2019年新春インタビュー<3>ロード日本チャンピオン・山本元喜「東京五輪を視野に、1点でも多くUCIポイント獲得を」

by 福光俊介 / Syunsuke FUKUMITSU
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 2019年新春インタビュー第3弾は2018年の全日本自転車競技大会ロードレースを制した山本元喜(キナンサイクリングチーム)。島根県益田市で開催された200kmを超える長丁場の戦いで、ただ1人、余力を感じさせる姿でフィニッシュへとやってきた。ジュニア時代から国内タイトルを総なめにし、2016年にはグランツール「ジロ・デ・イタリア」にも出場した山本の実力は、レースを追ってきたファンなら誰もが知るところ。それだけに、初のエリート日本王座は長い道のりだったようにも感じさせる。日の丸を背負い国内外をまたにかけて活動する今、どこに焦点を定めて走っているのか。自身の言葉で、“現在地”を語ってもらった。

丸山千枚田展望台にて。レース内外での取り組みに意欲的な1年になりそうだ Photo: Syunsuke FUKUMITSU

直前の調整方法の変更が奏功した全日本ロード

 2018年の全日本ロード・男子エリートは、31人の先頭集団が形成され、山本がチームメートの新城雄大とともに加わった。そしてレースが動いたのは、残り4周。ここで山本が見せた積極性が、最終的な大仕事につながることとなる。

――まずは何といっても全日本選手権での優勝。2018年を振り返るうえでは、真っ先に出てくる話題です。改めて、あのレースを振り返ってもらいたいと思います。序盤で31人が先行し、キナンからは山本選手と新城選手が入りました。チームから2人という状況は、果たして山本選手にとって有利に感じたのか、はたまた難しく感じたのか、どんな心境でレースを進めていたのでしょうか?

2018年の全日本選手権ロードは序盤に先行した31人がそのまま優勝争いへ。激戦を制した山本元喜が初の日本王者となった =2018年6月24日 Photo: Syunsuke FUKUMITSU

山本:先に自分が先頭集団に入ったのですが、他チームに対して数的に不利だったので、正直厳しいなと感じましたね。一方で、“これで自分が先頭交代に加わる必要がなくなったな”とも思いました。結果的に後者の要素が強いレースになりましたが、後から合流する(新城)雄大と自分と、という状況は普通に見たら心許ないですよね。

――その流れから、残り4周で小石祐馬選手(チームUKYO)を追って集団を飛び出します。それはどういった局面から動くことになったのでしょうか?

山本:自分自身が(優勝を)狙える状況になることを想定し、脚を温存しておく必要があると思っていました。そして、マークした選手が動けば反応する。2017年の全日本では早くから動きすぎて、その都度集団を割ることはできても結局は追いつかれて、そうしているうちに自分が力尽きてしまいました。その経験から、自分ひとりで動くのではなく、脚のある選手と一緒に仕掛けないことには勝負にならないと思っていました。

 そうしたなかで自分がチェックしていたのが小石選手でした。彼の動きに合わせようと決めていて、それは(先頭集団内で)雄大にも伝えていました。残り4周で小石選手が実際に動いたので、自分も合わせて…といった感じでしたね。

――そして最終周回。3人のうち2人がキナンサイクリングチームの選手で、完全に数的優位に立ちました。あの段階での「優勝まで持ち込んでいく意識」というのはどんな具合だったのでしょうか?

日本王座をかけた勝負は数的優位な状態で残り1周を迎えた。このシーンの直後、山本元喜(右)がアタックを決める =2018年6月24日 Photo: Syunsuke FUKUMITSU

山本:小石選手と先頭を走っている間も、追走グループに雄大が入ってくれたおかげで心身ともに余裕を持って走ることができていました。後ろに追いつかれても仕切り直せる、くらいの気持ちでしたね。周りもよく見えていました。雄大にはラスト1周で上がってきてほしいと伝えていたのですが、後続との差がそれほど大きくなかったこともあって、残り2周で雄大と佐野(淳哉・マトリックスパワータグ)さんが追いついてきました。

 正直、小石選手にはまだ余裕があると思っていました。佐野さんも怖かったのですが、小石選手の強さも感じていました。それだけに、佐野さんのアタックに反応できたのが自分だけで、小石選手が遅れたのを見てさらに気持ちの余裕が生まれました。

 その後、自分と佐野さんのところに雄大が追いついてきたのですが、脚が攣っていると言っていたので、どちらかで勝負となれば自分が動くしかないと悟りました。残り1周の鐘を聞いてすぐの左コーナーで佐野さんが膨らんだのを見て、思い切ってアタックしました。

 佐野さんの力を考えたときに、1回のアタックでは決められないだろうと思っていました。追いつかれてもまたアタック、というのを繰り返して消耗戦に持ち込むことをイメージしていたのですが、結果的にその1回で決まりましたね。

――激しい動きの多かったレースでしたが、走っている間はメンタル的にフラットでいられたのか、または振れ幅が大きかったのか、どんな感じだったのでしょうか?

山本:30人以上が先頭集団を形成したところで、逃げ切りは難しいかな…という考えがあったので、そこまで逃げることに対してのシリアスさはなかったですね。むしろ、後ろを走るメイン集団に追いつかれてから仕切り直し、くらいの気持ちでいたので、割と落ち着いていたと思います。

 小石選手がアタックしてからは、いかにして脚を使わずにレースを進められるかや、次の動きにどう対処するかなどを考えながらだったので、決してイケイケになるのではなく、慎重に走っていましたね。

――そしてエリートの日本チャンピオンですよ! ジュニア時代から数えて4つ目の日本タイトルですが、エリートとしては初めて。特別な感慨もあったのではないですか?

欲しいと強く思っていた日本チャンピオンジャージだが、獲得してみると案外あっさりしたものだったという =2018年6月24日 Photo: Syunsuke FUKUMITSU

山本:う~ん…(笑)、今はそんな感慨はないのですけどね。後々、このキャリアが大きく生きてくるのかなとは思いますね。

 全日本を獲れているか否かは、キャリアを終えてからの周りの評価であったり、選手時代のイメージといった部分にかかわってくると思うので、いつかは獲りたいと思っていたものがあのタイミングで得られたのは大きいですね。ただ、あれだけ欲しい、欲しいと強く願っていたものが、獲ってみると案外あっさりしていたり、なんだか不思議な感覚ですね。

――そんなレースにあって、勝因はどこにあると思いますか?

山本:展開に恵まれましたよね。個人的には試走を繰り返しましたし、コースの攻略法も考えていましたけど、終わってみれば展開が自分にとってうまくはまったのだろうなと思います。あとは、その展開を味方にすべく脚を残してレースを進められたことでしょうか。

――試走といえば、レース1週間前に益田入りして、コースを合計27周回したのですよね。それって、誰よりもコースを見たという自負があったと思います。その意味で、レースまでの準備は計画通りだったのか、都度修正を施しながらだったのか、振り返ってみてください

山本:ロードの1週間前に行われた全日本TT(タイムトライアル)までは計画通りに進めていたのですが、あのTTが全然ダメ(11位)でリセットしました。改めてロードに向けたトレーニングが必要になったので、レースコースで、レース開催に合わせた時間帯で、レース展開をイメージして…という感じで走り込みました。終盤の動きを想定してライド後半にスピードを上げてみたり。レース本番を意識して集中したトレーニングができたことは、結果的によい方向へ行きましたね。

給料をいただいていても、レースで走れなければ存在価値はない

 NIPPO・ヴィーニファンティーニ(当時)で3シーズンを送り、その間はジロ完走やUCIワールドツアーのレースにも出場。イタリアを拠点に数々の実績と経験を積んだ山本が、次なる戦いの場として目を向けたのがUCIアジアツアー。キナンサイクリングチームへの移籍は大きな話題となったが、そこには並々ならぬ決意と覚悟があったという。

――NIPPO・ヴィーニファンティーニで走り、2017年にキナンサイクリングチームへと移籍しました。その決め手や要因について、いま振り返ってみてどこにあったと感じていますか?

山本:実はキナンともう1チームで悩んでいたのです。正直言うと、そちら側へ気持ちが傾きつつあったのですが、NIPPO・ヴィーニファンティーニでお世話になった大門宏監督の勧めもあって、最後はキナンを選びました。魅力的なレースに多く出場していたこともキナンを選ぶ決め手になりました。

――チームとしての将来性も感じていた?

山本:それはかなりありましたね。個人的には、UCIアジアツアーを走れないと意味がないと思っていましたし、そこでUCIポイントを稼げるようになりたかったという部分もあります。そうした中で、レースプログラムなどを見ていったときにキナンの充実度の高さを感じるようになっていきました。

――とはいえ、NIPPO・ヴィーニファンティーニはUCIプロコンチネンタルチームで、グランツールやUCIワールドツアーのレースにも出場できる可能性があります。一方でキナンサイクリングチームはトップカテゴリーの出場権は得られないUCIコンチネンタルチームです。いわば「カテゴリーを下げる」ことになるわけですが、そこへの迷いはなかったのですか?

2017年のキナンサイクリングチーム加入以降、主力として走る山本元喜。移籍時は大きな話題となったが、エースとして走ることにこだわった =ツール・ド・シアク2018第4ステージ、2018年9月21日 Photo: Syunsuke FUKUMITSU

山本:何よりも、“エースとして走れるか”“勝負できる立場を与えてもらえるか”を重視しました。確かにプロコンチネンタルチームであれば、よいレースには出場できます。ただ、走っているだけで評価される、みたいなものは個人的に望んでいませんでした。もちろん、とてもよい環境に身を置くことはできるのだけれど、レースで勝負できる立ち位置にいられるかというと、難しい面が多い。プロコンチネンタルチームのレベルでチームを渡り歩くこともやろうと思えばできたのですが、同じことの繰り返しになるだけかなと感じました。

 結局のところ、選手としてお給料をいただいていても、レースで走れなければ存在価値がないと思うのです。コンチネンタルチームに移籍することは、一般的に見れば格が下がることは事実ですが、出られるレースは数多くありますし、その中で選んだキナンは選手活動をしていくうえで本当にプラスになっていると思えていますね。

――その意味では、キナンサイクリングチームは2019年シーズン、12選手が所属していて、レースによってはチャンスもめぐってくる。山本選手の言う“エースとして走れるか”という面でもニーズに合っていると?

山本:そうですね。ヨーロッパへ行けば伝統のあるレースも多くありますが、結果を求めていくとなればアジアも同様だと思っています。

 例えばツール・ド・フランスに出たい、となればヨーロッパへ渡る必要があるかもしれませんが、ツールや同等のレースに出ることだけをゴールにするのは、個人的にはちょっと違うかなと。やっぱり活躍して、結果を出したいので、そう考えるとヨーロッパに限らずアジアでもしっかり走ることには変わりないと思います。

 ヨーロッパが本場のスポーツであるがゆえに、そこで走っている選手たちが偉い、みたいな考え方もあるのでしょうけれど、サッカーなんかに目を向けたら国内リーグでもしっかりとした評価を得ている選手が多くいるわけで、ロードレースだって国内にいるから評価されないなんてことはあってはならないですよね。海外へ行って埋もれてしまうくらいなら、国内のチームでよい走りをする方がプラスに働くケースだって数多くあると思います。

――山本元喜が語る「キナンサイクリングチーム」。どんなチームでしょう?

山本元喜(左から5人目)を含むキナンサイクリングチーム2019年メンバー。競技に集中できる環境で充実した活動を送る Photo: KINAN Cycling Team

山本:あらゆる部分で選手への待遇が整備されていて、競技に集中できる環境を与えていただいていることを感じています。サポート体制もしっかりしています。

 チームには3人の外国人選手が所属していますが、心から日本や日本人選手をリスペクトしてくれていると思います。コミュニケーションもとりやすいですし、レースでは状況次第でアシストに回ってくれることもある。その意味で、日本人選手にもエースになる機会や勝つチャンスが与えられるので、とてもよいチームです。

 また、外国人選手を3人に絞っているからこそ、重要なレースで日本人選手にもメンバー入りの大きなチャンスがありますし、みんなが力を合わせて戦えるのだと思います。

東京五輪の日本代表入りに向け重要な1年に

 以前、山本との雑談の中で「東京五輪を意識していきたい」と口にしていたことを筆者は強く覚えている。そして、その思いは今も変わっていないという。

――2019年シーズンが幕を開けようとしています。日本チャンピオンとしてチームを引っ張る立場でもありますが、今年1年どんなシーズンにしたいとお考えですか?

山本:東京五輪を翌年に控えているということで、当然そこが視野に入ってきますね。JCF(日本自転車競技連盟)が発表した選手選考基準では、UCIワールドツアーやヨーロッパツアーでのポイント獲得がより重要視された内容になっていますが、アジアツアーを主戦場とする身としてはしっかりとポイントを積み重ねていくことが大事になってきます。ベストなコンディションでレースに臨んで、1点でも多くUCIポイント獲得を目指していきたいと思います。

――チームとしてはどんなシーズンにしたいですか?

2018年12月下旬、ツール・ド・熊野第2ステージの勝負どころである山岳「丸山千枚田」でトレーニングを行った。その瞳はすでに2019年の熊野制覇へと向けられている Photo: Syunsuke FUKUMITSU

山本:チーム創設以来の悲願であるツール・ド・熊野(UCIアジアツアー2.2、5月30日~6月2日)での個人総合優勝ですね。まだ達成できていないですし、誰かを総合に送り込んで、チームとしての活動意義をアピールしたいですね。

 (チームとして)2連覇とまでは意識していませんが、全日本選手権もしっかり走らないといけません。とにかく、成績を求められるシーズンになると思っています。

トップシーンで随一の情報発信力

 現在、山本は“本職”であるレースはもとより、イベント出演やブログ、SNSでの情報発信など、独自のスタンスで活動の幅を広げている。ブログやSNSでのユーモラスな発言でもファンの心をつかんでいる。

――これまでに数々のタイトルを獲得してきましたが、まだまだキャリアは続きます。サイクリスト・山本元喜、どんな選手でありたいとお考えですか?

イベントでファンサービスに応じる山本元喜。レースにとどまらず、ブログやSNSでの積極的な発信でファンを獲得している =紀南シーサイドグルメツアー2018、2018年11月24日 Photo: Syunsuke FUKUMITSU

山本:注目される存在でありたいですね。ロードレースは日本ではまだマイナースポーツですけど、ただマイナーで終わってしまうのではなく、例えば山本元喜の名前を聞いただけでイメージしてもらえるような、個人としても競技としても知名度を上げていきたい、というのがありますね。

――知名度を上げていくうえでは、効果的なツールとしてブログやSNSを活用されていますが、そこでのテーマやポリシーは何かお持ちですか?

山本:レースやイベントへの参加にとどまらない、選手として幅広く活動していくための1つのツールとしてブログやSNSを活用しています。もちろん知名度アップにもつながりますし、自分の考えや思いを応援してくださる方々へ伝えられる手段にもなっています。

――チームには、弟の大喜選手も所属しています。兄弟で同じチーム、ときに同じレースでメンバー入りもしますが、そのあたりの感覚ってどんなものなのでしょうか?

ツール・ド・おきなわ2018レース後のひとこま。元喜(左端)と大喜(左から2人目)の山本兄弟がレースを振り返る。山本元喜にとって、弟・大喜の存在が刺激になっているという =2018年11月11日 Photo: Syunsuke FUKUMITSU

山本:兄弟そろってチームに所属すること自体は、必ずしもよいことばかりではないのかもしれませんが、自分たちの場合はよい方に出ているのではないかと思いますね。弟は弟で、自分を超えようと意気込んでいますし、自分も負けじと競技に励む。まぁ、切磋琢磨するということですよね。

 意識をする相手であることは確かですね。互いを意識することで相乗効果が生まれていると感じますし、そもそもが仲良いので、コミュニケーションをとりながら刺激しあえているのかなと思いますね。

――いろいろと語っていただきましたが、最後に、応援してくださる方々へ2019年の意気込みとメッセージを一言お願いします

山本:2019年もあらゆる場面でみなさんに注目していただけるよう、レース活動はもちろん、そのほかの面でもしっかり取り組んでいきたいと思っていますので、これからもどうぞよろしくお願いします!

日本チャンピオンジャージをまとってトレーニングに励む山本元喜 Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 昨年末に、和歌山県新宮市でのチームビルディングキャンプに臨んだ山本。すでに精力的な走り込みも行っており、全メンバーがそろった約4時間のトレーニングライドでは積極的に牽引する姿が見られた。期間中には、ツール・ド・熊野で勝負どころとなる山岳「丸山千枚田」を試走。その視線は、2019年シーズンの活躍へと向かっている。

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