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つれづれイタリア~ノ<131>ダヴィデ・カッサーニ、イタリアナショナルチーム代表総監督に独占インタビュー

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 イタリアのディエゴ・ウリッシとダヴィデ・フォルモロのワン・ツーフィニッシュで圧勝に終わった東京オリンピックプレイベント。イタリア代表チーム男子の舵取りをしたのが、代表監督のダヴィデ・カッサーニ(58歳)です。多忙なスケジュールの中、東京オリンピックテストイベントの前日にインタビューに応じてくれました。

テストイベント当日、笑顔を見せるダヴィデ・カッサーニ監督 Photo: Marco FAVARO

 1982年から1996年までプロ選手として活躍し、9回ほどイタリアナショナルチームのレギュラーメンバーに抜擢。引退後、イタリア国営テレビのレースコメンテーターとして人気を集め、2014年からイタリアナショナルチームの総監督として活躍中です。

 性格が明るく、ムードメーカー。テレビの経験を生かし、いつもビデオを回しながら試走やレースの様子を記録し、積極的にソーシャルメディアにアップ。選手たちの苦労、苦悩、喜びなどをフィルターなしで見せる様子は好感度を生み出します。

今回のコースの印象やナショナルチームに対する思い、総監督の仕事、イタリアの今後の未来になどを尋ねました。

◇         ◇

――日本は何回目ですか。

カッサーニ監督:実は1990年に選手として初めて日本に来ました。宇都宮で行われた世界選手権に参加するためです。東京オリンピックの関係では3度目です。1度目はコースと日本の環境を調べるため。2度目は選手たちが練習できる場所と宿泊できるホテルを探すため。今回はレースに参加するため。もしかしたら、年内にもう一度別の選手たちと来日するかもしれません。

――来年のオリンピックコースの印象は?

カッサーニ監督:とても厳しいコースです。アップダウンの連続だし、足を休ませることができません。一番懸念しているのが湿度と暑さが選手に与える影響です。選手たちは日本の暑さに慣れないとダメですね。

テスト前に行われた試走(三国峠)。綿密にアタックポイントを繰り返す選手たち Photo: Marco FAVARO

――ツール・ド・フランスの暑さも厳しいと聞いていますが。

カッサーニ監督:フランスの暑さと日本は別物です。日本では汗が止まりません。暑さに慣れている選手たちでさえ苦しくなるに違いありません。

――今回、イタリアから4人の選手を連れてきました。ディエゴ・ウリッシ(UAE・チームエミレーツ)、ダリオ・カタルド(アスタナ プロチーム)、ダヴィデ・フォルモロ(ボーラ・ハンスグローエ)とファウスト・マスナダ(イタリア、アンドローニ・シデルメク・ボッテキア)。全員はワンデーレースよりステージレースに向いている選手ですが、なぜこのラインナップにしたのですか。

アタックポイント後、必ず情報収取するカッサーニ監督。新鮮な印象を記録し、参加できない選手と共有する Photo: Marco FAVARO

カッサーニ監督:この4人は経験があり、強いし、このコースで十分に戦えると判断したからです。まだ早いですが、この中で来年はこの東京オリンピックで走る人もいるかもしれません。他に確かめたい選手もいましたが、ツール・ド・フランスに出ているため、不可能でした。ただ、今回はテストイベントですので、選手の実際の印象を来年のために最大限に生かすことが目的です。

――オリンピックに即戦力となる選手を選抜することがやはり難しいことでしょうか。

カッサーニ監督:難しいですね。逆算して考えなくてはいけない。特に来年のオリンピックは前回のリオ大会と比べて条件が違います。それはツール・ド・フランスが関係しているからです。前回は2週間前に終わったのに対し、今回はたった6日前に終わります。例えば、ツールに出た選手たちは東京でも同じコンディションで走れるかどうかわかりません。時差もあります。慣れない暑さもあります。私は選手を選ぶ立場にありますが、常に各選手のトレーナーやチーム監督と綿密な連絡を取らないと、どの選手が出られるかを決められません。

コースの特徴を選手に叩き込むカッサーニ監督 Photo: Marco FAVARO

カッサーニ監督:前回のリオ五輪の時は、ヴィンチェンツォ・ニバリ(バーレーン・メリダ)と相談し、ツールへの参加はオリンピックへ向けてコンディションを高めるため有効な方法だとわかりました。そのため、ツールの総合優勝を諦めてくれました。この事情を知らないファンやマスコミは彼に随分ひどく批判を浴びせました。あの下りで落車さえなければ、ニバリはオリンピックを手にしていたでしょう。

――4年に一度のオリンピックと毎年行われる世界選手権の優勝、イタリアではどのレースが最も重要視されますか?

カッサーニ監督:信じられないかもしれませんが、プロから見ると、オリンピックへの参加は割と最近のできごとですね。1992年までオリンピックに出られる選手はみんなアマチュアでした。1996年からプロの参加が認められましたが、最初は誰も興味を持たなかったです。一方、回数を重ねるにつれてオリンピックの知名度も増しました。パオロ・ベッティーニ(イタリアを代表するプロ選手。2004年アテネオリンピックで金メダル。2008年に引退)はオリンピックでの優勝を機に、彼を開花させたと感じています。今となって世界選手権とオリンピックも同じ重みを持っていると思います。

――自転車競技の特性ですが、国・チームとして戦っても勝つのは一人です。選手たちの間で嫉妬はないですか。

カッサーニ監督:そんなことはありません。キャプテンが勝ったら、チーム全員が喜びますよ。私自身アシストとして9回ほど世界選手権を経験してきました。どの選手もナショナルジャージを着ることは名誉だし、勝利する喜びは全員で分かち合います。1988年にマウリツィオ・フォンドリエスト、1991年と1992年にジャンニ・ブーニョの優勝に貢献しました。ナショナルジャージを着ることは重大さをこの身で体験しました。ナショナルジャージは大きな意味を持ち、多くの選手の夢でもある。普段違うチームであっても、ナショナルチームの下でみんな協力し合うのがイアリアの力です。

失敗したら私が責任を取らなければ

――ナショナルチームの監督として選ばれた時はどんな気持ちでしたか。その仕事の中で何が一番難しいですか。

カッサーニ監督:監督の話が持ち込まれた時は信じられませんでした。私の夢の中の夢でした。私の経験が評価されたのだと思います。でも、総監督になっても反省の連続です。自分の行動は良い結果をもたらしたのか。自答自問の毎日です。失敗したら、まず攻撃されるのが私自身です。全ての行動に対し、私が責任を取らなければなりません。

ミスの許されない厳しいコースに顔も真剣になる Photo: Marco FAVARO

 一方、仕事は働きやすい環境が整っています。チームを一人で動かしている訳ではありません。全ての男子、女子、エリート、ジュニア、アンダー23、トラック競技など全てカテゴリーにおいて信頼できる監督がいます。マルコ・ヴェロ(マルコ・パンターニのアシスト、アレッサンドロ・ペタッキトレインの一人、歴代チャンピオンを支えた信頼できる「最後の人」)はプロ選手との重要な橋渡しをしてくれていますし、イタリア自転車競技連盟のジョルジョ・エッリやエリザベッタ・トゥーフィは選手のために事務的なことを全部行ってくれています。選手もスタッフも最高のチームだと思います。

――言いにくいですが、イタリアは近年、オリンピックのみならず、世界選手権でも勝てていません。なぜでしょうか。

カッサーニ監督:自転車競技のグローバル化の影響ですね。世界中から素晴らしい選手がこの競技に集まっているからです。しかし、私が見る限りでは、イタリアの若者の中でチャンピオンの素質を持っている人は少なくないし、6月に行われたヨーロッパ競技大会の女子・男子チームの優勝はそれを語っています。

――今のイタリアの若手選手をどう評価しますか。

レース当日の朝食です。勝つためにパスタ! Photo: Marco FAVARO

カッサーニ監督:ずいぶん変わりましたね。真面目にトレーニングに挑んでいるし、食事にも注意をしていますし。今、イタリアで足りないのは、パオロ・ベッティーニのような一流選手ですね。自然にチャンピオンが出ていたので、心配する必要はなかったです。新しいチャンピオンを生み出すために、レースが欠かせないと思います。

 3年前からジロ・ディタリアU23は復活しましたし、今年からジロ・ディ・シチリアも開催されました。アドリアティカ・ヨーニカという新しいステージレースも生まれました。若者を大会に参加させることは、強くなるための秘訣です。今は国内の大会だけでなく、ジュニア(17、18歳)のカテゴリーからもヨーロッパのレースにも参加させています。経験は全てです。

ダヴィデ・カッサーニについて

1961年1月1日、ファエンツァ生まれ。
アシストとしてだけでなく、ステージレースでもワンデーレースでも優勝できる選手。9回ほどイタリアナショナルチームに選ばれ、3回チーム優勝を経験する。引退後、国営テレビ自転車競技の解説者として活躍。性格な分析と美しい言葉遣いで人気を集める。2014年からイタリア代表チーム総監督として活躍中。

《主な成績(優勝レース)》
1991年 コッパ・アゴストーニ、ジロ・ディタリア第8ステージ、ジロ・エミリア、ミラノ・トリーノなど
1992 ジロ・デイ・カンパーニア、ティレーノ・アドリアティコ第4ステージ、GPカマヨーレなど
1993年 コッパ_アゴストーニ、ジロ・ディタリア第15ステージ
1994年 ツール・メディテッラネアン4勝と総合優勝、ヴエルタ・パイス・ヴァスコ第4ステージ
1995年 ジロ・エミリア、コッパ・サバティーニ、ジロ・ディ・ロマーニャ

《所属チーム》
1982〜83年 Termolan
1984〜85年 Santini
1986〜87年 Carrera Jeans
1988〜89年 Gewiss-Bianchi
1990〜93年 Ariostea
1994年 GB-MG Boys
1995年 MG Boys Maglificio
1996年 Saeco

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

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