Cyclistが駆け抜けた平成<6>NPO自転車活用推進研究会・小林成基氏 「自転車活用推進法」が切り拓くもの<後編>

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 転機は大きな不幸からもたらされた。2011年3月11日の東日本大震災で道路は寸断され、公共交通機関は麻痺状態に陥った。その際、最初に連絡や移動、運搬の足となって活躍したのは自転車だった。首都圏では原発事故による電力不足からJRや地下鉄の減便が続き、会社まで自転車で通勤するサラリーマンが急増した。20世紀の末頃から大都市における自転車通勤は増え始めていたが、大震災でやむなく自転車通勤を始めた人たちが、やってみると満員電車より快適なこと、健康にも経済的にもメリットがあること、生産性が向上することなどに気づいて定着し始めた。そして自転車利用が都市交通の一つとして無視できなくなった。

自転車利用者とクルマのドライバーの双方に車道上での自転車の存在を認識させるための「矢羽根」(青い矢印)。通称「ナビマーク」 画像提供: 小林成基

自転車活用推進の萌芽

 大震災から半年後の2011年10月25日、通称「総合対策」と呼ばれる通達が、警察庁交通局長から全国の警察と自治体に送られた。自転車について無関心だった社会が、「無視できない都市交通手段」と認めるきっかけとなったこの通達は、交通事故死者の減少を加速させる上で減少率の小さい自転車関連事故を減らすことの重要性を指摘した。また、自転車が車両の一部であることの再確認を警察職員(警察官)に促すとともに、車道の左側を走行する自転車の安全確保のために「時間制限駐車区間」、いわゆるパーキングメーターの撤去方針などを示した。

 ほぼ半世紀、常識化されてきた「歩道通行」を大転換させる画期的なものだったが、根付いた常識の壁は厚く、2008年4月以前に発行された警察官のための手引き書には「自転車は歩道へ誘導すること」との記載があり、こうしたテキストで育った上官からの指導を受ける新人警官も少なくなかった。また、道路法に基づく道路構造令には「自転車専用道路」と「自転車歩行者道」しか記述がないため、道路幅と予算を理由に自転車通行空間を歩道に求める流れは一朝一夕には止まらなかった。

行政と政治が同時並行で推進

 警察庁の通達の直後、同年11月に警察庁と国土交通省は再び共同で自転車の委員会を組織した。「安全で快適な自転車利用環境の創出に向けた検討委員会」は、自転車走行空間をネットワークとして整備する方針を打ち出し、自転車利用者とクルマのドライバーの双方に車道上での自転車の存在を認識させるための「矢羽根」(ピクトグラム)の設置を提案した。

 議論の総括は翌2012年11月に「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」として公表され、札幌、宇都宮、東京などで交差点を矢羽根で誘導し、クルマと同じように直進させる整備が始まった。しかしこの段階ではまだネットワーク計画を策定する自治体は少なく、空間整備も社会実験の域を出ない小規模、短い路線ばかりで、クルマ側の認識も高まらなかった。

 2013年4月1日、超党派の国会議員で組織する自転車活用推進議員連盟(以下、自転車議連)が年次総会を開催し、谷垣禎一会長(当時、法務大臣)が「自転車活用を進めるための提言」のとりまとめを指示。ついに政治が大きく動き始めた。4日後には岩城光英事務局長の指示で「自転車活用プロジェクトチーム」が組織され、座長には小泉昭男参議院議員が就任。1年後の4月22日の総会に提言の叩き台が提出されるまで、勉強会や関連団体との意見交換が繰り返された。

2016年末に「自転車活用推進法」成立

 2014年12月になると三度目の委員会が発足した。「安全で快適な自転車利用環境の創出の促進に関する検討委員会」である。なかなか動かない各自治体の背中を押すために「促進」の文字を加えた委員会は、歩道上の自転車通行部分を明確に否定。最終的には自転車道、自転車専用通行帯を整備するとしても、その間の車道上での自転車利用者を守るため、車道左側の自転車通行明示を暫定措置とするネットワーク計画の策定推進を盛り込んだ「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン改訂版」を2016年7月に公表した。

自転車活用推進法の成立に関わった超党派議連のメンバー=2016年12月16日、参議院会館 Photo: Naoi HIRASAWA

 一方、自転車議連の提言書はそのまま法制化作業へと進んだが、法案提出の時期を見計らっている間に、自民党幹事長を務めていた谷垣会長がサイクリング中の事故で長期入院を強いられる事態となった。後任の会長には二階俊博会長代行が就任。奇しくも自民党幹事長も受け継ぎ、2016年9月に臨時招集された192回国会に衆議院議員提出法案として上程することを指示。会期延長となった後、「自転車活用推進法」として12月9日に全会一致で可決成立した。

動き始めた自治体

 自転車活用推進法の要諦は第8条一項の「自転車走行空間整備を政府の責務」と明確化したことにある。特別に予算が増えたわけではないが、自転車を意識した道路設計が行われるようになり、交通管理の上でも自転車の存在を前提とした規制がなされるようになってきた。政府内(具体的には国土交通省道路局)に自転車活用推進本部が設置され、政府の自転車活用推進計画が閣議決定されて、バトンは都道府県、市区町村に渡された。多くの自治体が地方版自転車活用計画の策定にとりかかっている。

 これまで道路幅が狭いために専用道路や通行帯を設置する余裕がないとして手を付けられなかったところにも、クルマのドライバーに自転車を認識させるための路面表示が可能になった。

 例えば京都市では街の雰囲気に合わせてベンガラ色の路面表示を多用し、市民だけでなく海外からの観光客にも理解できる整備を進めている。愛媛県は2017年度に1000km以上の道に自転車通行を示すブルーラインを設置。東京では3年間で1000kmの都道に自転車ナビマークが敷設された。国も大幹線道路に矢羽根や自転車ピクトグラムを設置し、区市町村も細街路への整備を進めるようになった。

 放置自転車対策のための「全国自転車問題自治体連絡協議会」は「全国自転車施策推進自治体連絡協議会」へと改名。自転車を観光まちづくりに生かそうと新たに「自転車を活用したまちづくりを推進する全国市区町村長の会」も発足。両団体を併せると約500、全国の自治体の3分の1が自転車を活用する意欲を見せていることになる。

環境整備は始まったばかり

 この4月には道路構造令が改正され、これまで明文化されていないために実験の名目でしか整備されなかった「自転車専用通行帯」が明記された。一般市民にはピンとこないが、計画や予算、施工のたびにガイドラインに従うか構造令に沿うべきか是非が問われてきた問題に決着がついたため、専門家たちは「整備は加速する」と口を揃える。

 ますます進む高齢化、人口減、そして都市の若者のクルマ離れ、電動化、自動運転など、変化のタネをあげれば枚挙の暇がない。今後、変化に対応するため登場が予測されている多様な「緩速車両」を道路はどのように受け入れていくのか。快適で安全な移動を確保する上で、自転車環境すら整備できないようでは未来はない。私たちはまだ理想の入口をくぐったばかりである。

小林成基小林成基(こばやし・しげき)

駒澤大学文学部英米文学科卒。雑誌編集者などを経て衆議院議員公設秘書、政策担当秘書、大臣秘書官を歴任。その後(財)社会経済生産性本部(現・日本生産性本部)で研究員として環境問題に関わり、自転車活用推進研究会を創設。2006年7月に研究会をNPO化し、現在理事長を務める。国土交通省、警察庁、自治体などの自転車や交通街づくり関係会議委員や、土木学会、交通工学研究会、国際交通安全学会などでも活動。共著書に『自転車市民権宣言』(リサイクル文化社)『コミュニティサイクル』(化学工業日報社)『新・自転車“道交法”BOOK』(枻出版社)など。

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