ツール・ド・フランス2019 アフターコラム<3>63年ぶりの珍しい記録が誕生 総合争いと逃げ切り勝利の関連性を分析

by あきさねゆう / Yuu AKISANE
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 世界最大の自転車ロードレースであるツール・ド・フランスでは、ほかのレースに比べてステージ優勝の価値が非常に高い。たとえ総合優勝ができずとも、ステージ1勝でもあげることができれば、一生安泰といわれるほどだ。そのため近年は特に、総合優勝を狙う選手とステージ優勝を狙う選手がハッキリ分かれる傾向にあり、今大会もその傾向は如実にあらわれていた。そうして、63年ぶりの珍しい記録も生まれていた。

総合優勝のエガン・ベルナル、総合2位のゲラント・トーマス、総合3位のステフェン・クライスヴァイク、この3人にはとある共通項がある Photo: Yuzuru SUNADA

今年の逃げ切りは8回

 今大会、逃げ切りが決まったステージは全部で8ステージだ。ここでいう逃げ切りとは、基本的にレースの序中盤に決まった逃げ集団からステージ優勝者が生まれたケースをカウントしている。今大会の第3ステージで、最後の上りで集団から飛び出したジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)が独走で逃げ切り勝利を飾ったが、このようなケースは除いている。

2019年大会 逃げ切りによるステージ勝者一覧

第6ステージ:ディラン・トゥーンス(ベルギー、バーレーン・メリダ)
第8ステージ:トマス・デヘント(ベルギー、ロット・スーダル)
第9ステージ:ダリル・インピー(南アフリカ、ミッチェルトン・スコット)
第12ステージ:サイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)
第15ステージ:サイモン・イェーツ
第17ステージ:マッテオ・トレンティン(イタリア、ミッチェルトン・スコット)
第18ステージ:ナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスターチーム)
第20ステージ:ヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)

第3ステージで集団から飛び出し独走勝利を狙うジュリアン・アラフィリップ。まさかこの日から計14日間もマイヨジョーヌを守ることになろうとは、この時点では誰も予想していなかっただろう Photo: Yuzuru SUNADA

 今年はタイムトライアルのステージが2つ、集団スプリントとなったステージが8つ、レースキャンセルとなったステージが1つある。残り10ステージのうち8ステージで逃げ切りが決まったのだ。

 スプリントでもなく、逃げ切りでもないステージは前述したアラフィリップが勝利した第3ステージと、ティボー・ピノ(フランス、グルパマ・エフデジ)が勝利した第14ステージのみだ。

 比較のため過去5年のツールの逃げ切り勝利数も調べてみた。

2015〜2019年の逃げ切り勝利数

※()内の数字はタイムトライアルと集団スプリントになったステージを除いたステージ数と、
チーム イネオスまたはチーム スカイがマイヨジョーヌを確保した日数
2015年:6回(12ステージ、16日)
2016年:8回(11ステージ、14日)
2017年:5回(9ステージ、19日)
2018年:4回(10ステージ、11日)
2019年:8回(10ステージ、3日)

 今大会は回数では2016年大会に並ぶ逃げ切り勝利の多さとなっている。特に直近の5年間はすべてチーム イネオス(チーム スカイ)が総合優勝を飾っている。イネオスは総合優勝にフォーカスしたチームであり、ステージ勝利に関しては、勝てるに越したことはないとは思うが、チームの体力を使ってまで勝とうとはしていない。そのため、この5年間は逃げ切り勝利が多くなっていると思われる。

上り区間でメイン集団をけん引するディラン・ファンアーレ。今大会ではイネオスが組織的に集団コントロールする場面は例年より少なかった Photo: Yuzuru SUNADA

 今大会に関しては、ドゥクーニンク・クイックステップがマイヨジョーヌを14日間キープしていたのだが、逃げ切りを吸収したいと思っても、エリア・ヴィヴィアーニ(イタリア)でのスプリント勝利を狙うために平坦系のアシスト中心のメンバー構成であったため、アップダウンのある丘陵ステージや山岳ステージでは、逃げ集団を捕まえてステージ優勝を狙いに行くチーム体力がなかったためだろう。

 ピノが勝利した第14ステージにしても、終盤の山岳区間ではモビスターチームの組織的なペースアップによって逃げを吸収していた。なので、逃げを捕まえる気がないチーム、捕まえる体力のないチームがマイヨジョーヌをキープしていると、逃げ切りが決まりやすくなるといえよう。

リーダーチームとして集団コントロールの重責を担ったドゥクーニンク・クイックステップ Photo: Yuzuru SUNADA

 しかし、ドゥクーニンク・クイックステップの集団コントロールに関していうと、ミケル・モルコフ(デンマーク)やマキシミリアーノ・リケーゼ(アルゼンチン)といった集団スプリントのリードアウトを務めるような平坦系の選手が中心となって、アラフィリップのマイヨジョーヌを失わないようにと、30人近い大集団の逃げとのタイム差を数分程度に抑えていたステージもあった。その働きは非常に素晴らしく、ドゥクーニンク・クイックステップのアシスト陣も今大会の混戦の立役者であることは補足しておきたい。

総合トップ3がステージ勝利ゼロ

 これだけ多くの逃げ切りが決まると、反比例して総合勢によるステージ勝利も少なくなる。今大会は最終的に総合トップ10に入った選手のうち、ステージ勝利を飾ったのは総合5位のアラフィリップと総合8位のナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスターチーム)の2人のみで、それぞれ2勝、1勝した。

第18ステージで逃げ切り勝利を飾ったナイロ・キンタナ Photo: Yuzuru SUNADA
第19ステージで総合のライバルたちを置き去りにしたエガン・ベルナル Photo: Yuzuru SUNADA

 総合優勝したエガン・ベルナル(コロンビア、チーム イネオス)は、史上8人目となるステージ勝利なしでの総合優勝者となった。もっとも、レースキャンセルとなった第19ステージでは、その時点で先頭を走っていたこともあり、そのままレースが続行していれステージ優勝の可能性は高かったかもしれない。

ステージ勝利ゼロでの総合優勝者

1922年:フィルマン・ランボー(ベルギー)
1956年:ロジャー・ワルコヴィアック(フランス)
1960年:ガストン・ネンチーニ(イタリア)
1966年:ルシアン・アイマール(フランス)
1990年:グレッグ・レモン(アメリカ)
2006年:オスカル・ペレイロ(スペイン)
2017年:クリストファー・フルーム(イギリス)
2019年:エガン・ベルナル(コロンビア)

 そして、総合2位のゲラント・トーマス(イギリス、チーム イネオス)と総合3位のステフェン・クライスヴァイク(オランダ、ユンボ・ヴィスマ)もステージ優勝がなかった。総合表彰台に上った3選手いずれもステージ優勝なしという記録は、1956年以来63年ぶり、史上2度目の珍しい記録である。

第13ステージの個人タイムトライアルで最速タイムを記録したゲラント・トーマスだったが、その数分後にアラフィリップに抜き返されてしまった Photo: Yuzuru SUNADA
第15ステージで、ティボー・ピノを追走するステフェン・クライスヴァイクとゲラント・トーマス Photo: Yuzuru SUNADA

 1956年大会のリザルトを見返してみても、連日のようにメイン集団に数分単位の大きなタイム差のつく逃げ切りが決まっており、総合優勝したワルコヴィアックは最大7分18秒差をひっくり返しての逆転勝利を飾ったが、一時は10数分差をつけていた選手に総合成績で逆転される状況に追い込まれるなど、ジェットコースターのような日々を過ごしていたことがわかる。

第14ステージで勝利したティボー・ピノ Photo: Yuzuru SUNADA

 ただし、ステージ1勝をあげていたピノは総合表彰台を射程圏にとらえていた総合5位のまま第19ステージでリタイアしており、ピノの怪我さえなければ、総合表彰台3選手未勝利記録はアンタッチャブルな記録のままだったかもしれない。それに、第13ステージの個人タイムトライアルで勝利したのはアラフィリップだったが、ステージ2位はトーマスだった。

 今年のツールは、様々なミラクルと偶発的な事象によって、戦後最年少王者の誕生、史上8人目のステージ優勝なしでの総合優勝、63年ぶりの総合表彰台3選手未勝利記録など、後世に語り継がれてもおかしくない歴史に残る大会になったといえるだろう。

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