山口和幸の「ツールに乾杯! 2019」<8・終>パリ・シャンゼリゼに今年も凱旋 今も目に焼き付く30年前の逆転劇

by 山口和幸 / Kazuyuki YAMAGUCHI
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 大接戦、そして終盤は大波乱となった第106回ツール・ド・フランスが7月28日、フランスの首都パリに凱旋した。ツール・ド・フランスのコースは100周年や50周年などのシンボリックな出来事にちなんで設定されることが多いが、今回のパリ入城も時勢を考慮しての特別なものだった。

 セーヌ川の中洲にあるシテ島を珍しく走ったのである。この小さな島には2019年4月に火災で大きな被害を受けたノートルダム大聖堂がある。今回のツール・ド・フランスはパリの象徴であり、火災によって多くの市民が涙を流して悲しんだ大聖堂を見舞うかのようなルートを取ったのだ。

シャンゼリゼは厳戒態勢で観客の身分チェックと荷物検査が行われる Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

 スタートはパリの西隣にあって、ヴェルサイユ宮殿などがあることで知られるイヴリーヌ県のランブイエだ。このイヴリーヌ県は2019年から2023年まで最終ステージのスタート地点としてツール・ド・フランスと契約している。

ボーラ・ハンスグローエの選手はお腹いっぱいピザが食べたいようだ Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

 パリ入城はお決まりのように主催者ASOの社屋があったイシーレムリノーから(現在はブローニュ・ビランクールに移転)。パリは城壁で囲んで形成した都市であり、随所にポルトと呼ばれる城門が地名となって残っている。今回はセーヌ川沿いのイシー河岸からパリ入りし、いったん東に向かってポンヌフ橋を渡り渡ってセーヌ川の対岸へ。ルーヴル美術館を通ってシャンゼリゼの特設サーキットに向かう。

 そして最後は1周7kmのサーキットコースを8周回する。花の都パリが誇る世界有数の目抜き通りを走り、ナポレオンの勝利を記念して建造されたエトワール凱旋門を回って折り返し、フランス革命時代にはルイ16世やマリー・アントワネットが断頭台の露と消えたコンコルド広場を貫通。セーヌ川沿いを駆け抜け、チュイルリー公園をグルッと回るためにルモニエの地下道を通って反対側のリボリー通りへ。再びコンコルド広場を突き抜けて上り坂となったシャンゼリゼにゴールする。

コンコルド広場でゴール後にパーティーを行うらしい Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

スタッフもシャンゼリゼをパレード

 全日程を帯同した広告キャラバン隊や運営スタッフも最終日は特別だ。選手到着の2時間近く前にキャラバン隊の全車列がシャンゼリゼを1周だけ走ることが許されている。設営の大型カミオンや沿道の危険箇所にクッションをかぶせて選手の安全を確保していた道路班や憲兵隊・警察なども。大観衆が見守る世界で最も華やかな大通りを映画の主役になった気分で走るのだから、その光景はどんなものだろう。

 ちなみにボクたち取材陣はシャンゼリゼを1周できない。迂回路を使ってコンコルド広場に入った瞬間に、「はい、アナタは地下駐車場ね」と、シャンゼリゼ大通りの直前で真っ暗な地下道に案内される。それでも今回は仕事場となるサルドプレスがシャンゼリゼ大通りの社交場「パビリオンガブリエル」となり、選手到着まで原稿執筆に集中し、フィナーレが近づいたころにコース脇に向かえばよくなった。

30周年の取材となるが、無事にパリまで完走しました Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

 サルドプレスの席数はいつもの5分の1ほど。パリに会社がある関係者はそこで仕事をすればいいわけで、そしてイタリア人記者はわざわざパリまで来ることはなく、前日のゴール後に開催された勝利者インタビューを取材した後は恐らく多くが帰路に着いているはずだ。

 最終日のパリで逆転劇が演じられたのは過去に3回ある。1947年のジャン・ロビック、1968年のヤン・ヤンセン。そして1989年のグレッグ・レモンだ。第二次世界大戦による中断後に再開を果たした1947年は通常レースだったが、あとの2つは個人タイムトライアルだった。そして1989年こそ間違いなく最も劇的な幕切れが演じられた大会だった。

今も語り継がれる30年前のパリ

 ルクセンブルクで行われた初日の個人タイムトライアル。前年の覇者で、マイヨジョーヌを着て最後に登場するスペインのペドロ・デルガドがスタート時間に遅刻した。あわててスタート台に飛び乗って2分40秒遅れでコースに飛び出したが、結果は最下位の198位。2日目のチームタイムトライアルでもデルガドが大ブレーキで、致命的となる7分20秒差が首位とついてしまう。

鮮やかな復活を遂げたレモン Photo: Yuzuru SUNADA

 第5ステージの個人タイムトライアルで、思いもよらぬ選手がトップタイムをたたき出して首位に躍り出た。1986年の優勝以来、3年ぶりに戻ってきたアメリカのレモンだ。初優勝後のオフで猟銃の暴発事故に遭い、生死の境をさまよったほどで、選手としてはもはや期待されていなかった。レモンはトライアスロン選手が使用するエアロハンドルバーを導入し、みごとな復活を遂げた。

 ピレネーではスペインファンの声援に押されてデルガドが徐々にタイムを挽回したが、首位に躍り出たのは5年ぶり3度目の優勝をねらうフランスのローラン・フィニョンだった。レモンはアルプスの山岳タイムトライアルでマイヨジョーヌを奪い返すが、ラルプデュエズでフィニョンに再び逆転された。

 フィニョンはレモンに50秒差をつけて最終日を迎えた。この年は凱旋パレードではなく、ベルサイユからシャンゼリゼまでの24.5km個人タイムトライアルが設定されていた。過去2回のタイムトライアルでエアロハンドルバーを使ってマイヨジョーヌを奪ったレモンは、この日も同様の走りを見せた。このときレモンが記録した平均時速54.545kmは現在も破られていない最高速だ。

 フィニョンは58秒遅れでゴールし、レモンが総合成績でわずか8秒差上回り、逆転優勝した。今から30年前、ボクの初取材のときで、その一部始終をこのシャンゼリゼで目撃している。(終わり)

DHバーを持ち込んで一世を風靡したレモンは、翌1990年のツール・ド・フランスも制した Photo: Yuzuru SUNADA
山口和幸山口和幸(やまぐち・かずゆき)

ツール・ド・フランスをはじめ、卓球・陸上・ボート競技などを追い続け、日刊スポーツ、東京中日スポーツ、ナンバー、ターザン、YAHOO!などで執筆。国内で行われる自転車の国際大会では広報を担当。著書に「ツール・ド・フランス」(講談社現代新書)、「もっと知りたいツール・ド・フランス」(八重洲出版)など。

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