Cyclist選出・サイクリストへお勧め図書⑲「もし生まれ変わってもオレンジ号に」 忌野清志郎著『サイクリング・ブルース』

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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 Cyclist執筆陣を中心に、サイクリストにおすすめ図書を紹介する本企画。今回は編集部の自転車放浪者・後藤恭子が、故・忌野清志郎氏の『サイクリングブルース』(小学館刊)を紹介します。言わずと知れた日本を代表するロックミュージシャンですが、一方で「自転車はブルース」というほどロードバイクを愛するサイクリストでもあった清志郎さん。LSD(ロングスローディスタンス)をこよなく愛し、各地を巡っていた彼の走行記を読むと、「キング・オブ・ロック」という遠い存在ではなく、まるで自分のすぐ前を走る自転車仲間のように思えてきます。

サイクリスト・忌野清志郎さんによる最初で最後の自転車本『サイクリング・ブルース』(小学館刊)。題字も本人が手がけた Photo: Kyoko GOTO

あの清志郎もロードバイクに

 「清志郎も自転車に乗っていたんだよ」─そう知人から教えてもらったのは自転車にのめり込み始めたばかりの頃。いわれてみればステージ上で自転車に乗る姿を目にした気もするが、自分が自転車に乗っていなかった頃は気にも留めなかった。

 熱心なファンというわけではなかったが、かつて学生時代に音楽雑誌を読みふけっていたギター小僧(小娘?)にとっては、彼は好き嫌いを通り越して神格化された存在でもあった。「あの清志郎もロードバイクに…」。メイクをして奇抜な衣装を纏い、絞り出すような声で歌う彼と、ロードバイクに乗る姿はかけ離れていたが、音楽・自転車両方を愛する身としては、どことなく共通項を感じた。

 当時、すでに彼は亡くなっていた。どんなバイクに乗っていたんだろう。どんなふうに自転車に乗っていたんだろう─。興味が湧いた。いまでは聞けなくなった故人の声を求めるように、この一冊にたどり着いた。

サイクリストとしての素の一面

 本著は、ほぼ清志郎さん本人による手記で綴られている。50歳を過ぎて自転車に乗り始めたきっかけや、仲間と挑戦した東京~鹿児島まで自走する一大プロジェクトの様子、自転車への思いを綴ったコラム等々、写真も多数交えた全127頁には、自分と同じ格好をした彼の姿がたくさん散りばめられていた。

キューバを走ったときのワンシーン。急坂に苦悩の表情を浮かべる清志郎さん Photo: Kyoko GOTO

 ヘルメットをかぶり、イメージ通りの派手なサイクルジャージを着て、オレンジ色のロードバイクにまたがる。箱根に行き、秩父に行き、四国を走り、ハワイを走る。水をかぶり、団子を食べ、落車して鎖骨を折る。

 それらはどれも初めて見る清志郎さんの姿だったが、初めてのような気はしなかった。というよりむしろ、等身大の自転車仲間の走行録を紐解くようで、ワクワクした。サイクリストなら、この本を読むとおそらく皆同じ気持ちを覚えるのではないだろうか。

東京~鹿児島までの1422kmを10日間かけて走り切り、風呂にダイブした瞬間の表情 Photo: Kyoko GOTO

 ただ、それと同時に少し寂しさも覚えた。いまとなっては、それらは全て過去のことだからだ。

 「今度生まれ変わっても、僕はきっと、オレンジ号(愛車)に乗っているような気がする」というほどロードバイクを愛していた清志郎さん。そのあとに「生まれ変わったら、サラリーマンになって、毎日、決まった時間に通勤してみたい」という一文が続く。「生まれ変わったら」─この言葉がこんなにもあっけなく訪れてしまい、没後10年という年月が経ったことが信じられないが、「一般人に生まれ変わっているのなら、いつか歳が離れたサイクリストとして会えるかな」と本の中の清志郎さんを見て思う。

「自転車はブルース」

 短い文章ながらも、彼の言葉は共感も含めて印象深く心に沁みてくる。その一つが冒頭に書かれている以下の一文だ。

 「自転車はブルースだ。クルマや観光バスではわからない。走る道すべてにブルースがあふれている。楽しくて、つらくて、かっこいい。憂鬱で陽気で踊り出したくなるようなリズム。子供にはわからない本物の音楽」

自転車旅を楽しむ清志郎さんの色々な表情が収められている Photo: Kyoko GOTO

 “なんだかわかる”気がした。自分も一昔前なら、ロードバイクでヒルクライムする人たちの気持ちなんて理解できなかっただろう。自力で100km、200km先まで走る楽しさなんて、自転車を始めるまで理解できなかった。今でも「なんで私こんなことやってるんだろう」と思いながら自転車を漕ぐときがあるけれど、いまはそこに楽しさが混ざっていることを知っている。そんな感覚を内包した彼の「ブルース」という例えに、「その理由を語るなんて野暮。わかるよね」といわれているようで、思わず頷いてしまった。

 東京から鹿児島までの旅を振り返りながら「自転車に8時間とか9時間とか長く乗れることが夢のようだった」と綴る言葉に、どれだけLSDが好きだったのかが伝わってくる。病床で、さぞかし自転車に乗りたかったのではないだろうかとも思う。

 この本を読み返すといつも、自転車に乗れることをありがたく思い、乗りたくなる気持ちが掻き立てられる。冬の寒さで足が少し自転車から遠のいているけれど、そろそろ自転車旅の計画でも立ててみようかと思う。

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