福光俊介の「週刊サイクルワールド」<286>開幕ダッシュで一躍シーズンの台風の目に アスタナ プロチーム 2019年シーズン展望
2019年のサイクルロードレース界トップシーンにおいて、中央アジアの古豪がダークホースとなるかもしれない。これまでもビッグネームを擁し、グランツールを中心に活躍してきたアスタナ プロチームだが、昨秋からのストーブリーグで大幅な選手入れ替えを断行。これにより、近年になくチームの方向性が明確になった。ターゲットは3つのグランツールと、格式高きクラシックレース。開幕ダッシュにも成功、チームは勢いづいている。

イサギレ兄弟の加入でアルデンヌが春のターゲットに
今年の新加入選手は9人。なかでも、兄・ゴルカと弟・ヨンのイサギレ兄弟(スペイン)のチーム合流は大きなトピックだ。
実績に勝るのはヨン。近年はワンデーレースからグランツールまで幅広く戦える選手として、ビッグレースになれば優勝候補の1人に挙げられる。昨年はパリ~ニース個人総合4位、イツリア・バスクカントリー同3位と、シーズン前半に1週間程度のステージレースで結果を残した。

後半は、ブエルタ・ア・エスパーニャで個人総合9位で調子を上げると、ロード世界選手権ではアレハンドロ・バルベルデ(スペイン、モビスター チーム)を好アシスト。イル・ロンバルディアも6位とまとめている。
ヨンの強みは大きなレースで確実に上位を押さえる安定感。一撃で勝利を射止めるような強力なアタックこそ少ないが、ハードなレースにあってもしっかり前線で戦い抜くことができるタフさがある。上りに対しても緩急問わず対応ができ、個人タイムトライアルを得意とするように独走力もあるだけに、レースの流れが彼に向けば勝機はグッと上がってくる。
ヨンのアスタナ加入によって、春のビッグイベントであるアルデンヌクラシックは見通しが明るくなった。2017年には5位と躍進したリエージュ~バストーニュ~リエージュをメインにエースを務めることが濃厚。同レースで昨年10位のヤコブ・フルサング(デンマーク)も控えるが、登坂力とスピードとを考えると、ヨンをAプランとして戦うことが現実的といえそうだ。
もっとも、ヨンにとって昨年のアルデンヌクラシックは不本意だったに違いない。実績がありながらも、自身のコンディションやチーム事情でアシストにまわった経緯があり、新たな環境で期するところもあるはずだ。

一方、スピードではヨンに負けていない兄のゴルカ。弟と行動をともにすべく、前チームのバーレーン・メリダを1年で離れることを決断。スペインチャンピオンジャージを手に、アスタナ入りを果たした。
昨年のパリ~ニースでは最後まで総合争いを演じ、最終的には3位で終えたように、1週間程度のステージレースを得意とする。険しい山岳やグランツールではアシストにまわることが多いが、得意なレイアウトのステージにターゲットを絞って逃げに加わることもしばしば。マルチに戦えるあたりは、脚質こそ違えどイサギレ兄弟の魅力だ。
その両者、やはり今年もシーズンインから飛ばしている。ヨンは2月6~10日のボルタ・ア・ラ・コムニタ・バレンシアナ(スペイン、UCI2.1)で、バルベルデらを下して個人総合優勝。ゴルカもツール・ド・ラ・プロヴァンス(フランス、UCI2.1)を制覇。第2ステージで得たリーダージャージを守りきり、自身のシーズン初戦を最高の形で終えている。
ロペス、フルサングら万全のグランツール態勢
昨シーズンの殊勲者として名が挙がるのが、ミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア)。プロ4年目だった2018年、早くから注目されてきた才能がついに開花。出場したグランツール、ジロ・デ・イタリアとブエルタでともに総合表彰台を確保してみせた。

2年前のブエルタではステージ2勝を挙げているが、昨年はステージよりも総合成績に集中。上りが厳しくなればなるほど強さを発揮するその登坂力で、難関ステージを上位フィニッシュ。両レースともにトップからは水を開けられたものの、堅実な走りに終始し、狙い通りの成果を収めた。
今シーズンは、確実に総合での頂点が視野に入ってくる。ともに個人総合3位とした昨年に続きジロとブエルタをターゲットにすることが濃厚だが、計算できる上りの走りに加えて、タイムトライアルステージをどうまとめるかがポイントになってくる。
シーズン最初のグランツールであるジロに関して見れば、合計3ステージ・総距離58.5kmの個人TTステージをうまくクリアすることが絶対条件となる。朗報は、3ステージ中2ステージが上り基調のコースレイアウトであることと、2月上旬に開催された国内選手権の同種目で2位に入ったこと。TT能力の向上が見られており、それが大事な局面で発揮されるかがカギとなる。
もちろん、山岳ステージでタイムを稼ぎ出すことで自らの戦いを楽にしておくことも必要。既存の戦力に加えて、2年前にブエルタ出場経験のあるエルナンド・ボオルケスと、2016年にエティックス・クイックステップ(現ドゥクーニンク・クイックステップ)所属経験のあるロドリゴ・コントレラスと、2人のコロンビアンライダーを獲得。ロペスの山岳アシストとして計算されており、強固な態勢でイタリアへと乗り込むことになりそうだ。

かたや、ツールはベテランのフルサングが総合エースを担当することになりそうだ。派手さはないものの、山岳・TTともに大崩れしないのが特徴。昨年はツール直前に出場したツール・ド・スイスで個人総合2位と活躍したが、そこで調子のピークが来てしまった印象で、ツール本番は個人総合12位。今年の目標は、7位に入った2013年以来の個人総合トップ10が現実的なところとなる。
さらには、昨年のジロで個人総合6位。実質ロペスとの2枚看板として走ったペリョ・ビルバオ(スペイン)もさらなる進化に期待が高まる。今年もジロでロペスと双璧をなす見通しで、チームがどのように戦術を組み立てるのかが見もの。
なにより、3人ともに快調なシーズンイン。ロペスは2月12~17日のツアー・コロンビア(UCI2.1)で個人総合優勝。ステージ勝利こそなかったが、山岳ステージを中心に安定した戦いぶり。ビルバオとフルサングは2月15~16日のブエルタ・ア・ムルシア(UCI2.1)に臨み、それぞれ個人総合3位、6位。ビルバオは第1ステージを制するなど、好アピールを見せている。
開幕ダッシュの勢いは持続なるか
チームは開幕ダッシュに成功。破竹の勢いで勝利数を加算している。

ヨンがバレンシアでチームにシーズン初勝利をもたらすと、同じくスペインで行われたブエルタ・ア・ムルシアでルイスレオン・サンチェス(スペイン)が個人総合優勝。第2ステージでは、バルベルデとのマッチアップを制してのタイトル獲得。また、ビルバオが制した第1ステージでは、オマール・フライレ、サンチェスのスペイン人トリオも続き、ワン・ツー・スリーフィニッシュを達成。大会を完全に支配した。
シーズンインから好調のサンチェスは、開幕戦のサントス・ツアー・ダウンアンダーでも総合表彰台争いを活性化させ、4位でフィニッシュ。近年は1週間程度のステージレースやグランツールでの逃げで強さを発揮しており、その戦いぶりには老獪さがうかがえる。まだまだ衰える気配はない。
Cyclistでレースリポートが掲載中のツアー・オブ・オマーンでは、アレクセイ・ルツェンコ(カザフスタン)が昨年に続く快走劇。第2ステージで逃げ切り勝利を挙げると、翌日の第3ステージでもフィニッシュ直前の上りで鮮やかなアタック。連勝を飾った。自身は上りでの走りにも自信を深めているといい、得意とするスピード重視の展開に限らず、オールラウンドに戦える状態を築き上げている。

このほか、小集団でのスプリントや逃げで魅せるマグナス・コルトニールセン(デンマーク)や2017年のブエルタ山岳賞のダヴィデ・ヴィレッラ(イタリア)といった実力者も控える。また、新加入のメンバーも即戦力ぞろいで、チーム内のレギュラー争いも激化しそうなムード。
かつてトップシーンで活躍し、カザフスタンの英雄であるアレクサンドル・ヴィノクロフ氏がゼネラルマネージャーを務める。同国の国営企業がスポンサーに名を連ねており、実態としては国家プロジェクトの趣きが強い。所属28選手中、カザフスタン人ライダーは9人。チームは過去に所属選手や研修生による薬物違反が明るみになり、UCIワールドチーム申請が受理されない危機に陥ったこともあったが、運営を含めた管理体制の強化を図り、しっかりと戦えるチームを作り上げている。
アスタナ プロチーム 2018-2019 選手動向
【残留】
ペリョ・ビルバオ(スペイン)
ザンドス・ビジギトフ(カザフスタン)
ダリオ・カタルド(イタリア)
マグナス・コルトニールセン(デンマーク)
ローレンス・デフリーズ(ベルギー)
ダニイル・フォミニフ(カザフスタン)
オマール・フライレ(スペイン)
ヤコブ・フルサング(デンマーク)
エフゲニー・ギディッチ(カザフスタン)
ドミトリー・グルズジェフ(カザフスタン)
ヤン・ヒルト(チェコ)
ユーゴ・ウル(カナダ)
ミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア)
アレクセイ・ルツェンコ(カザフスタン)
ルイスレオン・サンチェス(スペイン)
ニキータ・スタルノフ(カザフスタン)
ダヴィデ・ヴィレッラ(イタリア)
アルチョム・ザハロフ(カザフスタン)
アンドレイ・ツェイツ(カザフスタン)
【加入】
ダヴィデ・バッレリーニ(イタリア) ←アンドローニジョカトリ・シデルメク
マヌエーレ・ボアーロ(イタリア) ←バーレーン・メリダ
エルナンド・ボオルケス(コロンビア) ←マンザナポストボンチーム
ロドリゴ・コントレラス(コロンビア) ←EPM
ヨナス・グレゴー(デンマーク) ←リワル・セラミックスピード サイクリングチーム
ゴルカ・イサギレ(スペイン) ←バーレーン・メリダ
ヨン・イサギレ(スペイン) ←バーレーン・メリダ
メルハウィ・クドゥス(エリトリア) ←チーム ディメンションデータ
ユリー・ナタロフ(カザフスタン) ←アスタナシティ
【退団】
セルゲイ・チェルネスキー(ロシア) →カハルーラル・セグロスRGA
オスカル・ガット(イタリア) →ボーラ・ハンスグローエ
アンドリー・グリフコ(ウクライナ) →未定
ジェスパー・ハンセン(デンマーク) →コフィディス ソリュシオンクレディ
タネル・カンゲルト(エストニア) →EFエデュケーションファースト
バフティヤール・コジャタイェフ(カザフスタン) →未定
リカルド・ミナーリ(イタリア) →イスラエルサイクリングアカデミー
モレーノ・モゼール(イタリア) →NIPPOヴィーニファンティーニ・ファイザネ
ルスラン・トレウバイェフ(カザフスタン) →引退
ミケル・ヴァルグレン(デンマーク) →チーム ディメンションデータ
今週の爆走ライダー−アンドレイ・ツェイツ(カザフスタン、アスタナ プロチーム)
1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシスト や逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。
現チームで12シーズン目に突入。2008年からの所属は、もちろんチーム最古参である。

派手こそないが、黙々とアシストの働きをこなす職人肌。山岳アシストとして貴重な存在だ。特に昨シーズンは、若いロペスをグランツールで成功に導き、チーム内での評価を高いものとした。
「チームリーダーを支える仕事ができるかどうかが自分の生命線」と述べるように、自らがプロトン内で生きる術を理解している。今年もロペスの山岳アシストを務めることに意欲的で、「2019年はもっと活躍できると思う」。その言葉に近くで見ている選手ならではの説得力がある。
プロ入り以来、チームの浮沈を肌で感じてきた。それでも、境遇に煩わされることなく走ってきた経験が今につながっていることは間違いない。仕えてきたエースは、ヴィノクロフ、アルベルト・コンタドール、ヴィンチェンツォ・ニバリ、ファビオ・アル、フルサング、ロペス…。こう見ると、いかにビッグネームからで信頼されてきたかが分かる。光が当たることは少なくとも、こんな選手こそエースを引き立てるには欠かせない存在なのだ。
大きな舞台でおなじみのスカイブルーのジャージが動き出したとき、そのきっかけを作っているのは彼かもしれない。


サイクルジャーナリスト。自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、今ではロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。現在は国内外のレース取材、データ分析を行う。UCIコンチネンタルチーム「キナンサイクリングチーム」ではメディアオフィサーとして、チーム広報やメディア対応のコントロールなどを担当する。ウェブサイト「The Syunsuke FUKUMITSU」