッティングのを続けながら勝機を窺う。まだ脚は残してある。ゴール手前まで良いポジションをキープし、最後の最後で戦えるだけの爆発力を残しておかなければ、ロードレースでは勝てない。

 一方、坂で逃げた悠宇は速度が落ちてこのペースについていけずにいたが、今、京助がこの好位置をキープできているのは、彼のお陰だ。彼がアタックで集団から何人もの選手が落伍させたからこその展開だ。

(お前の頑張りは、決して無駄にはしないぞ)

 京助は意識して大きく空気を吐き、吸い込む動作を2、3度繰り返す。予備呼吸で全身に酸素を巡らせ、さらに速度を上げ、先行する選手をかわし、3番手につけた。肺は焼けるように熱くなり、心臓は激しく暴れる。

 苦しい。

 だが、その肉体的な苦痛を代償に、脚は凄まじいまでの高速回転を生み出す。
もし彼がサイクルコンピュータを見られたのであれば、デジタル表示は時速60km近いはずだ。そして、ついにゴール前50mに至った。

 彼の経験上、この距離が自分が最大パワーを発揮できる射程だ。瞬間的、爆発的に発揮するリン酸系の筋力は、レース中に使えるとパワーとしては最大値を誇るが、使える時間も最短だ。それ故に、疲労し、刹那の間で判断を求められるこのゴールスプリントの中でも、自分自身の力を正確に読み、自爆しないように用いなければならない。そして京助はそのタイミングを読み誤らなかった。

 変速ギアをアウタートップに入れ、ペダルを強く踏み込む。

(ここだ! 踏ん張れ!)

 肺も、脚も限界に近い。ただひたすら、苦しい。それでも京助は自分に強く言い聞かせ、前のバイクの陰から飛び出して、ゴールを狙う。コンマ数秒後、京助は愛車とともにゴールラインを踏んだ。

 しかしレースが終わっても脚は回し続けなければならない。ゴールした後続のバイクに衝突されないためだ。脚は乳酸でパンパンに膨れあがり、息も上がったまま、元に戻らない。

 同時に複数のバイクがゴールラインを踏んでおり、京助は自分が勝ったのかどうか、すぐには分からなかった。結局、京助は4位、悠宇が12位だった。まずまずの成績に京助は手応えを感じたが、待機スペースになっているピットに戻るまでの間、悠宇は悔しそうだった。

「このままだとこれより上は厳しいかな」

「そんなことない。ラストの登坂は凄かった」

 京助は悠宇の勇姿を思い出しながら、応えた。

「次回開催のレースはヒルクライムだから、僕の得意分野だ。やるしかないね」

 正確には次のレースは関西開催なので、次々回開催レースの話だ。ピットで待っていた雄一郎は、息子によくやったと声を掛け、有季は何も言わずに穏やかな表情で京助を見下ろした。

 京助は表彰台にR・Aの選手が上るのを間近て、やはり、雰囲気のある人は強いのだと思った。

 次は有季の出番だった。3人で彼女のスタートを見送った後、その場で観戦を決め込んだ。1周僅か4.8kmだ。集団はすぐに戻ってくる。展開はやはり似たり寄ったりで、2周目には長い列車が形成されていた。女子のレースでも、直線ではかなりの迫力がある。

「有季、頑張れ!」

 雄一郎が娘を見つけて大声を張り上げた。

 京助も10番手くらいに“アウター×トップ”の青いジャージを見つけた。

「良い位置にいる」

 悠宇は目を細めた。彼は妹の才能を買っていた。

 3周目以降は途中で強い風が吹いてきて、集団が大きくなっていた。スプリンターの有季は上手く集団の中に潜り込んで風をやり過ごしていた。これならラストスプリントが期待できる。

 いよいよ最終周回となり、京助は拳を固めながら集団が通り過ぎるのを見守る。

 有季はまだ10番手以内につけていた。

「踏ん張れ!」

 京助が叫ぶと、有季がちらりとこちらを見た気がした。京助は心臓が止まる思いがした。接触すれば集団落車になる。

「あいつ…」

 悠宇も有季の動きを見ていたらしく、不満そうに呟いた。そして3人はゴールライン付近で息を呑んで有季を待った。先頭が見えてきて、京助は彼女の姿を探したが、見つけられなかった。

 しかし次の瞬間、集団の中から有季が飛び出してくるのを見つけ、目を見張った。ゴールまで200mほど。早い飛び出しだったが、有力選手が揃った先頭集団の中でもそのスプリントは群を抜いて速度が乗っていた。しかしラスト50mで後続から一人が飛び出し、勝敗は分からなくなる。有季は身体に鞭を打ち続け、ゴールに飛び込んだ。

 京助の目には同着に思われた。後は電波による機械判定次第だ。

 場内放送が優勝者のゼッケンナンバーと所属チーム、そして氏名を呼び上げたが、それは有季ではなかった。しかしそれでも2位である。身体を休ませるためにゆっくり戻ってきた有季は父親から順位を聞くと悔しそうに顔を歪めた。

「勝ったと思ったんだけどな」

「レース4回目でこの成績だ。立派だぞ」

 娘を誇らしげに見る雄一郎を見て、京助は羨ましく思った。

 有季は表彰台に上り、記念撮影を済ませ、ロードバイクを押しながら駐車場に戻る。

「どうだった? アタシ、頑張ったでしょ」

 有季は京助には満面の笑みを向けた。

「ああ。格好良かった」

 ロードレースの中継を見ているとはいえ、実戦でのレース勘はまだ培われていないはずだ。なのに彼女は自分の身体能力を頼りに成績を伸ばした。心から凄いと思えた。有季は恥ずかしげな表情を浮かべ、視線を足下にやった。

 その後、京助たちは帰り支度を済ませ、E1とプロツアーのレースを、ピット前のフェンス越しに観戦した。プロツアーのレースはレベルが高く、実業団選手たちの力をひしひしと感じる。京助は先ほどの自分たちの走りと照らし合わせ、レベルアップの必要性を痛感した。

「今のままじゃ、ダメだ」

 そう呟く京助に、悠宇は力強く答える。

「でもE1だったら、今の僕たちでもきっと戦える」

「そうだな…いや、そうでなくっちゃならないんだ」

 悠宇の言葉に、京助も力強く応えた。

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ロードレース小説「アウター×トップ」 神野淳一

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