title banner

猪野学の“坂バカ”奮闘記<33>坂バカ“猛者集団”による鬼のKOM特訓<後編> ウサギ追うカメに休む権利なし!

  • 一覧

 思わぬ形で逃げが決まってしまった地獄の伊豆200km、「坂バカ“猛者集団”による鬼のKOM特訓」後編。逃げが決まった以上、逃げ切りたくなるのがサイクリストの性だ。猛者集団もまさか箱根で千切れた坂バカが先行してるとは思うまい。土肥へと抜ける山岳を集団から3分の先行で山頂を通過する。下りも猛烈に飛ばし、今度は土肥から戸田へ抜ける山岳に入った。しかし…

相変わらず化け物じみた速さの森本誠師匠。次元が違う…

ウサギ集団相手に悶絶するカメ

 伊豆は本当に坂天国である。海岸線は富士山が美しく見える絶景スポットなのだが、のろまなカメ(私)に景色を楽しむことは許されない。サイコンの画面を見ると走行距離は95km。ちょうど半分を消化したことになる。このペースで行けば何とか制限時間内に完走できる目算だ。

 しかしここで私に新たな試練が襲いかかった。魔の腰痛だ。私は昨シーズン、誤った筋トレで発症した腰痛に悩まされ続けていた。この日も腰痛が出てしまい、左脚の感覚がなくなって全く踏めなくなってしまった。

 失速するカメ。これはウサギさんチーム(猛者集団)に早々に吸収されるだろう、と思ったが、集団はなかなか現れない。後で聞いた話だが、ウサギさんチームはこの時、昼食などの大休憩をとっていたらしい。そんな事などつゆほども知らない私は、最大の難所とされる戸田峠へと差し掛かった。

 この戸田峠が距離も勾配もかなりの大物! 容赦なく疲れた身体と腰痛に襲いかかってくる。ついに腰が痛くてどこにも力が入らなくなった。フォームを維持できず、まるで深海に住むプランクトンの様にウニウニと変な動きをしだす。辛い、痛い、苦しい。悶絶ヒルクライムだ。

地獄の苦しみとはこのこと…

 やっとの思いで山頂に着くとカップルのチャリダーがいて、私を指差し「あ!坂バカだ!本当にいるんだぁ!スゲェー!」と声をあげた。私はアニメやゆるキャラではない。私は実存する。

 ここからは修善寺へと抜ける長い下りだ。補給のどら焼きを食べながら飛ばす!が、長い下りを終えて修善寺駅に着いた時、またしても道が分からなくなってしまった。今度は間違うわけにはいかない。ちょうど、本屋さんがあったので道を聞いてみる事にした。

 「すみません、道をお尋ねしたいのですが」と入ると、店主がギョッとした目で私を見た。当たり前だ。鼻水を垂らし、眼鏡を曇らした全身塩まみれの赤い水玉ジャージを着た男が入って来たのだから。しかし店主はとても親切な方で、地図を持ち出し熱海へと抜ける道を教えてくれた。しかし親切過ぎるからなのか、私の気が動転してるからなのか、道が全く頭に入って来ない。

 焦りをつのらせていると、「猪野さんいたっ!!」という声が外で響く。猛者集団だ! 長い間逃げて来たが、まさか本屋で捕まってしまうとは。店主にお礼を告げて集団の元へ駆け寄った。久々に会えた猛者集団の皆さんも、さすがに少し疲弊して見えた。どうやら戸田峠で熾烈な争いが繰り広げられたようだ。強度は違えど、ウサギにはウサギの苦しみがあるのだ。

休んだらただのカメ

 集団に吸収された私は気を取り直し、熱海へと抜ける山岳へと出発! 最後尾の佐々木遼さんの後ろに付かせてもらって驚いた。ものすごいケイデンスだ。160くらいだろうか…私史上、こんなケイデンスを見たのはTVの中のクリストファー・フルームくらいだ。フィジカルもすごいがスキルもすごいと感心していると、鮮やかなペダリング音がどんどん小さくなっていく。そう…猛者集団は疲弊はしているが、強度は全く落ちていなかったのである。

 もう何度、小さくなる猛者集団を見送っただろうか…さすがに「ウサギとカメライド」もこれで終わりだ。今生の別れだと思うと悲しくなってきた。身体も脚も売り切れて力が入らない。これではいよいよ完走も危ういレベルに失速しだした。

半べそ顔の筆者。スタッフに「こんなの無理だっつーの!」

 そこに「猪野さん頑張ってー!」と黄色い声援か聞こえた。とうとう幻聴まで現れたかと思ったが、ふと横を見ると車の助手席から若い女性が微笑んで手を振っているではないかっ!! これは嬉しい! 私はおじさんと子供には人気はあるが、女性に声を掛けられることはまずない。俄然力が湧いてくる己の単純さに呆れながらも、力を取り戻して熱海への山岳をパスし、いよいよラスボスの椿ラインへと突入した!

 熱海の海岸線へ出た所に久々にコンビニが現れた。7時間自転車に乗り続け、初めてのトイレ休憩を取ることに。すると、なんとそこに先程今生の別れをしたばかりの猛者集団が! 考えることは同じ、集団もここで最後の補給を取っていたのだ。私は猛烈に休憩したかったが、トイレだけ済まし自転車にまたがった! カメに休む権利なし。カメが休んでしまったら、それはもうただのカメでしかない。カメが頑張るからあの童話は成立するのである。

ウサギ集団の異次元の走力

 ウサギさんに、「なるべく長く休憩していてくれ」と祈りながら熱海に到着。湯河原へと抜ける坂を走っていると、電光石火の如く、ものすごいスピードで私を追い抜く2つの影。あまりに突然の事で、事態を飲み込むのに時間がかかる。するとすぐ今度は集団が抜き去って行った。なんと猛者集団がアタック合戦をしていたのだ!!

 もう170kmも走って来ているのに、猛スピードで追い込んでいる。なんて化け物ぶりだ…。さすがに、ここまですごいと「あっぱれ!」といいたくなる様な、変に清々しい気持ちになるから不思議なものだ。いいものを見させていただいた。後は己のとの闘いだ。失速さえしなければ完走は出来る!

カメはカメなりに。あとは己との戦いだ

 しかしこの椿ライン…勾配は緩くて気持ちいいが、距離がえげつない。何度も何度も同じような景色が現れ、メンタルがやられていく。漕いでも漕いでも山頂が見えない。すると猛者集団を撮影していたバイクが前から降りて来た。どうやら猛者集団の撮影は終わったようだ…。猛者の勝敗の結果を聞くとどうやら美ヶ原チャンプの加藤さんが勝利した模様。カメとウサギとの差は30分くらいだという。あんな信じられないスピードで抜かれた割には少ない差で驚いた、と同時に勇気が湧いてきた。

 最後は台湾を想定し、少し強度を上げる。ようやく山頂に着いた時の安堵感は…今まで、得た事のないものだった。あとは箱根へと下るだけ。9時間前に上った旧箱根坂を噛み締めながら下る。長い1日を殆ど自転車の上で過ごした。こんなに長い時間、自転車に乗り続けたのは初めてだった。

生まれ変わったらウサギに…

 ようやく箱根に着いた時にはすっかり日が暮れていた。しかし制限時間の30分前にゴールすることができた。こんなに嬉しいことはない。すっかり着替え終わったウサギさんたちも「すごい!」と労ってくれた。このライドのおかげで「台湾KOM」で好成績を出せたのはいうまでもない。しかし、猛者との“撮れ高”という意味では、情けない結果だった。だがしかし! あんな強度で走れるタレントがどこにいるというのだ!

最後にもう一度、スタート前に撮った集合写真。生まれ変わったら私もウサギになりたいものだ…

 いつの日か、猛者集団とともにロケができる走力を身に付けたいものだが、恐らく来世か、来来世になりそうだ。カメはウサギにはなれない。生まれ変わるしかないのだ。

 しかし、努力で少しでも近付くことはかも知れない─そう夢みて…今日も心拍を上げるカメなのであった。

(写真提供:テレコムスタッフ)

猪野 学猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00〜18:25)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

関連記事

この記事のタグ

猪野学の“坂バカ”奮闘記

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

ショップナビ

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載