途方もない努力で道開く『絆のペダル』のモデル・宮澤崇史さんに聞く「ロードバイクと腹筋」の話<前編>

by 大澤昌弘 / Masahiro OSAWA
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 ロードバイクを速く前に進めるには体幹が欠かせない。その体幹がダメージを受けたとしたら…。母親を病から救うために生体肝移植を行い、体幹にメスを入れた元プロロード選手がいる。宮澤崇史さんだ。母を救うストーリーは『24時間テレビ42ドラマスペシャル 絆のペダル』というドラマとして8月24日に放映される。逆境に立たされた彼は何を思い、何を実行したのか。

元プロロードレーサーの宮澤崇史さんにロードレースにおける腹筋の重要さについて話を聞いた Photo: Masahiro OSAWA

手術をしないという選択肢はなかった

 宮澤さんが生体肝移植を行ったのは23歳のとき。2001年9月のことだ。メスが入ったのは腹部だった。縦・横に20cmほどはあろうかという長いもので、アルファベット「T」の字を逆さにしたような直線状の線が今でも残っている。

今も残る手術痕。ロードレースに重要な体幹にメスが入ったことになる Photo: Masahiro OSAWA

 手術によって、体に大きなダメージを受けるのは免れない。とりわけ、メスが入った腹筋は自転車を速く、前に進めるために欠かせない筋肉だ。腹筋は体幹の一部であり、体幹はロードレースのように長時間、安定的に高いパワーを出すために大きな役割を果たす。

 宮澤さんも術後の運動能力は低下するだろうと認識していた。だが、その後はどうか。リハビリを経て、時間とともに元の運動能力を取り戻せるのか。そのことについて「医師も含めてリスクについては誰も何もわからなかった」(以下、カッコ内宮澤さん)と振り返る。前例はなく、何もかもわからなかった。

 しかし、手術をしないという選択肢はなかった。母親の余命は1、2年と医師から宣告されていたからだ。限られた時間で、そう簡単にドナーなど見つからない。だから、近親者であり、ドナーとして最適な自らの肝臓の一部を提供する道を選んだ。

 世界で活躍するロードレーサーになるという夢。それが閉ざされる手術になるかもしれない。そうしたリスクも孕むが、宮澤さんはそうは思わなかった。「やり方次第だと思っていました。手術を受けてもこれからだと」。

 手術後は腹筋の存在を思い知った。腹筋は体を支える筋肉のひとつであり、使えないと疲労しやすく長時間立っていられなかった。2カ月ほど静養を余儀なくされ、筋肉もひどく衰えた。

 しばらくして日常生活を送る上での支障は感じなくなったが、ひとつだけ明確に変わったと認識できることがある。それは、手術前と比べて、腹筋を動かしづらくなったことだ。動くことは動くが術前とは違う動きだという。しかしながら、それがどれだけ競技にマイナスになったのかはわからない。評価は未だにできないという。

トレーニングのゼロリセットが生み出したもの

 しかし、この手術があったからこそ、宮澤さんは飛躍できた。「手術でゼロリセットされたんですね。手術前は目先のトレーニングで頭がいっぱいでした。腹部を切ったことで何とかしなきゃという気持ちが芽生えて、人並(欧州で活躍する選手と同じ)か、それ以上になろうと考えたんです」。

 手術前、宮澤さんの体型はいわゆる逆三角形型だった。肩甲骨回りが発達し、腹筋もシックスパックと呼ばれる腹直筋をメインに使うことしかできなかった。しかし、欧州で活躍する選手の多くに共通していたのは寸胴型の体型だった。腹直筋のみならず、その両サイドにある腹斜筋、腹斜筋の内側にある腹横筋も鍛え上げていくことで、手に入る体型だ。

宮澤さんが腹斜筋のトレーニングに使ったEMS機器の「コンペックス」 Photo: Masahiro OSAWA

 手術を行う以前からも、欧州で活躍する選手との体型差には気づいていたが、手術をきっかけに体幹について深く考えるようになった。シーズンオフには腹筋のトレーニングを1日3時間ほぼ毎日のように行っていた。シーズン中でも、30分から1時間は腹筋を鍛えたという。「自分の場合は、マットを使った腹筋運動のほかに、コンペックスという機器を使って電気的に筋肉に刺激を与えるトレーニングをやっていました。コンペックスを使うと、腹斜筋に刺激が入って、体幹全体が張っている状態になるんです。筋肉痛までは行かないけれど、その張りのおかげで、自転車に乗ると支えていることを初めて実感できました」。

 理想の寸胴体型に近づくに従って、腹筋トレーニングは多くのことをもたらした。宮澤さんは次のように話す。「すべてが変わりましたね。今までよりも長くスプリントができたり、短い上りで遅れることもなくなりました。ダンシングが長くできるようになったり、重いギアも使い続けられるようになったりしました」。

マインドの変化が活躍の原点に

 宮澤さんの活躍はレースに関心のあるサイクリストならば多くの人が知るところだろう。2011年には全日本選手権ロードレース・エリート男子を制して日本チャンピオンになり、2012年シーズンからはチーム・サクソバンクへ加入、ワールドチームの所属選手として活躍した。

2010年全日本選手権・エリート男子を制した瞬間。勝利をつかむまでにあ語り尽くせない努力があったはずだ Photo : Yuzuru SUNADA

 生体肝移植により、大きなハンディを背負った宮澤さん。このストーリーはドラマとして放映される。「毎日3時間の腹筋トレーニングをしてみよう」「人並以上の体になろう」と思うことは簡単だが、実行しようとしたときには計り知れない努力となる。夢の実現に向けて挑み続けるスピリット。途方もない努力を重ね続けてきた宮澤さんの姿を思い浮かべたときに、淡々と語る彼の言葉の重みがずしりと感じられる。

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