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旅サイクリスト昼間岳の地球走行録<23>パタゴニアの荒野で味わった世界一美味しい料理

by 昼間岳 / Gaku HIRUMA
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 長期間海外にいると、日本食が恋しくなるかといえばもちろん恋しくなるし、日本食材店や日本食料理屋などに行くと嬉しくて仕方なかった。ただ、我慢できないくらいかといわれると、そうでもなかった。ホステルやゲストハウスには大抵キッチンが付いており、そこで日本食を自炊できたからだ。もちろん完璧に再現できるわけではないが、海外の限られた食材と、醤油・砂糖・和風だしの素などの調味料で日本の味に近づける工夫をするのも楽しかった。米も日本米は高いが、大抵の国では「ジャポニカ米」も普通に売っていたし、醤油はキッコーマンが首都などにある外資系スーパーで購入できた。簡単に作れる親子丼の他、カレーや餃子、パスタを重曹で茹でて中華めん風に仕上げ、ラーメンを作ることもあった。

もちろんルーなんてないので、カレー粉を炒めて作る Photo: Gaku HIRUMA

羊飼いと食べた子羊

 それでも世界で、貧乏旅行ながら色々な美味しい食べ物に出会った。サルサソースが絶妙なメキシコのタコス、イタリアのピザやパスタ、肉汁が躍り出るジョージアのヒンカリ、とうとううどんの文化圏まで戻って来たかと感動した中央アジアのラグマン、野菜とスパイスだけでなぜこんなにも深みが出るのかと不思議だったインドのカレー、ネパールでは激安のシャトーブリアンのステーキにかぶりついた。

 その中で、今までの人生で食べた中で一番美味しいと思う料理があった。それは、この先の人生の中でこの料理の味を越える出会いはないだろうと確信するくらいの味だった。高級レストランではもちろんない、屋根も壁もテーブルも椅子もない、パタゴニアの荒野で食べさせてもらった仔羊だった。

パタゴニアは羊の産地。荒野では羊でも会うと嬉しい Photo: Gaku HIRUMA

 それは無人地帯のパタゴニアの暴風に疲れ果てていた時だった。食べられるものといえば、切り詰めたパスタなどの炭水化物と1日に数枚のビスケットだけで、なんとか走っている状況だった。そんな時、たまたま放牧に来ていた羊飼いたちと出会った。パタゴニアは羊の産地で、広大な土地で放牧されている羊を見かけることはあったが、羊飼いに会うのは初めてだった。

羊飼いのみなさん。自分はこういう出会いの為に走っているんだと思う Photo: Gaku HIRUMA

 彼らは避難小屋の横で昼休憩をとっていた。パタゴニアではその過酷な強風を避けるため、道路沿いに避難小屋がある。ただ数は本当に少ないので、避難小屋を見つけると必ず寄って休憩や宿泊をさせてもらっていた。この時も避難小屋で休憩しようと思い、近づいていったら、彼らはニコニコしながら僕をその輪の中に招き入れてくれた。

 彼らはまず、焚き火の中に直接入れたやかんで砂糖たっぷりのコーヒーを入れてくれた。冷たい風にさらされて冷え切った体に沁みてくようだった。さらに彼らは一緒にご飯を食べようと誘ってくれた。何度も礼を言い、ご厚意に甘えさせてもらうことにした。

極限状態の身体が欲した脂

 焚き火の上に足の付いた鉄板を置き、どこからともなく子羊の肉の塊を持ってきた。ぶつ切りにして、味付けは塩のみで子羊を豪快に焼いていく。パタゴニアの強風に負けずに仔羊の焼ける匂いと音が辺りを包み、もうそれだけで幸せだった。初めは焼き肉だったけれど、寒く強風のパタゴニアで生き抜くために皮下脂肪を貯めた仔羊から、どんどん脂が溢れ出し鉄板の上が油でいっぱいになり、最後は脂煮のようになっていた。

羊飼いに御馳走になった仔羊は、世界で一番の料理だった Photo: Gaku HIRUMA

 そしていただいた仔羊は衝撃だった。肉の旨味はもちろん、その脂の甘さに思わずにやけた。口いっぱいにはじけ飛ぶ肉汁と脂。毎日冷たい強風に晒され、脂肪をつけなければいけないのに最小限の炭水化物しか取っていない極限状態の身体が、この仔羊の脂を明らかに欲しがっていた。そこに入ってきた肉汁と脂したたる仔羊。脳天から突き抜けるうまさだった。

パタゴニアの冷たい強風が、最高の味わいを教えてくれた Photo: Gaku HIRUMA

 今まで食べた肉であれほどうまい肉はなく、そしてこの先もこれ以上の肉に出会えることは、たぶんない。元々パタゴニアの仔羊の美味しさは折り紙付きで、臭みが無く、世界一美味しいと評判だが、あの身体を酷使しした環境で、豪快な羊飼いと青空の下一緒に食べたからこそ、もう二度と出会うことのできない最高の味わいを感じられたのだと思う。

昼間岳昼間岳(ひるま・がく)

小学生の時に自転車で旅する青年を見て、自転車で世界一周するという夢を抱いた。大学時代は国内外を旅し、卒業後は自転車店に勤務。2009年に念願だった自転車世界一周へ出発した。5年8カ月をかけてたくさんの出会いや感動、経験を自転車に載せながら、世界60カ国を走破。2015年4月に帰国した。『Cyclist』ではこれまでに「旅サイクリスト昼間岳の地球写真館」を連載。ブログ「Take it easy!!

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