Cyclistが駆け抜けた平成<5>NPO自転車活用推進研究会・小林成基氏 自転車が道路で“中途半端”になった理由<前編>

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 自転車をめぐる話題から平成を紐解く連載『Cyclistが駆け抜けた平成』。第5回はNPO自転車活用推進研究会(以下、自活研)理事長の小林成基さんが、2016年の「自転車活用推進法」の成立に至るまでの“道路史”を振り返ります。軽車両として車道を走ることが原則となっている自転車ですが、そのルールを実行するための走行環境は決して十分とはいえません。世界にも例を見ない、この曖昧な状態が作り上げられた背景にはどのような歴史があったのか、またいかにしてテコ入れが始まったのかを前後編で解説します。

ルール遵守か、安全走行か。交通上、中途半端な存在になってしまった自転車 Photo: iStock.com/tupungato

◇         ◇

自転車走行を想定しない道路

 自転車が非課税となり、鑑札制度(車籍登録)が廃止された1958年頃、日本に舗装道路は少なく、サイクリング車が長距離を走る環境はなかった。1956年に日本の道路事情を調査した世界銀行のリポートは「日本の道路は信じ難い程悪い。工業国にしてこれ程完全にその道路網を無視してきた国は日本の他にない(武部健一著『道路の日本史』中公新書・ワトキンス・レポート序文)」と指摘していた。

 1959年、5年後の東京オリンピック開催が決定すると、日本は新幹線や高速道路などを驚くべき短期間で整備し、高度経済成長の波に乗ってモータリゼーションへと突き進む。1960年代を通じてクルマは増え続け、大阪で万国博覧会が開かれた1970年には、交通事故死者が史上最高の年間1万6765人を記録した。現在の約4倍である。

 当時の日本はクルマの邪魔になるものを道路から駆逐して、まっしぐらに自動車大国を目指した。自転車は路面電車やトロリーバスなどと一緒に車道から追い出されたが、1970年に道路交通法が改正され、自転車の歩道通行を合法化し、自転車だけは逃げ道を拓いたために、その利用が激減した英米仏などに比べると交通分担率を非常に高いレベルで推移させることができた。

 そのかわり必然的に歩行者との事故が増加し、1983年には自転車通行を歩道幅2m以上に制限して「自転車歩行者道標識」を掲げざるを得なくなったが、「自転車は歩道」という世界的にも類例のない非常識を常識化させる結果を招いた。

自転車らしく乗れない法律

 法律では、歩行者用道路である歩道・路側帯を通行する自転車は「徐行」しなければならない。自転車の「徐行」については1978年に一度だけ国会答弁があり、「おおむね時速4~5km」とされている。その後、警察庁が「時速6~8kmであればただちに停止することが可能」との実験結果を示したが、いずれにせよ「自転車らしい速度」で走るのは違法である。

 しかし、現実には事故でも起こさない限り、法が適用され検挙されることはない。法に従って歩道を徐行し、一時停止すれば事故が起きることはないはずだが、早足で歩くのと同じ速度でしか移動できないなら、なんのために自転車を利用するのかという矛盾に突き当たる。

 一部には、「ただちに徐行できる速度」で走ることができる自転車歩行者専用道や自転車通行指定部分が地域の公安委員会によって指定されているが、標識は徐行を前提とする歩行者用道路とまったく同じであり、利用者は区別することができない。どのルートのどの部分が徐行よりも速く走ることができる歩道なのか、所轄の警察署の交通課にある規制地図を確認しなければわからないとなると、法律違反を取り締まりたくても運用できないジレンマに陥る。こうして結局、自転車は中途半端なよくわからない存在になっていった。

 また、駅前の放置自転車は1980年代初期には全国で100万台近くに達したが、自転車駐車場対策を定めた、いわゆる「自転車基本法」とこれに基づく地方自治体の努力によって駅前駐輪場の整備が進み、自転車に関係する課題は放置自転車問題から安全快適な走行空間整備へと重点が移っていった。しかし、放置自転車によって作られた「迷惑物」のイメージがつきまとうこととなり、軽んじられる風潮が背景にあった。

自転車の通行位置を巡る対立

 道路交通法の原則では自転車は「車両」に分類され、軽車両として車道左、多車線の場合は第1車線を走行することになっているが、2007年の法改正以降、車道が危険と判断される場合には歩道をどちらの方向にも通行することが許されようになった。ただ、危険と判断するのは自転車利用者なのだから、「緊急避難」として歩行者空間を侵害する規定で事足りるはずなのだが、わざわざその例外事項を法制化してしまうから、またしてもさまざまな矛盾が生じることになった。

 歩道通行の前提はあくまで「徐行」であり、歩行者の邪魔になるときは「一時停止」が義務づけられ、従わなければ「3カ月以下の懲役、又は5万円以下の罰金」である。つまり、厳密に法を適用すると車道を安全に走る環境がなければ、実質自転車を使うことはできない。その上、なんでも器用にこなす日本人は歩道と車道の段差を乗り越える独自の「ママチャリ」をもってして、当面の問題を解決しようとした。

 確かにクルマに怯えながら走るよりは安心感は高まるが、一方で歩道を行く自転車はドライバーから存在を認識されにくく、自転車関連事故の7割以上が交差点で起きるという事態を招いた。交差点事故の件数は、先進諸国の中でも日本が突出して多い。21世紀に入り、交通事故総合分析センターの分析で「クルマのドライバーからは歩道を通行する自転車が認識しにくいため、視認ミスによる事故が宿命的に起きやすい」と報告されると歩道通行を見直す動きが始まった。

 ところが2006年11月30日、警察庁の自転車対策検討懇談会が「自転車利用者の安全を確保するために、歩道通行を認める」という方向で、「自転車の安全利用の促進に関する提言」をまとめた。「歩道通行可」という標識がある歩道だけで認めていた自転車の歩道通行を拡大する一方、「特に危険」とされる車道での自転車の通行を禁止する道路交通法の改正を目指した。

自転車無関心時代の終焉

 自活研は「自転車の歩道通行義務化」方針に反対する行動を幅広く呼びかけ、「安心して歩ける歩道/安全な自転車道/渋滞のない車道を実現する全国連絡会」(略称:全歩連)を設立。警察庁案に対して大量のパブリックコメントを送付する運動を展開、メディアへの働きかけと同時に、超党派の議員で構成する自転車活用推進議員連盟へのロビーイングも積極的に行った。

 道交法改正は結局、素案どおりに行われたものの、施行と同時に「自転車は車道が原則、歩道は例外」で始まる「自転車利用安全五則」が閣議了承された。こうした動きと前後して、東京第二弁護士会が「道路は誰のものか」と題するシンポジウムを開催するなど、さまざまな団体が自転車通行の常識を問うきっかけとなった。

 2008年8月に警察庁と国土交通省は共同で「自転車の利用環境のあり方を考える懇談会」を設置し、座長に東工大の屋井鉄雄教授(現副学長)、副座長に埼玉大の久保田尚教授を充てて通行環境についての議論を始めた。

 当時、委員の末席を汚すこととなった私は、ある先輩から「委嘱状を額に入れておけよ」と言われたことを憶えている。委嘱状は警察庁の矢代隆義交通局長と国土交通省の宮田年耕道路局長の連名で発せられていた。私はそれまで、道路を整備する側と道路上の交通管理をする側が綿密に打ち合わせて道路や信号、標識や車線などが整備されていると思っていたが、実は自転車に関して両省庁が協働するのは初めてのことだったのだ。

 懇談会は社会問題化しつつあった歩道内での対歩行者事故の急増に焦点をあて、全国に100のモデル道を整備することで自転車通行空間のあり方を示すこととなった。呼びかけに応じた98の自治体が整備計画を発表したが、実際には実現したのはその9割。そのほとんどが懇談会で否定的な意見が多かった「歩道内通行指定部分」(自転車専用の通路ではない)であった。

 1年後に調査したところ、歩道上に整備されたところでは自転車事故が1割程度しか減らなかったのに対し、柵や縁石で囲った自転車道では26%、車道の路肩部分に青着色した自転車専用通行帯では36%も減ったことがわかった。しかし具体的にどのような整備が妥当なのか、議論は起こるものの実際の整備区間は数百m程度の社会実験ばかりで、実際に使われた自転車空間は数えるほどだった。

<後編に続く>

小林成基小林成基(こばやし・しげき)

駒澤大学文学部英米文学科卒。雑誌編集者などを経て衆議院議員公設秘書、政策担当秘書、大臣秘書官を歴任。その後(財)社会経済生産性本部(現・日本生産性本部)で研究員として環境問題に関わり、自転車活用推進研究会を創設。2006年7月に研究会をNPO化し、現在理事長を務める。国土交通省、警察庁、自治体などの自転車や交通街づくり関係会議委員や、土木学会、交通工学研究会、国際交通安全学会などでも活動。共著書に『自転車市民権宣言』(リサイクル文化社)『コミュニティサイクル』(化学工業日報社)『新・自転車“道交法”BOOK』(枻出版社)など。

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