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福光俊介の「週刊サイクルワールド」<294>ロードレースシーンで存在感を強める“転向組” 大躍進の背景に迫る

by 福光俊介 / Syunsuke FUKUMITSU
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 春のクラシックが一通り終わり、サイクルロードレースシーズンはグランツールが盛り上げる時期に差し掛かろうとしている。おおよそレースタイプが切り替わるこのタイミングで、いま一度今シーズン躍進を果たしているライダーにスポットを当ててみようと思う。特に活躍が目覚ましいのは、サイクルスポーツの他種目、およびまったくの他競技からの転向組。「ロード進出」による活躍の背景と、彼らの今後を展望してみる。

この春のクラシックで大活躍のマチュー・ファンデルプール。シクロクロスの現役世界王者がロードでも大活躍している =ドワーズ・ドール・フラーンデレン2019、2019年4月3日 Photo: Yuzuru SUNADA

現役シクロクロス選手によるロードタイトル席巻

 数々のドラマが生まれた今年の春のクラシックにあって、まさに主役の1人だったのがマチュー・ファンデルプール(オランダ、コレンドン・サーカス)だ。彼は現在、シクロクロスの世界王者であり、同時にシクロクロスとロードレース、さらにはマウンテンバイク・クロスカントリー種目のオランダ王者でもある。

今年のシクロクロス世界選手権を制したマチュー・ファンデルプール。ロード、マウンテンバイクでもオランダ王者に君臨する超人だ =2019年2月3日 Photo: Yuzuru SUNADA / BELGA

 サイクルスポーツを追っている方であれば、これだけの活躍でも超人的であることはお分かりだろうが、ファンデルプールはロードレースに本格進出したのが昨シーズン。クラシックレースのようなビッグレースへの参戦は実質今年からと考えれば、石畳系のドワーズ・ドール・フラーンデレンや驚異的な追い上げの末に大物を撃破したアムステル・ゴールド・レースの勝利は、誰しもが驚きをもって彼を見ることは当然と言える。

 ファンデルプールに限らず、「シクロクロスからの転向組」の活躍が目覚ましい。現在のプロトンにあって、転向組の代表格であるゼネク・スティバル(チェコ、ドゥクーニンク・クイックステップ)は、今年のオンループ・ヘットニュースブラッドとE3ビンクバンククラシックの2つの石畳系レースを制したし、タイトルこそ獲得できなかったが前シクロクロス世界王者のワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)もクラシックシーズンを盛り上げた。ファンデルプールを含めた彼らに共通するのは、「現役のシクロクロッサー」でもあることだ。

春のクラシックシーズン2勝を挙げたゼネク・スティバル。シクロクロスの元世界王者は今も年間数レース出場しロードレースに生かしている =E3ビンクバンククラシック2019、2019年3月29日 Photo: Yuzuru SUNADA

 主に不整地(オフロード)を走るシクロクロスは、エリートであれば60分という競技時間の中で高強度を維持し、なおかつ荒れた路面をいかにロスなくクリアしていくかが求められる。脚力とともにバイクコントロールのテクニックが必要とされ、おのずとサイクリングの基本となる部分が養われる。

 加えて、シクロクロスはコース内のポイントによってはスピードの上下幅が大きくなるため、難所やコーナーからの立ち上がりでは相当なパワーを必要とする。60分の競技時間の中でかなりの回数のインターバルをこなすことになり、ロードレースでのスピード変化にも対応できるフィジカルが作られているものと考えられる。

 もちろん、シクロクロスで強いからといって、誰もがロードレースで結果を残せるかといえば、そうではない。ファンアールトに言わせれば、ロードは「(シクロクロスと比較して)長時間バイクに跨っているだけ」だそうだが、それは“天才”の発言として、ロードにも対応できるスタミナやスピードを兼ね備えていることが前提条件といえるだろう。同時に、ファンデルプールやファンアールトを見る限り、ロードでも生きる高い能力を持つことがシクロクロスで頂点に立つ条件になりつつあることも見逃せない。

ロードでも実力を発揮するワウト・ファンアールト。翌シーズンのシクロクロス参戦も明言している =パリ〜ルーベ2019、2019年4月14日 Photo: Yuzuru SUNADA

 現役のシクロクロッサーによるロードでの活躍が今のプロトンのトレンドの1つとなっているが、今後の興味は彼らが完全にロード転向を果たした際に、いまある能力がそのまま反映されるかどうか。リアルタイムで鍛えられている能力をロードに落とし込んでいる彼らが、これから先も同様に力を発揮していけるかは、ロードレースとシクロクロスとの関連性が語られるうえでの1つの答えとなる可能性がある。

 ちなみに、ファンアールトは先日、翌シーズンのシクロクロス参戦を表明。ファンデルプールは来年の東京五輪でマウンテンバイク・クロスカントリー種目での金メダルを目指すため、ロードへの完全転向は早くてもその後の見込み。「シクロクロス2強」によるロードと並行しての活動は、もう少し続くことになる。

オフロード出身かトラック出身か ロードでの脚質にも違い

 現在のプロトンで、過去にシクロクロスに取り組んでいた選手といえば、ジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)やペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)、ロマン・クロイツィゲル(チェコ、ディメンションデータ)の名が挙がる。アラフィリップもクロイツィゲルもジュニア時代に世界選手権2位を経験している。

マウンテンバイクからの転向組の代表格であるヤコブ・フルサング =リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ2019、2019年4月28日 Photo: STIEHL / SUNADA

 サガンはシクロクロスだけでなく、マウンテンバイクでも活躍。ジュニア時代にクロスカントリー種目で世界選手権を制していることは有名だ。リエージュ~バストーニュ~リエージュでの勝利が記憶に新しいヤコブ・フルサング(デンマーク、アスタナ プロチーム)もマウンテンバイクで実績を積んで、ロードへと移った1人。

 シクロクロスからの転向、または経験者はクラシックのような短い時間での高出力が求められるレースでの活躍が光るが、持久力やスピード、テクニックなど総合力が問われるマウンテンバイクからの転向組は、スプリンターからオールラウンダーまで幅が広い。

 このところ趣きが変わってきたのは、トラックからの転向組だろう。近年、トラック競技・中距離種目で栄光を勝ち取ってきた選手が次なる舞台としてロードレースを選ぶ姿を目にするようになった。これまで多かったのはトラックで培ったスピードをスプリントやタイムトライアルに生かす形だったが、新たに数年かけて総合的な能力を身につける選手も現れるようになった。

トラックから転向しツール・ド・フランス制覇までに至ったゲラント・トーマス =ツール・ド・フランス2018第21ステージ、2018年7月29日 Photo: Yuzuru SUNADA

 その最たる例が、ブラッドリー・ウィギンス(イギリス)やゲラント・トーマス(イギリス、チーム イネオス)だ。彼らはともにトラックからの“卒業”から年数をかけて、グランツールレーサーとして変貌。ともにツール・ド・フランスを制するまでに至った。

 トラック競技も、フィジカルやバイクコントロール、ペダリングなど広くテクニックが要求される。ウィギンスやトーマスはトラック時代の筋力を維持したまま体を絞りツールでの成功につなげたことを認めているように、ピストバイクで走ったことによって身についた能力をそのままロードレースに反映させている点に強みを持つ。

 トラックやシクロクロス、マウンテンバイクの経験者の多くがロードに転向する理由には、サイクルスポーツの中でも特に稼ぎやすい側面や、ツールなどの魅力的なレースが多くあることが考えられる。競技性とは別の面での事情こそあれど、そんな選手たちがロードレースのレベルを向上させ、レース展開の多様性を生み出していることも押さえておく必要がありそうだ。

スキージャンプや陸上、サッカー…異色の転向組も

 そんなロードレース、いよいよ他のスポーツからの転向組もトップへと躍り出始めた。

プロトン屈指のオールラウンダーであるプリモシュ・ログリッチェ。おなじみの「テレマークポーズ」はかつてスキージャンプ選手だったことに由来する =UAEツアー2019第7ステージ、2019年3月2日 Photo: Yuzuru SUNADA

 まもなく開幕するジロ・デ・イタリアでは、個人総合優勝候補筆頭にも挙げられているプリモシュ・ログリッチェ(スロベニア、ユンボ・ヴィスマ)は、ノルディックスキー・ジャンプでジュニア世界選手権・団体での優勝を経験。将来を嘱望された“鳥人”でもあった。

 また、ステージレースからクラシックレースまで上位の常連となったマイケル・ウッズ(カナダ、EFエデュケーションファースト)も、21歳までは陸上競技・中距離の選手として鳴らし、ジュニア時代には1500mでアメリカ大陸王者になったほどのランナー。ログリッチェとウッズに共通するのは、サイクリストとしてのスタートはマウンテンバイクだったこと。ウッズに至っては、けがのリハビリとして始めたサイクリングが自らの才能に気づくきっかけだったとも。

若手有望株のレムコ・エヴェネプールはサッカーで年代別のベルギー代表を経験。ロードレース転向後に驚異的な走りを連発している =UCIロード世界選手権2018ジュニア男子ロードレース、2018年9月27日 Photo: Yuzuru SUNADA

 そしてまた1人、他のスポーツからの転向組で大物が生まれようとしている。レムコ・エヴェネプール(ベルギー、ドゥクーニンク・クイックステップ)は、サッカーの元年代別ベルギー代表を経験。ベルギーの名門・アンデルレヒトの下部組織に5歳で入団し、11歳ではオランダの強豪・PSVの下部組織に移籍。それだけの実績を持つプレーヤーがロードレースに転向したのには元選手である父の影響が大きかったとはいえ、圧倒的な力で昨年の世界選手権ロード・個人TTジュニア2冠を達成するあたり、そのポテンシャルはまだまだ計り知れない。

 日本でも、他のスポーツを経験した若者をロードレースに招き入れるムードが高まっているが、世界的に見ても同様といえそう。その経緯こそ個々で異なるが、あらゆるスポーツを経験し養った身体能力を自転車に生かしていくことが、サイクルスポーツシーンにおける新たな時代への道しるべとなるのかもしれない。

今週の爆走ライダー−アウェット・ゲブリームディン(スウェーデン、イスラエルサイクリングアカデミー)

「爆走ライダー」とは…

1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシストや逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。

 2度目のジロ・デ・イタリア出場となるイスラエルサイクリングアカデミー。首脳陣が「バランスのとれたよいメンバーをそろえられた」と自信をもって8選手を送り出す。チームの目標はステージ優勝だ。

ジロ・デ・イタリアでグランツールデビューを予定するアウェット・ゲブリームディン。ここまで苦難の道のりを歩んできた Photo: Sérgio Gallegos

 山岳ステージでの上位進出を託されるのが、グランツール初出場のゲブリームディン。27歳のクライマーはここに至るまで、苦難の道のりを歩んできた。

 アフリカ大陸が誇る自転車王国のエリトリア出身。アンダー時代は同国の代表として世界選手権にも出場した。転機は世界を経験した2013年に訪れる。ナショナルチーム入りしイタリアで活動していたが、エリトリアへの帰国を拒否。亡命を希望し、スウェーデンへと渡った。

 「エリトリアと同様に自転車が盛んだと思っていた」のがスウェーデンを選んだ理由だったが、それからしばらくは自転車どころではなかったという。ビザの期限が過ぎてからもスウェーデンに滞在していた彼は、友人宅に18カ月も身を隠して生活。空腹との戦いだったというが、外出を控えていた間はスウェーデン語の勉強に時間を費やした。やっとの思いで難民申請が通ってからは、空のビール瓶を集めて得たお金でサイクリングに必要なアイテムをそろえたという。

 競技復帰まで3年を要したが、貧しい生活を乗り越え自転車に乗り始めた12歳の頃を思えば苦にならなかった。所属チームとの契約を解除され、収入なしの日々を送ったこともあったが、アマチュア時代の伝手を頼りにコンタクトをとった現チームとの出会いで夢はかなった。

 「苦難に立ち向かう選手たちを支え、才能を世界に羽ばたかせることはチームの使命」と語るのは、チームオーナーの1人であるロン・バロン氏。その好例として、ゲブリームディンの育成を掲げたいという。

 ジロのメンバー選出にあたり、「隠れて過ごしていた4年前を思えば、いま起こっていることは信じられない」とゲブリームディンは喜ぶ。チームの信頼に応えるべく、全力を尽くすと決めた。苦しかった日々を乗り越え、並ぶジロのスタートライン。こんな選手こそ、ここ一番で秘めた力を発揮するのかもしれない。

福光俊介福光俊介(ふくみつ・しゅんすけ)

サイクルジャーナリスト。自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、今ではロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。現在は国内外のレース取材、データ分析を行う。UCIコンチネンタルチーム「キナンサイクリングチーム」ではメディアオフィサーとして、チーム広報やメディア対応のコントロールなどを担当する。ウェブサイト「The Syunsuke FUKUMITSU

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