福光俊介の「週刊サイクルワールド」<296>すべてはツール・ド・フランスへ 前哨戦見どころや有力選手の動向を押さえる
新王者の誕生に沸いたジロ・デ・イタリアの余韻が冷めないが、サイクルロードレースシーンは着々と、次のグランツールであるツール・ド・フランスへ向かって進んでいる。6月9日からは、前哨戦第1弾としてクリテリウム・ドゥ・ドーフィネが開幕。早い段階でツール出場を明言している選手が多いうえ、出場のボーダーライン上にいる選手も含めて、レースはより激しさを増す。今回は、見どころ満載の前哨戦の見どころや、有力選手の動向に着目していきたい。
大物そろう“ロイヤルバトル”ドーフィネ
例年6月は、ツールに向けた1つの指標となるレースが目白押しとなる。なかでも、UCIワールドツアーに組み込まれるクリテリウム・ドゥ・ドーフィネとツール・ド・スイスは、レースの難易度に加えて歴史・格式とも申し分なし。同時期に開催されるとあって、有力選手にとってどちらをチョイスするかは、ステージ構成やチーム事情、個々の好みなどが反映される。

すでに3ステージを終え、総合争いにおいても変動が見られているドーフィネ。ここ6年間で4回、この大会を制した選手がその後のツールでも王者に輝いており、「ロード・トゥ・ツール」の呼び名に最もふさわしいレースとなっている。
主催者が掲げた今大会のテーマは「ロイヤルバトル」。その名の通り、ツール制覇を目指すビッグネームが多数ドーフィネに集結している。
過去4度ツールを制したうち、3回がドーフィネ個人総合優勝(2013年、2015年、2016年)からの流れとしているクリストファー・フルーム(イギリス、チーム イネオス)が2年ぶりにこの大会に帰ってきた。今シーズンはここまで未勝利だが、ツールを制した2年前も同様の状況でドーフィネに臨んでいる。5月上旬のツール・ド・ヨークシャー以来のレースとなるが、ドーフィネはこの間のトレーニングが上手く進んだかを図るよい機会となる。
2年前のこの大会ではフルームらに勝ったヤコブ・フルサング(デンマーク、アスタナ プロチーム)も戦いぶりに注目が集まる1人。リエージュ~バストーニュ~リエージュ優勝など、春のクラシックでの大活躍が記憶に新しいが、その勢いは持続するか。ツールでは総合エースを務めることが内定しており、ドーフィネでの試運転を成功させておきたいところ。

ツールでの上位進出が期待されるフランス勢、ロマン・バルデ(アージェードゥーゼール ラモンディアール)とティボー・ピノ(グルパマ・エフデジ)も元気な姿を見せている。バルデは過去2回、この大会の総合表彰台を経験しており、ツールへの導き方は知り尽くしている。第2ステージでライバルたちから遅れを喫したが、ここから巻き返しなるか。一方、数年ぶりにツールの総合を意識して走ることになるピノは、5月下旬のツール・ド・ラン(フランス、UCIヨーロッパツアー2.1)で圧倒的な走りを見せるなど、足場はしっかりと固めている。

今シーズン好調のアダム・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)、2度の総合表彰台経験を持つダニエル・マーティン(アイルランド、UAE・チーム エミレーツ)、絶好調のチームを率いるナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター チーム)、昨年のツールを盛り上げたステファン・クライスヴァイク(オランダ、ユンボ・ヴィスマ)もツールへの足掛かりとして参戦。一時の体調不良からツアー・オブ・カリフォルニアで回復をアピールしたリッチー・ポート(オーストラリア、トレック・セガフレード)も状態を上げて勝負どころに挑んでいくことだろう。
今後、総合争いでは第4ステージで大きな変化が起こることだろう。26.1kmの個人タイムトライアルで、有力選手間にタイム差が確実に発生する。それを受けて、各選手・チームが後半ステージの戦い方を組み立てていくことになる。実質、唯一ともいえる山頂フィニッシュとなる第7ステージは、超級山岳ピペでの激しい攻撃戦となることが期待される。ここで各選手の脚の具合が確かめられるはずだ。

今年もツールのステージ編成に合わせたコース設定で、「プレ・ツール」の趣きとなっているが、総合系ライダー問わず楽しみな選手が多くスタートラインについている。ジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)や、アルベルト・ベッティオル(イタリア、EFエデュケーションファースト)といったクラシックシーズン大活躍の選手から、ジロでの落車負傷から戻ってきたトム・デュムラン(オランダ、チーム サンウェブ)まで多士済々。さらには、ドーフィネ開幕後の10日には、シクロクロスとロードの“二刀流”で話題を博すワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)のツール参戦が正式決定と、話題は事欠かない。
なお、デュムランは負傷した膝の回復を確かめる機会としてドーフィネに臨んでおり、その具合によってツール出場を判断するとしている。第2ステージでは逃げにトライするなど、回復は上々のよう。結果的に個人総合では大きく後れを取ることとなったが、リハビリのうえでは「成功」としており、ツールへの道筋は明るくなりつつあるようだ。
満を持してトーマス、サガンがスイスへ乗り込む
ドーフィネと双璧をなすバリューを誇るツール・ド・スイス。こちらは6月15日に開幕し、全9ステージで争われる。スイスアルプス特有の山がちな地形をめぐるだけあって、難易度はドーフィネ以上との呼び声も高い。実際に今年も山岳比重の高いステージ構成となっている。

なかでも、大会中盤以降に控える2つの上級山岳頂上フィニッシュがポイントになりそうだ。第5ステージは1級山岳フルームサーベル、第7ステージは超級山岳サン・ゴッタルドの頂を目指す戦いになる。さらに、大会最終日・第9ステージではレース距離144.4kmの間で3つの超級山岳を越える大砦が待ち受ける。
そんな今年のスイスには、ツール総合2連覇に向けて準備を進めるゲラント・トーマス(イギリス、チーム イネオス)が乗り込む。フルームとの共闘となるツールに向け、この時期はチーム事情もあってのスイス参戦となったようだが、来る本番に向けてお手並み拝見といきたい。

トーマスが本気になれば敵なしとなる可能性もある今回の顔ぶれだが、今年はツールで上位進出を目指すエンリク・マス(スペイン、ドゥクーニンク・クイックステップ)や、昨年のツール新人賞のピエール・ラトゥール(フランス、アージェードゥーゼール・ラモンディアール)らは現時点での力を測るうえでは絶好のチャンスとなりそうだ。展開次第では、もちろんこの大会のリーダージャージ争いに加わっても不思議ではない。

年々厳しさを増すコース設定に、今年も平地系のスピードマンの多くが出場を回避。そんな中でも、2012年以降はスイスからツールの流れがルーティーン化しているペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)、上りにも強いマイケル・マシューズ(オーストラリア、チーム サンウェブ)やマッテーオ・トレンティン(イタリア、ミッチェルトン・スコット)らがエントリー。さらにツールに向けて注目は、UAE・チーム エミレーツのスプリンターコンビ、アレクサンドル・クリストフ(ノルウェー)とフェルナンド・ガビリア(コロンビア)の連携。早くからツールでの共闘を宣言しており、両者の関係性の良さは3月のUAEツアーでも実証済み。スイスでは、精度がアップした2人のコンビネーションに期待したい。
ジロ組、前哨戦回避組も続々とツール参戦意向を表明
ドーフィネ、スイスともに山岳ステージが厳しいことから、前哨戦を回避して別の手立てでツールへ乗り込もうともくろむ選手も多くなりそうだ。加えて、今年はジロからの連戦となる選手が増える傾向となることが予想される。

まず、体調不良からの完全復活を期して1つずつ段階を積み重ねているマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ディメンションデータ)は、6月19日からのツアー・オブ・スロベニア(UCIヨーロッパツアー2.HC)に出場することを表明。短期間で2度のエプスタイン・バールウイルス感染により、レース出場も不本意な結果が続いてきたが、ようやく完治に至り、ツールにベストコンディションで臨むべく準備を進めている。スロベニアには、マーク・レンショー(オーストラリア)やベルンハルト・アイゼル(オーストリア)といった、長年ともにしているリードアウトマンをそろえ、仮想ツールとして走ることも明かしている。昨年2月以降、勝利から見放されており、ツール本番に向けて“勝ち癖”をつけておきたいところ。

ジロ組では、ヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)のツール参戦意思表明が大きなトピック。ジロでは個人総合2位と、ベストとは言わずとも上々の成果を残したばかり。ツールでの目標はまだ明確にしていないが、先日スイスでレースをこなし、視界は良好のよう。
ただ、ニバリのケースは稀で、ジロからツールにシフトするビッグネームのほとんどがスプリンター。前述のガビリアのほか、ジロでは2勝を挙げたカレブ・ユアン(オーストラリア、ロット・スーダル)、さらにはジロでは未勝利で失意のまま大会を去ったエリア・ヴィヴィアーニ(イタリア、ドゥクーニンク・クイックステップ)もモチベーションが高い。特にヴィヴィアーニは、スプリンターの競演となる可能性が高いブリュッセルでの第1ステージでの勝利、そして大会最初のマイヨジョーヌ着用へ強い意欲を示している。ガビリア、ユアン、ヴィヴィアーニに共通することとして、ジロを途中で引き上げたことが挙げられるが、いずれもツールを見据えてのもの。ここまでは計算通りに来ていると見てよいだろう。
今週の爆走ライダー−ナンズ・ピーターズ(フランス、アージェードゥーゼール ラモンディアール)
1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシストや逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。
数々のドラマがあった今年のジロにあって、筆者主観で印象的な勝利を挙げるとするならば、第17ステージのピーターズの逃げ切りを選びたい。実力者がそろうフレンチチームにあって、プロ3年目の25歳は無名の部類に入るだろう。もっとも、ジロでのステージ優勝がプロ初勝利というのだから、その走りが日の目を見ることはそう多くはなかったはずだ。

なんて書くと、彼を知る人たちに怒られてしまいそうだ。ジュニア時代には数々のタイトルを獲得し、エリート街道を進んできたのだという。アンダー23時代にけがで苦しんだ時期もあったが、各年代のトップを走り、当時から将来を嘱望される選手だった。
それだけにプロ3年間の走りは少々物足りないと感じている関係者も多いようだ。プロ入り後も落車負傷があり、成長曲線に足踏みするタイミングがあったが、昨年のブエルタ・ア・エスパーニャでステージ上位を経験し、チーム内での評価も上がった。
そしてめぐってきたジロでのステージ優勝は、大会期間中苦戦を強いられたチームに大きな希望を与えるものとなった。両輪と目されたアレクシー・ヴィエルモーズ(フランス)が喘息発作に苦しみ、トニー・ガロパン(フランス)も膝の痛みで本領発揮とはならず。目標を見失いかけたチームを救う勝利は、レース前半に逃げを決めてから「自らの走りに集中した」結果だった。チーム事情もあり、ツールのメンバー入りの可能性は薄いが、バルデが上位進出を目指すツール組への最高のバトンタッチとなったに違いない。
彼のファーストネーム“ナンズ”は、フランスのテレビドラマ「Nans le berger」(羊飼いのナンズ)にあやかったものなのだとか。名付け親は、小さな村で生まれ育った彼と、農村が舞台だというそのドラマにシンパシーを感じたのだろう。そう思うと、不思議と彼に親近感を覚えてしまうのは筆者だけではないはずだ。


サイクルジャーナリスト。自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、今ではロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。現在は国内外のレース取材、データ分析を行う。UCIコンチネンタルチーム「キナンサイクリングチーム」ではメディアオフィサーとして、チーム広報やメディア対応のコントロールなどを担当する。ウェブサイト「The Syunsuke FUKUMITSU」