Cyclist選出・サイクリストへお勧め図書⑳直木賞作家がロードレース描いた『エスケープ・トレイン』 競技者、観戦者にも初心者にもおススメ

by 澤野健太 / Kenta SAWANO
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 Cyclist執筆陣を中心に、サイクリストにおすすめ図書を紹介する本企画。今回、編集長・澤野がおススメする1冊は、2月に出版された『エスケープ・トレイン』(光文社)です。直木賞受賞作家でもある、宮城在住の作家・熊谷達也さんが初めて執筆した自転車小説で、競技経験者も、自転車ロードレースを知らない人にも読んでいただきたい1冊です。

熊谷達也さんによる初めてのスポーツ小説『エスケープ・トレイン』 Photo: Kenta SAWANO

熊谷達也さん初のスポーツ小説

 もし海外で活躍するあの有名日本人選手が、ヨーロッパから帰ってきて日本のチームに入ったら? そんなことを勝手に空想しながら、どんどんページが進む1冊だ。フィクション、ノンフィクション問わず、近年自転車ロードレース競技を題材にした小説は多いけれど、この本は初めて自転車競技に触れた人から競技者まで誰もが楽しめるだろう。

要旨抜粋

サイクルロードレーサーの小林湊人が所属するエルソレイユ仙台に、梶山浩介が加入することになった。梶山は、16年前にヨーロッパに渡り、ツール・ド・フランスにも8回出場、世界のトップレベルで戦ってきたレジェンドだ。今季限りでの引退も囁かれていた梶山が、なぜ日本の、しかも新参チームに…。図抜けた実力を持つ梶山の加入でチームは、そして期待されながらもどこか抜けたところのある湊人は、どう変わっていくのか?

 作者の熊谷達也さんは、宮城県生まれ、仙台市在住で教員、保険代理店業を経て、97年に作家デビュー。2004年に『邂逅の森』で山本周五郎賞、直木賞をダブル受賞した経歴を持つ有名な作家だ。熊谷さんの趣味は多岐にわたり、数年前に自転車レースの中継を見るようになってから、同時にロードバイクに、乗るようになったという。

ロードレースやグランフォンドにも参加する熊谷達也さん(熊谷達也さん提供)

 小説の詳しい内容はネタバレになってしまうが、物語は、仙台を拠点にする自転車チームの若手選手が、欧州で活躍したベテラン選手から手ほどきを受け成長していく過程を描いていく。陸上競技から転向し、プロ3年目の主人公が、ヨーロッパ帰りの名選手に自分の力に覚醒されていく。フィクションでありながら、「ツール・ド・とちぎ」や「ツアー・オブ・ジャパン」を舞台に、主人公所属のチーム・エルソレイユ仙台が宇都宮ブラウヒンメルの選手と協調して集団をコントロールするシーンは、色々な具体的な人物を勝手に想像しながら読み進める楽しみがある。

一般読者にも分かりやすい説明

 そして何より素晴らしいのは、はじめて自転車競技に触れる読者にも、様々な描写が非常に丁寧、しかも簡潔に説明されているところだ。たとえば、「FTP」については、「その選手が一時間のあいだにどれだけのパワーを出し続けることができるのかをワット数で表したもので、VO2maxとは、運動中に摂取可能な酸素の最大値を表す指標である」と記述されているし、ラインレースについても、ツール・ド・フランスを例に1ページ半にわたって、わかりやすくかつ端的に説明されている。

設立したチームのジャージを着て、しまなみ海道を走った熊谷達也さん(熊谷さん提供)

 私も、物語の舞台である仙台を走ることが好きだ。昨年の正月、仙台の自転車店の走り初めに参加した時にクロモリのロードバイクに乗った年長者がとても速く、ちぎられた記憶があった。そのサイクリストが何より作者の熊谷さんで、その時は小説家とは存じ上げなかったのだが、この『エスケープ・トレイン』を始めて読んで、あれほどの脚と小説家としての経歴だからこそ、これほどの自転車小説が書けるのだと実感した。

 この物語をより深く楽しむ方法として、主人公たちが走る仙台市郊外の泉ヶ岳のヒルクライム、緑の美しい七ツ森ダム周辺を走ることを強くお勧めしたい。

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