1400人が夏の里山を満喫美しい緑の中を走って・食べて・遊んで 京都美山サイクルグリーンツアー
京都府の中央に位置する南丹市美山町で8月3、4日、第8回となる「京都美山サイクルグリーンツアー」が開催された。4日に行われたロングライドチャレンジでは、約1400人の参加者が町内を走りながら、美しい里山の風景と地元の幸を満喫。元五輪代表やメダリストも含むゲストや、地元の人たちとも交流しながら濃密な一日を過ごした。
ルートのないロングライド
美山町は京都市内から車で北に約1時間の場所に位置し、「かやぶきの里」など日本の農山村の原風景が色濃く残ることで知られる。京都美山サイクルグリーンツアーは、車が少なく走りやすい道や、美しい風景、充実のエイドステーションが評判のイベント。昨年は1000人の参加枠が、募集開始からわずか15分で埋まる人気ぶりだったという。
しかし昨年は台風の接近により、直前に開催中止が決定。今年は昨年の申込者を優先受付して、特別に参加枠を1400人に増やしての開催となった。
大会の特徴は、コースのルートや距離を決めず、参加者は美山町内を自由に走れるという点。町内には11カ所のチェックポイントが設けられ、全てを回れば125kmを完走したと認められるが、チェックの数が少なくても数に応じた完走証がもらえ、気軽にチャレンジできる。チェックポイントよりもエイドステーション巡りなどに重点を置く参加者も多く、参加者全体に対する「完走率」は3割程度だという。
大会発起人でウィーラースクール・ジャパン代表のブラッキー中島隆章さんによると、ルートを設定していないのは「町内の道が放射状に伸びていて、周回ルートが取れなかった」ことからの逆転の発想だという。しかしルートコースから解放されたことで、美山町の美しい景色を隅々まで堪能できるコースが実現した。参加者の走行ルートが分散することで、ロングライドイベントには付き物の、自転車による道路の混雑も抑えられているようだ。
参加者は午前7時からゲストに見送られながら、続々ゲートをくぐって数十人ずつ時差スタート。午後3時半の最終ゴールまで、8時間あまりをかけて町内を駆け巡る。
コースは交通規制されていないが、コース上で稼働している信号はわずか3機と少なく、道も全体に綺麗で走りやすい。毎年開催されている「京都美山サイクルロードレース」でも使われる峠が組み込まれているが、全体に厳しい上りはなく、初級者でも時間をかけさえすれば走破できる難易度だ。
満足&満腹のエイドステーション
大会の名物と言えるのがエイドステーションだ。5カ所に設けられたエイドステーションでは、それぞれが地元の幸を生かした飲食物を提供。飲み物、お菓子、ケーキ、おにぎり、野菜、果物、かき氷、漬物、流しそうめん、鯖料理、鮎料理、地鶏料理、鹿肉料理などなど、各エイドステーションが競うかのように手作りの品を用意している。メニューは全て地元のボランティアの皆さんの手作りだ。
個数限定や提供時間限定のスペシャルメニューも用意され、コースマップのエイドステーション案内に記載されている。目当てのメニューがある場合は、いつどのエイドステーションに行くのか?という戦略性も必要になってくる。さらには大会側に予告なくシークレットメニューが提供されることもあり、これはその時その場所にいた人のお楽しみ。全てのメニューを一度の参加で味わい尽くすことは、時間的にも胃袋的にも不可能だと言えるだろう。
エイドステーションではメイン会場でのアナウンスが常に中継され、大会からのお知らせやゲストのトーク、MCが各エイドステーションを訪れての現地リポートや、落とし物の連絡などが逐一全エリアに届けられる。どのエイドステーションにいても一つの会場にいるようで、サイクルグリーンツアーとしての統一した雰囲気を作っていた。限定メニューの告知も会場アナウンスで行われ、他のエイドステーションの情報を聞いた参加者がいそいそと動き出す姿も。
チェックポイントは通過地点というより、道を行き着いた折り返しポイント的な場所に多く設けられている。周囲にはそれぞれ趣のある風景が広がり、ただ先を急ぐばかりでなく、しばらく立ち止まりたくなる。チェックポイントではリストバンドを巻いてもらい、この本数が完走の証になる。チェックポイントもエイドステーションも地元の皆さんが立ち、参加者に声をかけてくれる。短い時間だが、温かいふれ合いを繰り返しながら、心地よい時間が過ぎていく。
ゲストと楽しむ美山
大会ゲストは、自転車イベントとしては若干異色となる、豪華な顔ぶれだ。プロロードレーサーの山本雅道さんと、元バレーボール日本代表の益子直美さん夫妻を始め、元シンクロナイズドスイミング・バルセロナ五輪銅メダリスト(個人・ペア)の奥野史子さん、元バレーボール北京五輪代表の山本隆弘さんという、自転車以外のスポーツの元日本代表やオリンピアンが、それぞれ自転車と美山を、参加者と一緒になって楽しんでいた。
ロングライドの前日となる8月3日には、ゲストらを交えて主に地元住民と交流をするイベントが行われた。美山小学校では奥野さんと、シドニー・アテネ五輪銀メダリスト(シンクロ・チーム)の巽樹里さんを講師に迎え、プールで子供たちとのシンクロナイズドスイミング(アーティスティックスイミング)教室が開かれた。美山中学校では益子さんと元全日本代表で龍谷大学女子バレーボール部監督の江藤直美さんを招いて、地元中学生・高校生らが参加してのバレーボール教室が開かれた。


また家族単位で参加する田舎暮らし体験では、畑仕事やバーベキュー、川遊びを満喫。ほかにも午後のティータイムに「サイクル女子会」と題し、益子さんや奥野さんと一緒にケーキショップまで片道5kmほどを走り、スイーツとおしゃべりを楽しむミニサイクリングも催された。
ロングライド当日も、小学生以下を対象に自転車乗り方教室「ウィーラースクール」を実施した。座学として安全に走る知識を学び、続いて自転車に乗って一本橋走行やスラローム、一時停止などの技術を練習。その後は近くの川辺までグループに分かれたサイクリングで走り、後半は美山の清流でたっぷり川遊びを楽しんだ。
美山をたっぷり遊んで・食べてゴール
ロングライドの時間制限は午後3時半までだが、午前10時を過ぎると早くも「ゴール」をする参加者が出始めた。エイドステーションを満喫して「お腹いっぱいでもう走れない」という人や、暑くなるお昼時を前に切り上げて午後は観光をして帰るという人。それぞれのペースでそれぞれの楽しみ方ができるのが、フリーコースの利点であり魅力だ。

おりしも連日の猛暑日が続く時期。この日も午前中は比較的過ごしやすかったが、午後の気温はやはり35℃を超える猛暑日となった。エイドステーションでは十分な飲料水とともに、身体を冷やせる“かぶり水”や、暑熱環境下での運動継続に有効だというかき氷を用意するなど対策。今年は救急車が出動する事故や熱中症が一度もなくイベントを終えることができたという。
チェックポイントはコースマップ上に示された公式のものだけでなく、会場でヒントのみ発表される「シークレットチェックポイント」が5カ所設定。これを全て集めた参加者にも先着順で特典が用意された。
午後3時ごろには多くの参加者がゴール。全てのチェックポイントを巡った猛者から、エイドステーションは全制覇しつつチェックポイントは2カ所しか行っていないという人も。いずれも共通した感想は「お腹いっぱい!」の言葉。終了後のゲスト奥野史子さんのコメント「美味しかったです!」という一言も象徴的だった。




自転車を地域力に生かす:ブラッキー中島隆章さん
大会はブラッキー中島さんが10年前に美山町へ家族で移住してから、自転車を使った地域振興イベントとして企画したもの。独自性が強い大会システムについては「イベントを作るにおいて、まず自転車を主体に置いていなかった」と意外な秘密を明かす。構想段階での大会名は“サイクルフェスティバル”だったが、「ちょっと違うな」と現在の大会名になったという。

「自転車を使ってグリーンツーリズム(農山村地域で自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動)をやろうと思ったんです。自転車は美山で何かを経験するためのツール。『川に入れ』というのもそうで、普通のロングライドだと必死で100km走っているのに、川に入っている暇なんてないでしょう」
自転車を使いながら、自転車を主体に置かなかったことで、イベントは逆に広がりを見せているという。ゲストにはオリンピアンやメダリストが毎年訪れるが、ライド中心のロングライドであれば、このメンバーが集まることは決してなかっただろう。ロングライドの参加費は1人6500円と安めの設定。一方で客単価としては1人1万円を想定しているという。「参加費が安い分はあと3500円、町内の他のところで使って」という考え方だ。

大会は現在、補助金を一切使わず、参加費のみで黒字運営を保っているという。独自のアイデアを詰め込んだ大会運営を実際に見ようと、全国各地から自治体関係者、イベント主催者らが視察に訪問。高知県宿毛市の中平富宏市長は実際にコースを走り、またデンマークから国会議員のバレンティン夫妻が訪れて、イベントを2日間体験していた。


「いろんな自治体の人たちが視察に来て質問会もやったけど、ありとあらゆるノウハウを明らかにしています。総予算や参加人数も第1回から全部見せました。僕たちがこれらを自分たちだけのものとして取り込もうとしていないというのは、僕らはこれを通じてサイクルツーリズム自体の価値を上げていきたいんです。そういう視野に立って可能性を追求しています」
人気イベントに成長したサイクルグリーンツアーだが、今後についてはさらなる進化や仕掛けを用意する必要があるとも考える。
「自転車を最大限効果的に地域力に生かせるとしたら、多分これだけではないと思う。せっかく作ったこの人気や支持いただいているパワーを上手く活用して、新たな提案ができるようにしていきたい。まだ僕が気付かない可能性がもっとあると思うので、アグレッシブに挑戦していかないと」
先駆者としての悩みは尽きないが、自転車文化の構築へと一歩ずつ前へと進んでいる。