山口和幸の「ツールに乾杯! 2019」<7>ツール・ド・フランスが誇る、アルプスの名峰ガリビエ 標高2642mの頂を越えて

by 山口和幸 / Kazuyuki YAMAGUCHI
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 アルプスのガリビエ峠(Col du Galibier)は標高2642m。ツール・ド・フランスがよく通過するルートの中でもかなり高い峠だ。2019年は第19ステージにアルプス最高峰のイズラン峠が採用されたので、高さこそ譲るものの、ガリビエ峠がツール・ド・フランスで果たしてきた役割は極めて大きい。

ガリビエ峠はツール・ド・フランスの開催に関係なくサイクリストが集まる Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

“聖地”にふさわしい厳しい上り

 毎年のツール・ド・フランスが通過する山岳の中で最高地点となる峠には「アンリ・デグランジュ記念賞」が懸けられる。ガリビエ峠がコースとなるときはたいていここが記念賞なのだが、今回はイズラン峠となった。今回のガリビエ峠は今年から採用されたボーナスタイムの設定ポイントとなった。

 それでも多くのサイクリストはガリビエ峠を目指す。ここがツール・ド・フランスにおけるアルプスの聖地でもあるからだ。かつてここで取材をしていたとき、サイドバッグを4つ搭載して上ってきたサイクルツーリストが沿道のロード乗りから大歓声で応援を受けていたのが記憶に残る。

フランスの峠にはサイクリストのためのコース情報が1kmごとにある Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

 ガリビエ峠は2015年のツール・ド・フランスでも最高峰としてコースに加えられたが、ラルプデュエズに向かうルートが崩落により通行できなくなり、ガリビエ峠は残念ながらカットされた。

 今回のように南面からのアプローチが多いことが特徴。その中腹に標高2058mのロータレ峠があるのだが、ここは主要道路の三叉路でしかないポイントで、峠という感じは全くない。ガリビエ峠はここからさらに上を目指す。

 ロータレ峠までは緩斜面の県道で、自動車学校の教習車が走っていたことを見たこともある。しかしこの三叉路からガリビエ峠を目指すと、そこからはセンターラインのない狭い道となり、草木のない岩肌を突き進む。サイクリストにとっては空気が薄く、日影もない、過酷な8kmとなるのである。

ガリビエ峠をロータレ峠に向かって下る Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

 ところでツール・ド・フランスの記録集を見るとガリビエ峠の標高は2645mと2556mの2つの表記がある。現在は高いほうが標高2642mに変更されているが、これは路面が削られて低くなったとかそんな理由だと思う。2556mのほうはというと、じつは峠の下を貫通するトンネルをコースにしたときのものなのだ。

 南面のトンネル出口にはツール・ド・フランス創始者アンリ・デグランジュの碑が建てられているのも特徴。ツール・ド・フランスがこの峠に最大の敬意を表している証拠でもある。

運命を分けたショートステージ

 このガリビエ峠で忘れられないのは今中大介が初出場した1996年だ。じつはこの年、記録上はガリビエ峠を越えていない。幻のガリビエとなり、それがミゲル・インドゥラインの連覇記録にストップをかけ、新しい時代の幕開けともなった。

1996年のツール・ド・フランス、前年まで総合5連覇を成し遂げていたミゲル・インドゥライン(左)がビャルネ・リース(右)敗北し、この年限りで引退 Photo: Yuzuru SUNADA

 その年の第9ステージは50年ぶりという寒波に襲われた。スタート地点に到着するとすべての関係車両が進行方向とは反対側を向いていて、明らかに異常事態だった。カテゴリー超級のイズラン峠が冠雪してしまい、選手は各車両に乗り込んでそれを越え、距離を短縮して再設定したスタート地点に向かったのだ。

 ところがその先のガリビエ峠も雪で通行不能となり、選手は再びチームカーに乗り込んで真っ白になった道路を移動してさらに先に進んだ。こうしてゴールまでわずか46kmという地点からレースが正式スタートとなった。

 距離の短いレースは波乱が起こる。プロ選手の間でよく聞かれる言葉だ。その予感が的中した。この異常な高速ステージでアタックを成功させたビャルネ・リースが後続に僅差をつけて優勝し、その時点で首位に立った。じつのところこの年は距離46kmの第9ステージでマイヨジョーヌが決まったと言っても過言ではない。

 序盤戦の立役者エフゲニー・ベルツィンは首位陥落をきっかけに次第に消耗し、総合成績で後退。ピレネーに突入してリースが最難関を制し、そのままマイヨジョーヌをパリまで死守。インドゥラインの連勝にストップをかける。この年は天候不順もあって温暖なスペインで生まれ育ったインドゥラインには不向きで、ロシアやデンマーク選手に有利になったということもあった。

ロータレ峠からガリビエ峠までは8km、ゴールのヴァロワールまでは18kmだ Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI
ガリビエ峠からヴァロワールに向かう道 Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI

奮闘の今中大介、残り1週間で力尽きる

 その年のツール・ド・フランスはオランダのゼルトゲンボスで開幕していた。今中が所属したポルティのチームエースはフランス人のリュック・ルブランだ。フランス期待のこのエースをアシストしながら、今中は戦いを続けた。レースはフランスに戻ってまずは第一関門と言えるアルプスに突入した。

 フランス入りしたあたりから悪天候が続き、今中も気管支炎に苦しんでいた。ガリビエ峠越えのアルプス最大のステージは冠雪のため、今中もチームカーに乗り込んで移動した。すでに体力の限界でもあったため、心中はホッとしたに違いない。

ツール・ド・フランスに初出場した今中大介 Photo: Yuzuru SUNADA

 そして一転して猛暑となった中央山塊での戦い。第14ステージで今中は力尽きてリタイアしている。この日もスタート直後から相次いでアタックが連発し、ゴールまでまだ100kmを残して今中が脱落。単独でゴールを目指したが、タイムアウトとなった。連日の高速レースに体力を消耗しきってしまったのだ。

 ゴール地点ではエースのルブランや監督が、「よくここまで走った」と迎えてくれた。「パリにはなんとしても行きたかったが、ここまで走れたことを自分なりには満足している」とそのとき、今中は語っている。

 13年後の2009年に別府史之と新城幸也がツール・ド・フランス出場を果たし、日本初の完走者となったとき、今中は「ボクとは違うレベルにある。本当にスゴい」と賛辞を送っていた。

ガリビエを越えて熱戦は続く

 2019年のガリビエ峠。冠雪するどころか灼熱のバトルとなる。序盤から逃げていた第1集団の中からナイロ・キンタナがアタックして、ロマン・バルデがこれを追う。キンタナはガリビエ峠でかつてのコロンビア勢が見せたのと同様に軽々としたペダリングでトップ通過。そのままゴールまで逃げ切った。

ガリビエで独走に持ち込んだキンタナがステージ優勝 Photo: Yuzuru SUNADA

 後続集団ではイネオスのアシスト陣がペースメークして、ゲラント・トーマスをけん引。マイヨジョーヌのジュリアン・アラフィリップもこれに食らいつく。そしてイネオスのエガン・ベルナルがアタック。さらにトーマスがアタックすると、たまらずアラフィリップが脱落。しかし下り坂を飛ばしに飛ばしたアラフィリップは、ベルナルこそ逃したもののトーマスらと一緒にゴールする。

 さすがのガリビエ峠でも今年の総合優勝争いは終わらなかった。近年まれにみる大接戦となった第106回ツール・ド・フランスは残り3区間を残すが、マイヨジョーヌの行方が依然決まっていない。

標高2642mが現在のガリビエ峠 Photo: Kazuyuki YAMAGUCHI
山口和幸山口和幸(やまぐち・かずゆき)

ツール・ド・フランスをはじめ、卓球・陸上・ボート競技などを追い続け、日刊スポーツ、東京中日スポーツ、ナンバー、ターザン、YAHOO!などで執筆。国内で行われる自転車の国際大会では広報を担当。著書に「ツール・ド・フランス」(講談社現代新書)、「もっと知りたいツール・ド・フランス」(八重洲出版)など。

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